#032 救ってあげる。約束したでしょ
路地裏から、ギルド本部の中へ戻った。ソマリちゃんが待っていた。
「処置、終わりました」
報告したソマリちゃんは、予想どおりむくれていた。医務官として看過できない状況に憤っているの。
「チビたちを探すって、手が付けられなくて…… 興奮状態でしたので、ティアちゃんには魔法で眠ってもらいました」
すっと、ソマリちゃんが歩み寄って真正面から見上げてきた。
「姫殿下、ティアちゃんを保護することを要請します」
ソマリちゃんは、もう、回りくどいことはいわない。結論だけを伝えてきた。小柄な美少女だけに、怒りを秘めた真摯な瞳には有無をいわせない強さがある。
私は、対応策について考えを巡らせていた。
貴族たちの蛮行が想定以上だった。ティアちゃんをこのまま、帰らせてしまうのは危険すぎる。
アイリッシュがいうとおり、もう、事態は転がり始めていて、止められない。
一方、ティアちゃんを保護した場合、確実に今夜、ベルメル王国との抗争に発展する。戦える準備は進めているけど、戦端を開くのは慎重になりたい。それに、やるべきことは戦いだけじゃない。
問題は、救出が必要なアリエラの人々をどう確保するか?
助けなきゃいけないのは、ティアちゃんひとりじゃない。チビちゃんたちも気がかり。ベルメル王国を刺激して、彼らがさらに暴走した場合、対応しきれるのか?
「あの、ミヌエットさん。スープを温め直してください」
ソマリちゃんが、ミヌエットさんへ指示を出した。患者の手当てに関しては、私の前であっても、ソマリちゃんが司令塔になる。私も「お願い」といい添えた。
「はぁい。沈静魔法が切れる頃合いにお持ちしますね」
「あ、ティアちゃんの栄養状態、良くないから、固形物は減らしてください」
ライムギルド長は、そんなソマリちゃんの様子を見て、ため息をついた。ギルド長も、ソマリちゃんを手伝って、ティアちゃんの手当てをしていたの。
「私は、若い頃にアリエア王国にお世話になったご恩があるから、子供たちに食事を分け与えていたのさ。結局、何もできなくて、偽善でしかなかったと思い知らされたけどね」
私は首を振った。ライムギルド長は、できることをしたの。責められることはないと思う。
「本当は、いつか、お店の中にあの子たちを招いて、温かいシチューを食べさせてあげたいのだけど…… 貴族に目を付けられると面倒だからと、勇気が出せなかった。
――ありがとうね」
「いいえ、私も差し出がましいことしました。お詫びします」
私とライムギルド長が微かに笑い合った。
「あのっ!」
ふいに声がして、私も、ライムギルド長も、ソマリちゃんも、驚いて振り向いた。
「ティアちゃんっ!?」
「えっ? 沈静魔法、解いちゃったの?」
ティアちゃんが、壁を伝うようにして医務室から這い出てきたの。
「教会に戻らないと…… チビたちを探さないと……」
ソマリちゃんが、悲鳴のような声をあげた。
「だめですっ! 背中の傷、縫合したばっかりです。医師として絶対安静を申し渡します」
どうしようかと戸惑った。
今度は、カルフィナが進み出た。
「ティアちゃん、いま、ひとりで出て行っても、何もできない。ベルメル貴族が何をしているのか、知っているのでしょう?」
カルフィナの声が低く、言い諭した。
でも、ティアちゃんは髪を振り乱して、
「でも、だからこそ、いかなきゃっ……」
「聞き分けなさい! ティア・トリア・アリエラっ!」
声を浴びせて、ごめんと心の中でティアちゃんに詫びた。
「どうして…… その名前を……?」
ティアちゃんは、驚きに震えて、その場にへたり込んだ。
「え? なんて、いま……?」
ライムギルド長も困惑した声を漏らして、私を見返していた。
私はティアちゃんに歩み寄った。見下ろすようになる。
「あなたは、アリエラ王家、最後の末裔にして、あの戦争の発端になった―― ベルメル王家とアリエラ王家の血筋を引く隠し子。そうですね?」
私を見上げる小さな修道女の瞳がみるみる赤らんで、涙に濡れていく。
「そうです。私は、ベルメル・アリエラ両王家の間に生まれた、存在を許されない罪深い者です。そして、母から最後のアリエラ女王を引き継ぎました」
ティアちゃんは、ぽろぽろと泣いている。
「でも、どうして、それを? ベルメル王家ですら私を見つけられなかったのに?」
「ティアちゃん、あなた、領域魔法を使えるでしょ。風属性〈カトレの渡し鐘〉を、教会を訪れた人々の苦痛を和らげるために、自分自身に使って。だから、気づいたの」
領域魔法の使い手は、戦いのとき、常に最後衛にいて、全軍の士気を鼓舞する役目を担う存在。それは王族のポジションなの。私も同じ役目を果たす側だから、すぐわかった。
「でも、なぜ、私の魔法のことがわかるんですか? だって……」
ティアちゃんは、ある可能性に気づいて、震えていた。
「「「「ティアねぇちゃんっ!」」」」
チビたちの声が一斉に、泣き震える小さな修道女を呼んだ。
「みんなっ!」
ティアちゃんが、駆け寄ってきたチビたちを抱きとめた。
「みんな無事で本当によかった」
泣き濡れた小さな修道女は、土汚れたチビたちを頬ずりして抱き寄せた。
「あの獣人のお兄ちゃんが助けてくれた」
「コロッケのお姉ちゃんの命令で、助けに来てくれたっていってた」
「あ、コロッケのお姉ちゃんもいる」
「私もいるんですけど……」
「コロッケの隣のお姉ちゃんもいる」
「私は、カルフィナだって……」
「じゅ、獣人っ!?」
ティアちゃんが、驚きで口元を覆っていた。ライムギルド長も絶句している。当人のアイリッシュは、お気楽なもの。
「よっ! 俺たち獣人騎士団にかかれば、これくらい15分で片付くぜ」
「姫殿下、白亜の儀式正装をお届けいたしました」
アイリッシュの後ろから、大きな包みを捧げ持ったサモエド副騎士団長が現れた。
「なるほど、そのお嬢さんですな。姫殿下の仰せのとおり、お嬢さんの儀式正装もご用意しております」
ふさふさの白いしっぽが揺れる。
続いて、ブリアード参謀長までもが現れた。
「姫殿下のご下命がありましたので、全軍、進撃を開始しました。目下、ストーンゴーレム隊を先頭に、ベルメル城都へ進行中です」
外套の内ポケットから、銀色に輝く懐中時計を取り出し、ふむふむとうなずく。
「あす未明、午前4時頃にベルメル城都北門へ到達します。ただし、ご命令になかったため、破城槌などの攻城兵器を伴っていません。城門突破は姫殿下の魔法にてお願いします」
「あ、あの、システィーナさんたちは…… まさか?」
ティアちゃんが、私たちの正体に気づいた。
「うん。そのまさかだよ。だから、ティアちゃんも、アリエラのみんなも救ってあげる。約束したでしょ」
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