#032 白亜正装の意味は

 とりあえず、チビたちの顔を拭いた。

 ミヌエットさんが温め直したスープを用意してくれた。

 話したいことはたくさんあるけど、ティアちゃんとチビたちに食事の時間を取ってあげることが、最優先と考えたの。



 ライムギルド長が指示して、冒険者ギルドは少し早い閉店になった。よろい戸まで締めたレストランの端のテーブルで、ティアちゃんとチビたちにスープを振舞った。


 テーブルをティアちゃんとチビたちだけにして、私たちは退散した。

 私たちがいると、気遣いしちゃうから。

 ティアちゃんにとって、今夜はこれから大変な夜になる。

 チビたちと再会できるのは、少し先になるから、いまのうちに、団らんを楽しんでもらいたかった。



 私たち4人は、サモエド副騎士団長から衣装入りの包みを受け取って、旅館の4階にある私たちの部屋へ。イヌ族の騎士たちを部屋の外に待たせて、ギルドから貸与されたエプロンドレスを脱いだ。


 それぞれに、白亜の儀式正装姿に着替えた。


「バカ貴族たちの足止めなら、あたしに任せて」

 死霊術師の正装は、白亜の生地に漆黒の紋章を刻み付けている。錫杖まで手にしたカルフィナが笑った。


「医務官として、アリエラ住民の救護に当たります」

 ソマリちゃんは、医務官の儀式正装。背中に医師であることを示す蛇の紋章を背負っている。紋章の下へ添えられているのは、盟約の法典から引用した言葉で、『すべての人々に等しく癒しを』と。


「私と姫殿下の魔法力を合わせれば、アリエラの人々に傷ひとつ負わせるなんて、あり得ないわ」

 ミヌエットさんも笑う。高位法符師の儀式正装は、解けない複雑な定理を表す方程式が添えられていた。


「もう…… 白亜正装の本来の意味は、人類への宣戦布告ですよ」

 私も、ギルドから貸し与えられたエプロンドレスを脱いだ。サモエド副騎士団長が届けてくれた、魔王帝国の真っ白な正装に着替えなおした。

 私の儀式正装の背中には、魔王帝国遠征軍の軍旗と同じ紋章が刺繍されている。

 この儀式正装、こんな早いタイミングで使うことになるとは思ってなかった。それも下町のギルド本部の旅館でなんて。

 本当は、もう少しだけ考えてから、行動しようと思っていたのだけど。


 ◇  ◇


星歴1229年 10月31日 午後20時30分

ベルメル王国 平民市街 ギルド本部


 急いで着替えを済ませると、アイリッシュ、サモエド副騎士団長、ブリアード参謀長、ミヌエットさん、ソマリちゃん、カルフィナの6人を伴って、1階レストランへ降りた。


 レストランでは、ティアちゃんとライムギルド長が、私たちを待っていた。チビたちは、食事のあと、奥の部屋に寝かしつけたらしい。



「あの、ライムギルド長、本当にすみません」 

「いいんだよ」

 ライムギルド長が微笑む。本当に優しい方だと思った。


「短い間でしたがお世話になりました。衣装をお返しします」

 胸元に畳んで抱いた衣装は、本当はきれいにお洗濯して返却したかった。

 認識阻害魔法を解除した。

 

 ライムギルド長が、息をのんだ。

 驚きに見開かれた瞳が、すぐに優しく細められた。


「魔王帝国第六皇女システィーナ・イス・シクストゥスです。愚かな人類の諸王貴族の支配から、みなさまをお救いするため、ここへ来ました」

 ティアちゃんも、胸元の十字架をぎゅっと握りしめて、私たちを見詰めている。


「救うって…… ベルメル貴族たちと争いになれば、ここには住めないよ」

 ライムギルド長の心配は当然だった。ずっと、嫌でもこのベルメル城都で生きなきゃいけないという呪縛に囚われていた。でも、私たちには新しい選択肢がある。


「カレル西湖畔へ新しい魔王城下町を建設中です。旧アリエラ王国跡地から、呪詛を浄化した上で、ほとんどの建物を移築しました。アリエラの人々を含む、救いが必要なすべての人々を、新城下町へ移送します」

 さすがのライムギルド長も、驚きに口元を覆った。

 だから、言い募った。

「お願いがあります。

 今夜中に大勢の人々を、このベルメル王国から脱出させます。ギルドのお力をお貸しください。魔王帝国銀貨建てですが、報酬はお支払いします」

 

「あははっ! 魔王帝国の皇女様からご依頼が、あたしたちの救出ときたかい……」

 ライムギルド長はひとしきり大笑いしてから、真顔に戻って向き直った。

「いいでしょう。ご依頼、承ります。

 腐り切ったこの国の王侯貴族どもの度肝を抜いてやろうじゃないか」

 

 ぱんっ! と、両手を打ち合わせて、ライムギルド長は立ちあがった。

「ギルド本部に非常態勢を発動。ギルド従業員を全員、叩き起こして集めるよ」

「ありがとうございます」

 

 それから、私も全員へ指示を飛ばした。 

「ミヌエットさん、障壁魔法を広域展開。ギルド本部と城都正門、アリエラ地区を、ベルメル王国から切り離して」

「あいよ」

 

「カルフィナ、ベルメル王国の貴族居住区へ骸骨兵団を召喚。王国軍を怖がらせて足止めして。あと、漆黒馬車を召喚。アリエラ下層街区へは漆黒馬車で乗り込むわ」

「はいな」


「ソマリちゃん、魔法使用に関する制限を解除します。ティアちゃんへ全力で治癒魔法をかけて」

「はいっ!」

 ティアちゃんを見遣ると、驚きで口元を押さえていた。そんなティアちゃんを、ソマリちゃんが奥の医務室へ引っ張っていく。


「アイリッシュ、獣人騎士団はギルド職員とともに、アリエラ住民を城都外へ避難誘導をお願い。絶対、ひとりも犠牲者を出さないで」

「おう 任せろ!」


 最後は、私の番ね。

「街道敷設の小人族ゴーレム隊が、ベルメル城都北門へ到達する午前4時をもって、私が城門を破砕します」


 そして、もう一度、全員を見渡して、すっと息を吸い込んだ。

「偉大なる魔王帝国の名にかけて、誇りある戦いを命じます―― 行動開始っ!」

 私付きのみんなが弾かれたように走り出した。 

 

 ◇  ◇


星歴1229年 10月31日 午後21時00分

ベルメル王国 平民市街 ギルド本部

 

 一方、ライムギルド長は受付カウンターから、ギルド本部の内線電話でみんなを起こしてくれた。下町の自宅に散っていたスタッフにも、伝令役が走っていった。

 アイリッシュは、ギルドスタッフたちと打合せを始めた。私とライムギルド長も入って、大急ぎで、アリエラ地区の避難誘導の方法について、詳細を詰めた。


 はやい。はやい。

 私付きのみんなもだけど、ライムギルド長が仕切ると、ギルト本部のスタッフはこんな時間なのに、こんなにも突然のことなのに、すぐに状況を理解して、的確に対応を始めていた。


 すぐに、骸骨兵団と漆黒馬車の召喚を済ませたカルフィナが戻ってきた。骸骨たちを3チームに分けた。

「第1チームは、ベルメル貴族街区へ展開。通路を遮断。

 第2チームは、漆黒馬車に随伴。

 第3チームは、あたし付き。ギルド本部前で待機―― これでいい?」

 カルフィナがそう報告した。

「ありがとう、カルフィナもこっちに来て」

 私は、カルフィナを呼び寄せた。まだ、やらなきゃいけないことが残っている。


「処置、終わりました。でも、栄養失調状態が改善したわけじゃありません。あとで反動が来ます。倒れるかもしれません」 

 ティアちゃんを伴って、ソマリちゃんが戻ってきた。

「ありがとうございます」

 ティアちゃんはさすがに表情がやつれ気味だった。こんな状態のティアちゃんに無理をさせるのは、心が痛む。だけど、いま、頑張れないと、きっと、ティアちゃんは一生後悔するはず。

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