#031 ティアちゃんを手当てします

星歴1229年 10月31日 午後19時45分

ベルメル王国 平民市街 ギルド本部


 ライムギルド長には、誰にも内緒にするようにといわれていたけど……

 ソマリちゃんを呼び寄せて、いつもの夕暮れにギルド本部の裏口に待機してもらった。ソマリちゃんは、救急箱を両手持ちして、心配そうな顔色をしている。


 大袈裟男の骨折の処置で、ソマリちゃんの技術を見せた。さすがのライムギルド長も思わず感嘆を漏らしたほどの腕前だった。

 だから、私があの男の子を手当てするつもりで、ソマリちゃんを呼んだことも理解してくれた。


 ◇  ◇

 

 実は、大袈裟男の処置を終えたあと、いったんお部屋に戻って、私は昨日の夕暮れどきのことを話したの。


 そして――

「右上腕、粉砕骨折を処置しなかったんですかぁっ!?」

 ソマリちゃんに怒られた。

「人類の城都の情報収集が重要なのはわかります。でも、小さな子供の大怪我を放置するなんて……」

 私だって、計画のため、必死に我慢したんだよ。だって、この事業は、私ひとりのものじゃない。大勢の努力の上に成り立っているの。それを私の気持ちだけでひっくり返せない。


 それに――

 あのとき、男の子の傷口に触れて気づいたの。

 まだ、幼い子供の骨が粉砕骨折って、普通は起こりにくいの。私だって治癒魔法使えるから、少しだけど医術の予備知識はあるもの。何かがおかしいと感じた。

 あと、男の子が、私を完全に拒絶しているのも、言い訳にしかならないけど、躊躇した理由だった。


 ソマリちゃんが、私の様子から察した。

「間違いなく魔法でしょう。それも荷重系統。〈ドラスの荷重分銅〉あたりが、最も可能性があります。でも……?」

 そこで言い淀んだ。だから、後を私が言い継いだ。

「〈ドラスの荷重分銅〉は対ゴーレム攻撃用の重爆撃魔法だよ。そんな攻撃魔法を浴びたら……」

 魔法が使えて対処方法を知っている貴族なら生き残れる。でも、市民の子供ではひとたまりのもない。ぺっちゃんこにされてしまうはず。


 と、いうことは…… ?


 疑問は残るけど、医務官としてのソマリちゃんの使命感は相当なもの。直接会ったわけじゃなくて、私の報告を聞いただけなのに、もう感情移入してた。

「その男の子の治療を、わたくしにお命じください」

 ソマリちゃんは、見た目は幼げな美少女だけど、れっきとした魔王帝国軍の私付き上級医務官。治癒魔法も、手術も、調剤もぜんぶできる。

「治癒魔法使います。止めないでください」

 ソマリちゃんが、私を赤らんだ目でみあげた。私も「うん」とうなずいた。


 ◇  ◇


 だけど…… 今日、あの男の子、ラーダは来なかった。

 代わりに、ティアちゃんがひとりで来たの。息を切らせて、肩口を押さえている。

「お願いです。みんなを、チビたちを助けてください」

 

 ティアちゃんは、混乱していた。

「チビたちがいないんです。いつも教会のそばにいるのに」


「何があったの? それに、その怪我は?」

 膝をついて目線を合わせてゆっくり尋ねた。

 だけど、ティアちゃんは震えている。涙をいっぱいに溜めた瞳を揺らした。栗色の髪を揺らして首を振った。

「貴族たちがやって来て、いきなり、魔法でたくさんの人たちを殺めたんです」

 えっ!? わけがわからない。


「時々あるんだよ。ベルメル貴族によるアリエラ狩り。あいつらも、魔王帝国が攻めてくるって噂が広がって以来、イライラが溜まっているんだろう」

 ライムギルド長が深いため息をついた。ギルド長自身も、今朝、ギルドを訪れた貴族たちに、憂さ晴らしの的にされている。


 ティアちゃんは、蒼ざめて言い募る。

「チビたちがいないんです。 

 貴族が馬で大人たちを追い回して―― 教会に逃げ込んできた人もいて、気がついたら、チビたちの姿がないんです」

 戦慄を感じた。

 ティアちゃんも、左肩から背中に鞭打たれたような傷を負っている。おそらく、ベルメル貴族に馬上から、鞭を浴びせられたのだろう。 


「ソマリちゃん、この子を診てください」 

 ギルド本部の医務室へ連れてゆき、ソマリちゃんに任せた。ライムギルド長はもう何も言わなかった。


 カルフィナとミヌエットさんも裏口にやって来た。 

 

「アリエラ下層市街で、死者が出てる」

 カルフィナが小声で私に耳打ちした。カルフィナの感覚が、無為に奪われた魂に反応していたの。こぶしを握り締めたまま、うなずき返した。

 ベルメル貴族が、ここまで愚かとは思わなかった。

 悔しいけど―― アリエラ地区の人々の健康状態は、元々が最低レベルだったから、私の領域魔法では、気づけなかった。


「システィーナ、ちょっと、来て」

 カルフィナが袖を掴んで、路地へ引っ張り出した。

「ファレンカルク伯爵さまから、返信が届いたの。システィーナは、あの子、ティアちゃんのことを問い合わせたのでしょう?」

 カルフィナは周囲に目線を走らせながら、小さく折りたたんだ紙片を手渡してきた。その様子で読まなくても、ファレンカルク様からの報告内容に見当がついた。

 紙片を開いて一読した。

 予想どおりだった。


 ……どうしよう。

 

「アイリッシュ、いる?」

 つい、心の中で呼びかけた。私の領域魔法の届く範囲内にいるなら、彼なら応えてくれるかも知れない。


 さすがに、無理か……

 獣人騎士といえども、異国の城都の中では、呼べば応えるなんて都合のいいことは……


「姫殿下、ここに」

 ふいに気配がわいた。私付き獣人騎士団長、アイリッシュが控えていた。


「アイリッシュ。いつからいたの? 本当に、もう。私の自慢の領域魔法の中へ忍び込めるの、あなたくらいよ」

 呆れた。でも、嬉しかった。アイリッシュは、幼馴染で私の可愛い弟分だから。

「いま、着いたところだ。この状況、何か命令をもらえると思い、領域魔法の流れを辿ってきた」

 アイリッシュがいると、不思議と何とかなる気がする。

「うん。お願いがあるわ。

 アリエラ下層市街へいって。教会の傍にいるチビたちを連れてきて。『コロッケのお姉ちゃんに頼まれた』って言えば、話が通じるから」

「はぁ?」

 あ、いきなりじゃあ、何のことか通じないか。

「重要な任務よ。大急ぎで、お願い。あと、可能な限り自重してください」

 でも、どう説明したらいいのかわからない。だから、とにかく命じた。


「もお、そんな言い方じゃ伝わらないわよ」

 と、カルフィナが呆れ声を出して割り込んだ。


「さっきファレンカルク伯爵様から、鳥の折り紙が届いたの。この事態の真ん中にいるキーパーソンが、チビたちを必要としているわ」

 カルフィナは、私から紙片をひったくり、アイリッシュに突き出した。それを読んだアイリッシュの瞳の色が変わる。


「なんだ。それでシスティーナは、こんな煮え切らない顔をしてるんだ」

「だって……っ!」

「システィーナが守りたい者を守ればいい。いきなり例外を作るのもアリだ」

 紙片を私に突き返して、アイリッシュは笑う。 


「チビたちを探してくる。

 あ、それから、全軍、ご命令どおりラーベナの森で待機している。

 いまから、作戦開始でいいよな? ここまで来たらやるしかないだろう」

 えっ!? だって、ちょっと、待って……

 私の返事を待たずに、アイリッシュが夕闇の中に溶けた。


 どうしよう…… 私、まだ、心の準備が……

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