#018 カレル東湖畔の廃墟2
〈ナレーション〉
十年前、星歴1219年12月――
アリエラ王国は滅亡した。
王家と貴族たちは、全員が戦死あるいは処刑された。生き残ったアリエラ王国の住民たちは、すべてベルメル王都へ連行され、奴隷同然の下層市民にされた。
悲劇の発端は、ベルメル王家の王子と、アリエラ王家の王女が、恋仲になったことだった。逢瀬を繰り返すふたりを、両王国の王家と貴族たちは快く思わなかった。
ベルメル王国とアリエラ王国では、国力の差は5対1程度、開いていた。
善政を行う小国アリエラと、軍事拡張主義のベルメル王国とでは、縁談は無理が多すぎた。
だが、ベルメルの王子は、その許されない恋に走って、命を落とした。
それが戦争のきっかけだった。
軍拡主義のベルメル王国は、自国の王子の死さえも、開戦の口実に使ったというのが、正確なのかも知れない。
星歴1229年 10月12日 午前11時00分
カレル東湖畔 アリエラ王国跡
〈システィーナ〉
施設大隊が建造した大型木造船の群れで、カレル湖を横断した。カレル湖は東西八キロ、南北十二キロの太った三日月形の湖沼で、両岸は葦原が発達している。渡りをする水鳥の群れが、葦原に現れ始めていた。
魔王城下町の東街区にはカレル湖に面した位置に川湊を設けた。まだ埠頭や桟橋は未完成だけど、いずれは立派な魚市場も整備したい。
ふらっとお魚について考えていたら、カルフィナがすっと歩み寄ってきた。
「例の呪詛だけど、まだ、しっかり残っているわ」
胸元で向かい合わせにしたカルフィナの掌の間に、手のひらサイズの魔法陣が展開して、ゆっくりと回転している。呪詛魔法を検知したことを示す文字が浮きあがっていた。
「それに、結構な数の浮遊霊に、遺骸も転がっているわ。本当に呪詛汚染されてる。施設大隊のヒト族のスタッフをうっかり上陸させると危ないわよ」
アリエラ王国跡地にも、カレル湖に面した場所に川湊が作られていた。赤レンガ造りの港湾施設は、長い眠りの間に蔦や雑草に覆われている。
とりあえず、ヒト族の上陸は禁止にして、魔法耐性の強い魔族や獣人騎士団だけで港にあがった。
それから、呪詛魔法の解析もカルフィナにお願いした。こういう繊細なことは、私よりもカルフィナの方が数段は得意なの。
「カルフィナ、呪詛魔法の術式、解析できそう?」
声をかけると、ギンって睨まれた。
「静かにしてて、気が散るからっ!」
カルフィナは呪詛魔法が使える。だから、自らも呪詛の魔法陣を出現させて、アリエラ王国に残る呪詛魔法と、魔法音韻の干渉や共鳴を調べることで、どんな種類の呪詛魔法がアリエラ王国にかけられたのか、推定することができるの。
もちろん、呪詛魔法は発動させない。待機修飾符という小魔法陣を呪詛魔法に付けた状態で共鳴するか、どうかを試しているの。
待機修飾符という歯止めをかけた状態での共鳴確認は、技術的には小難しいところがあって、集中力が必要だから…… 話しかけたら睨まれた。
しばらくして、カルフィナが小首をかしげた。
それから、錫杖を大きくひと振り。展開していた呪詛の魔法陣を消した。そして、もっと大きくて高度な呪詛魔法を出現させた。
今度は、時計機械の如く複雑な魔法陣が、アリエラの呪詛魔法と共鳴を始めた。この呪詛魔法で正解だった。アリエラを崩壊させた呪詛魔法が判明した。
「これは、どういうことなのかな? とか、聞かないで。アリエラを滅ぼしたのは、虚数二重闇魔法〈メールシュトームの流血鎖〉よ」
カルフィナは、自身で導き出した答えに納得がいかない様子だ。
「本当に? 人類の使える魔法の上限を越えてるじゃないの?」
思わず、私も聞き返した。
「特殊な魔導具を用いたなら、術者の魔法資質が小さくても、この呪詛を発動できるわ。でも、そんな危ない物を、ベルメル王家が手に入れられるとは…… ちょっと考えたくない」
カルフィナの苦り切った顔に、私もうなずいて答えた。
呪詛の種類さえわかれば、対抗措置は簡単だった。天幕村から持ってきた魔導タイプライタを叩いて、この呪詛を無効化する護符をプログラムした。施設大隊のヒト族をはじめ、スタッフ全員に護符を配った。
上陸したら、早速、指示を飛ばした。
とりあえず港湾地区に天幕を張り、臨時の本部とした。
「小人族の召喚師と施設大隊で、建物を確認してください。移築できるものは、チョークでマーキング願います。」
「カルフィナは、私と一緒に来て。
浮遊霊と遺骸の回収と、このアリエラ王都が受けた呪詛魔術の解除をします」
私とカルフィナ、呪詛攻撃に対して最も耐性のあるふたりで、呪詛を解く作業を担当しようと思ったの。
「了解よ」
カルフィナは呪文を唱えて、真銀製の大きな錫杖を振り鳴らした。
しゃん しゃん しゃん しゃん しゃん
黒衣をまとうカルフィナが錫杖を鳴らしながら、舞う。
黒い衝撃音が、ずんとお腹に響いた。
敷石舗装された港の地面に、真っ黒な魔法陣が走った。
「我、死霊を弔い汝らの魂を慰める者、
我、偉大なる魔王の眷属にして、汝らの命令者にある者、
古の呪法に基づき、汝らに命ず」
カルフィナの唄う声。
揃いの漆黒の衣装をまとい、フードを深くかぶり表情を隠した骸骨兵団が、魔法陣内へ出現した。整列すると、一斉に私に向かいひざまずいた。カチャカチャと乾いた骨の音が鳴る。
カルフィナも、骸骨兵団と合わせて私にひざまずいていた。
「偉大なる我が主、システィーナ姫殿下、骸骨兵団を参集させました。どうぞ、この世ならざる兵団にご命令を」
思わず感嘆を漏らした。普段は喧嘩友達のカルフィナだけど、死霊術師という希少職種の担い手なの。あまり使いどころのない死霊術だけど、本当に美しいと思う。
骸骨兵団の戦闘力はけして高くはないの。むしろ儀仗兵団であって、彷徨える魂を地獄に落ちないように、つなぎとめるために、兵団として組織したという方が正しいと思う。
かれらの魂の統率を司る死霊術師には、非業の死を遂げた死者への慈愛の心が必要だった。カルフィナは、本当は優しいんだよ。
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