#017 カレル東湖畔の廃墟1
打合せのあと、サモエド副団長が歩み寄ってきた。
「姫殿下、カルフィナ死霊術師殿、エトルリア技巧官殿に、ご相談をしたい件がありまして―― 少しお時間を頂けますかな」
ちらっと枕を抱えたラグドールが、こっちを見てた。彼女たち、ネコ属の子は、これから二度寝するんだと思うけど、いまの目線って、何だろう?
お話ご苦労様と、エトルリアさんのマグカップに、コーヒーのお代わりを注いだ。カルフィナも、マグカップを突き出してきた。こっちにはココアを注ぎ入れる。
私のマグカップに、エトルリアさんがコーヒーを入れてくれた。ミルクも注いでくれる。
「ご相談というのは、カレル湖の東湖畔にある旧アリエラ王国跡地についてです」
サモエド副団長が図面を広げて話し始めた。
「先日、うちの子犬たちで先行調査を行った結果、旧アリエラ王国跡地には建物、什器類などが、良好な状態で保存されていることが判明いたしました。
冬季が迫る中、入居を急がれるのでしたら、旧アリエラ王国跡地から建物などを移築してはいかがでしょうか?」
なるほどと思った。旧アリエラ王国については、遠征出発前に読んだ事前資料にも記載があった。この建設地とは、湖を挟んだ向こう側に、もうひとつの人類の城都があったの。資料によると、隣国ベルメル王国との戦争に敗北して滅亡したらしい。
つまり、いまは廃墟のはず。
「悪くはないご提案だ。
旧アリエラ王国は美しい町並みで知られた城都だ。自然環境と、都市景観のマッチングを考慮するなら、近傍にあるこの城都の建物は、建築デザインの参考案としても有用だ」
と、エトルリアさん。
実際、予定を繰り上げて入居を急ぐとなると、市街地に建設する建物の設計を急ぐ必要がある。
中央帝都でも建物設計を進めてもらっているけど、主に外城壁や橋梁、港湾施設、穀物貯蔵サイロなど、大規模なインフラ施設中心で作業していた。
当初の予定では、もう少し長く天幕生活を頑張るつもりだった。
でも、季節の方が予定を繰りあげてきた。降雪前に入居したいとなると、一般住居棟の設計は、ここにいる現地スタッフで図面を引くしかない。それは、エトルリアさんのブラックコーヒーが、途切れないことを意味する。
いくらエトルリアさんが、仕事熱心な技巧官だとしても、徹夜仕事は増やしたくない。
それに、魔王城下町のデザインは、最低でも街区単位で統一する方針だった。中央帝都工学院で設計を急いでもらっているけど、市庁舎、銀行、郵便局、各種商業ギルド施設と、設計すべき施設はたくさんある。
魅力的な街づくりを目指すという大目標を考えると、機能性だけじゃなく、デザインや景観設計も大切だった。
そして、同じカレル湖畔に位置する旧アリエラ王国城都は、景観デザインにおいて高い評価を持っているの。
だから、旧アリエラ王国から建物をそっくり移築しようというアイディアは、最善に思えた。
みんながマグカップ片手に、うなずき合った時だった。
「ちょっと、待って。旧アリエラ王国跡地って大丈夫なの? あたしにも声をかけたってことは……」
カルフィナだった。彼女が、何を言いたいのか、その横顔を見て気づいた。
「そのとおりです。アリエラ王国は十年前、ベルメル王国との戦争に敗れ、滅亡しました。その際、城都市街区内へ呪詛魔法攻撃を受けたと思われます。
ゆえに、住民は壊滅しましたが、街並みはそのまま残されているのです」
サモエド副団長がこともなげにいう。
私は、ちょっと、小首をかしげた。
「人類ごときの戦争に、呪詛魔法って…… あり得るの?」
サモエド副団長は、そこで唸った。
「そこは引っ掛かるところです。
ですが、我々の遠征軍内にも、施設大隊を中心に、ヒト族の眷属は多数参加しています。アリエラ王国跡へ行く際は、護符などの対策をすべきでしょう」
「うん。守護法符を書きますね」
ここで、ミルクたっぷりコーヒーをひとくち。
考え事をするときには、コーヒーは良いお供だと思う。建設地に残るか? 私も湖を渡ってアリエラ王国跡に行くか?
うん。やっぱり、私も行く。
「本格的な呪詛攻撃に対抗するなら、最低でも相手が使う呪詛魔法の系統や属性は調べたいです。アリエラ王国跡に行くなら、私も同行します」
工事の進捗は大切だけど、ゴーレムの魔法符の作り置きをたくさん用意したから当分、大丈夫。
私の魔法力を必要とするのは、アリエラ王国跡地の調査・建物移設チームと判断した。呪詛魔法は、特殊で厄介な魔法なの。十年経っているからって、効果が消滅したとは限らない。城都をまるごとひとつ壊滅させたとなると、面倒な術式を含む呪詛魔法かも知れない。
警戒するに越したことはないと思ったの。
サモエド副団長が、こほんと咳払いをした。
「最後にもうひとつ。実はネコ族の子たちから、新鮮なお魚料理が食べたいとの要望が寄せられていまして、湖で漁業を始めてはと思うのですが……」
あっ、さっきの枕を抱えたラグドールのちら見って、これだったんだ。
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