#016 施工順序を変更します
エルトリアさんが図面を示して説明を始めた。
「中央帝都天象局から届いたアガパンサス平原北部の気温予想だ。
ここ数日、急に冷え込んできたのはご存じのとおりだが…… 例年より早く雪が降る可能性が高いという予報が出てきた」
寒がりのネコ属の女の子たちは、雪という単語を聞いただけで、ぶるっと身を震わせた。
「そこでだ。当初の計画を変更し、東街区だけを先行整備する。中央及び、北、西、南街区は外周城壁の施工を取りやめて、外周運河だけを概成させる。
代わりに、東街区内の住居地区の一部エリアを完成させ、まず、俺たちが入居する。天幕生活で雪に降られるのは、さすがに堪忍といったところだ」
みんな一様にうなずいていた。
私も、寒さも困るけど、天幕に吊るしたハンモックで眠るの、そろそろ辛くなっていた。
すっと、手があがる。
アイリッシュだった。
「入居となると、家具やカーペット、什器類はどうするんです? 当初計画だと、外周城壁が完成した後に、姫殿下の結界を解いて、人類と接触。人類の入居誘致と同時並行で、家具類も人類の城都から購入の予定でしたが…… 順番を入れ替えるとしたら、どうするんです?」
これが、私が全員を掻き集めた理由だった。アイリッシュは、勘が良くて助かる。
施工する順番を入れ替えたら、防備が不完全な状態で、この魔王城下町を人類の目に晒すことになる。
「あの、中央帝都の業者へ発注して、取り寄せるのはダメでしょうか?」
サモエド副団長と一緒の子犬の子が手を挙げた。白い毛埋もれた薄ピンクの肉球が可愛い。
私は、街づくりは、ここからが難しいと知っていた。
ハコモノを用意するだけじゃ回らない。
住民のみなさんに、ちゃんと利用されるためには、いくつか必要なことがある。
「う~ん、魔王城下町には、ヒト属の仲間がいっぱい必要なの。
城下町の基盤整備やインフラは魔王軍で用意するけど、街づくりの中身は、この町に住んでもらうヒト属のみんなにも、手伝ってもらおうと考えてます」
魔族や眷属のみんなは、首を傾げたり、ひねったり。そりゃあそうだ。従来の魔王城下町を手に入れるやり方は、人類の城都を襲撃して、王侯貴族や将兵、抵抗する人々を全部、ぶっ潰して、奪って、支配する方式だった。
「最初に必要なのは、ヒト属の商人なの。
彼らに、この新しい街の中に移り住んでもらい、商店街や商業ギルドを作って、営業活動をしてもらう。
そうしないと、ヒト属の住民を増やすことは難しいと判断しているの」
私の言葉に、集まった魔族と眷属の半分くらいがうなずいて、残りはぼ~としてた。道路、運河、上下水道、市庁舎に市場、それと安全な居住空間…… これらを魔王帝国が提供しても、ヒト属の生活にはまだ足りない。
「この街にヒト属の商人を住まわせること。
その最初のきっかけは―― 魔王城下町で必要な家具や什器類など、多額の初期投資を、ヒト属の商業ギルドに発注すること。
さらに、魔王城下町の街区建設を、ヒト属の人々に賃金をお支払いして行うことで、将来の住民を建設地に集めることができるし、お金も回るようになる……」
大集会で承認を得た2兆3180億ギルの今年度予算には、巨額の賃金を建設費に見込んでいたの。
「なるほど、システィーナ、おまえ、ときどき、面白いこと考えるな」
アイリッシュが笑った。
「それなら建設途上で問題ないんじゃない。ヒト属の子たちは、自分で作った街になら愛着も沸くだろう」
ビックホーン男爵が進み出た。
「だが、ヒト属の住民が
住民を奪われた人類の王侯貴族にとって、この魔王城下町は看過できない存在となろう。人類の王侯貴族にとって、住民は己の財産だ」
中世封建社会の世界観では、土地と住民や農奴は、領主の私的財産という認識なの。ギリシャ・ローマ時代の市民社会や、近代国家とはまったく認識が異なるの。
「魔族突撃騎士団の見解をお聞かせください。
この魔王城下町を守り切るのに必要な整備レベルは、どのあたりですか?」
むう…… と、ビックホーン男爵がうなった。
男爵が考え込んだのは、守り切るという言葉の意味を理解したから。たくさんのヒト属を抱えた街区を、外敵から完全に守り切るのは、相当に難しい。
それならと、言葉を継いだ。
「付与条件を追加します。
現時点で敵対するのは、最も近いベルメル王国のみ。
護衛対象は東街区のみ。
私の魔法符と、ゴーレムによる支援を付けます」
むぅと、ビックホーン男爵がひと声、うなってから答えた。
「城壁の完成は無理としても、堀としての外周運河だけは欲しい。
それに、跳ね上げ橋の防御砦。できることなら、橋の数を制限して頂きたい」
うなずいた。
そして、エルトリアさんを振り返る。エルトリアさんは、その場で工程管理図を書き換えた。
「大丈夫。これなら雪が積もり前に、暖炉の前でうたたねできるはずです」
私もうなずいた。
「工程変更を了承します」
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