#007 野営地の際は早いですね

星歴1229年 9月15日 午前7時15分

アガパンサス平原南部 遠征軍天幕


 天幕の隙間から差し込んだ朝日がまぶしくて、目が覚めた。

 ときおり見る転生前の夢は、不思議と懐かしい感じがした。

 

 着替えを済ませて、天幕から出た。

 野営地の朝は、早い。私付きの獣人騎士団では、犬属の連中は特に朝が早い。ネコの子たちはお寝坊だけど。


 野営地の中を何となく散策し始めたら、

 獣人騎士団のサモエド副団長が、大なべを抱えて現れた。その後に、彼の門下の子犬たちが数名、食材や食器を運んで続く。

「あ、おはようございます。姫殿下」

 大きな白いフサフサのしっぽが揺れる。ちっちゃな白いしっぽも揺れる。


「おはようございます。私も手伝いますね」

 一番後ろについてきた子犬から、スープ皿を受け取る。私付きだけでも結構な陣容だから、重ねて運ぶスープ皿も枚数が多くて重たい。子犬の子たちは、私に良く懐いて、べったり張り付いてくる。すごく可愛い。


 サモエド副団長は…… 獣人騎士団では、一見、温厚そうに見える。でも、鉄製の大鍋を何個も平然と運んでいる。そうなの。こいつは、ヤル時にはまったく別人になるので、ちょっと注意が必要なタイプだ。



 草原の真ん中に野営地を設けて、昨夜を明かした。風と一緒に渡ってくる草の匂いが気持ちいい。

 はためく天幕の群れを抜けると、かまどの周りでは朝食の支度が始まっていた。



「ね、姫殿下、今日の朝ごはん、鶏肉とほうれん草のスープだったよね?」

 フサフサのしっぽをフリフリしながら、子犬の子が笑う。

「うん。楽しみだね…… あっ」

 あいづちを返して気づいた。それで、今朝は鶏が鳴いてないんだ。

 中央帝都から出発した時、荷車には籠の中に囚われた鶏たちがたくさんいた。毎朝、鶏たちの鳴き声で目が覚めた。

 それが、行程が進むたびに少しずつ減っていって、今朝で、全部、お鍋に入ることになったわけ。それで、久しぶりによく眠れたから、転生前のことを夢で見たんだ。


 ということは…… 猫の子たち、起きてこないね。きっと。ご飯できたら、お布団をひっくり返しに行くしかないか。


  ◇   ◇


 大集会のあと、二週間ほどかけて準備を整えて中央帝都を馬車で出発した。広大な帝国領内を進むのに九日、国境を越えてから五日が過ぎていた。

 私付きの獣人騎士団だけが、遠征軍の本隊よりも先行して、建設予定地へ向かっていた。何気に遠くまで来たなと思う。


 みんなで朝ご飯を食べながら、報告を受けた。食事をしながら情報共有したの。

「ブリアード参謀長、もぐもぐ……

 あの、昨夜の天測結果は、もぐもぐ、いま、どのあたりですか?」

 なんか、今朝焼いたパン堅いよ。

 もぐもぐしながら、ブリアード参謀長へ尋ねた。


「はっ! 昨夜23時に天測を実施しました。現在地は、アガパンサス平原南部であります」

 ブリアード参謀長は、獣人騎士団で唯一の良心というべきポジションのキャラ。ごく普通で、まじめで色々と頼れるし信頼できる。私にとっては、相談役ってところかな。


 噛み応えあるパンは嫌いじゃないけど、ちょっと硬すぎるぞ、これ。

「姫殿下、このパンはスープに浸して食べると美味なのです」

 へ? えっ?

 ブリアード参謀長がお手本をして見せた。パンをひとくちサイズに千切り、スープにちゃぷちゃぷ。ぱっくん。もぐもぐする。


 ……なるほど。それでいつもより硬めに焼いてるのね。野営地生活も半月もすると、食事に飽きてくるから、変化を付けてくれたというわけか。


 ちゃぷちゃぷ。もぐもぐ。

 あ、これ、美味しいわ。煤け気味に硬く焼いたパンの厚みも、スープに浸すなら、ちょうどいい。


「建設予定地まであと二日ってところね、もぐもぐ」

「そのとおりであります。例の契約の案件はそろそろご準備なさいますか?」

 ブリアード参謀長がリマインドを飛ばしくれた。ちょうど、私もそれを考えていた。

 私と獣人騎士団が先行して、情報収集と現地での受け入れ態勢の整備を実施する手順になっていた。

 施設大隊や技巧官、たくさんの物資を運ぶ遠征軍本隊は、三日分行程をずらして後を着いてきている。ビックホーン男爵の魔族突撃騎士団に、護衛役を頼んであるから心配はない。

 つまり遠征軍本隊の建設予定地到着まであと、五日ということになる。


「そろそろ契約取らなきゃ、ね」

 ブリアード参謀長がうなずく。魔王帝国軍のごく普通の遠征なら、契約なんて誰も気にしない。でも、私はちょっと違うやり方を試してみたいの。



「姫殿下、ネコさんチーム、まだ、寝てますぜ。起こすの、手伝ってください」

 ちょうど良く、アイリッシュ獣人騎士団長が、茶毛をぽりぽり掻きながら現れた。


 アイリッシュ獣人騎士団長は、背が高くて、顔立ちも良い。

 ぱっと見なら、イケメンに見間違えるかも知れない。獣人騎士団では、まだ若輩者。やんちゃ小僧みたいな雰囲気も可愛いところある。年齢も私と近いので、幼馴染に近い感覚で接してくれるし。

 でも、剣技は優れてるし、何よりメンタルが強い子なので、私が騎士団長に抜擢した。

 

「あ、アイリッシュ、ブリアード参謀長と話してたんだけど……

 例の契約を取りに行くから、私とあなたで飛竜で行くから、お願いね」


「了解です。で、ネコの子たちは…… どうします?」

 アイリッシュが困った顔をしてる。騎士団長なんだから、お寝坊な団員を叱り飛ばすくらいはやってよ。というのは、この子には不向き。アイリッシュは、獲物以外には、とてもやさしいから。 


「サモエド副団長、ネコの子たちのお布団を引っぺがしてください」

「かしこまりまして」

 獣人騎士団は、実質的にはサモエド副団長が取り仕切っているのでした。

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