#008 建設用地の買収にご協力ください

星歴1229年 9月20日 午前10時30分

アガパンサス平原北部

  

 えっ? 魔族だったら、土地は強制徴発するんじゃないかって?

 いやですね、そういうの、経済力のない三流魔族がやることだよ。


 大集会にかけて了解を得た、総予算2兆3180億ギルには、ちゃんと用地取得費を計上していた。用地買収の交渉相手は、古くからこの土地に住み着いていた小鬼族の族長だった。


「おまえたち中央帝都の魔族たちのことは噂に聞き及んでおる。じゃが…… こんな何もない草原を売ってほしいだと?」

 小鬼族の族長は、かなり困惑していた。だって、中央帝都の魔王帝国軍は、情け容赦って単語が辞書に載っていない。残酷無慈悲な占領軍団として知られていた。まあ、魔王皇帝家の一族は、侵略戦争がお仕事ですからね。


「ええ。この広大な草原が私たちの新しい城下町になるんです。ぜひ、お売りください。もちろん、評価額は中央帝都の基準を適用します」

 にこにこ営業スマイルを振りまいた。小鬼族の族長はまだ迷っていた。そりゃあ、先祖伝来の土地を敵に奪われたら、戦って奪い返す。それしか考えてなかったのだろう。お金を支払って買いあげますと言われたら、にわかに判断がつかないのも、無理はない。

 でも、あんまり時間をかけても良いことはない。理由もなく迷い始めると、面倒なことに難攻不落の案件になっちゃうの。なぜって、迷う理由がないのに、迷っているんだもの。


 でも、大丈夫。

 小鬼族にしたら、この土地は先祖伝来の遊休地。実は何も用途がない。

 手放しても生活に困ることは何もない。

 そこまでは調査済みだった。

 答えを逡巡しているのは、単純に感情的に不安になっているだけなの。


 だからね、こういう時は取って置きの良い方法があるわ。

「アイリッシュ、あれを持ってきて。お願い」


 恭しく芝居かかった仕草で、アイリッシュが大きなアタッシュケースを抱えて、進み出た。

「ご契約を頂けるのでしたら…… 手付金をご用意いたしました」

 笑みを含んだ私の声が合図。アイリッシュが、小鬼族の族長の目の前でアタッシュケースを開いた。


「ふぉっ!?」

 族長のひげ面がビクンとなって、変な声が出た。

 うん。


 小鬼族の族長は、アタッシュケースにいっぱいの銀貨を目にして、硬直した。おそらく、族長が考えていたはずの金額の二十倍くらいあると思う。何もない草原に付く値段としては破格の金額だった。

 評価額の算出は頑張った。後腐れがないように、精いっぱいの査定額にしたの。


「こ、これは……っ!」

 巨大な魔王城下町建設用地だもの。買収面積が広大だから、銀貨の量も半端ない。

 やっぱり、現金商売は最強だ。


「そちらさまで立てている土地の所有権を示す標石を撤去して、結界魔法を解除して、土地を引き渡して頂ければ、残りの銀貨もお支払いいたします」

 もう、いかがですか? なんて聞く必要もない。

 小鬼族の族長は、小刻みに私の言葉にうなずいていた。



 四日後の朝、遠征軍の本隊が到着した時には、湖畔に広がる草原は私たちのものになっていた。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る