#034 アリエラ住民救出作戦

星歴1229年 10月31日 午後21時20分

アリエラ下層街区


〈ナレーション〉  

 その夜、アリエラ下層街区で蛮行を働いた貴族は、10名ほど。かれらには、それぞれ数名の従者が付き添っており、総勢では30名ほどにもなる。貴族らは、攻撃魔法が使えるだけでなく、マスケット銃を所持していた。


 愚かしい非道の行いにも大義名分はある。

 魔王帝国との戦争を前に、アリエラ下層街区への支配を強化する。万が一にも、魔王帝国との戦争中に、反乱を起こそうなどと考えないように、貧民どもを打ち据えておくべき。貴族らはそう唱えていた。


 アリエラ下層街区には正式な代表者はいない。貧民とされた人々には、ベルメル貴族との交渉権はない。したがい代表者は必要ない。

 しかし、アリエラ下層街区の実質的な取りまとめ役は数名いた。

 そのひとり、市街中心で診療所を営む老医師ウィンストンは、杖を突きながら、ベルメル貴族らと対峙していた。

 貴族らの非道はいまに始まったことではないが、夜間に及ぶ例はなかった。いままでのアリエラ狩りでは、夕暮れには、貴族らは引きあげたのだ。

 老医師は、一向に止まない貴族らの暴行に、うすら寒いものを感じていた。 


「どうか、なにとぞ、これ以上は――、ご容赦ください」 

 

 貴族らは、薄笑いを浮かべた。

「では、あとひとつ建物を焼いて終わりにしてやろう」

 老医師ウィンストンが、緊張が切れたのか、ため息をついた。それを見越していた貴族は、狙いすまして笑い声を浴びせた。

「おまえの小汚い診療所に火をかける。いま、すぐにだ」

 なっ……!? と、老医師ウィンストンが驚愕に震えあがった。


「お、お待ちくださいっ! 診療所には、満足に動けぬ入院患者もおります」

「小汚いモノは、焼き払うといっただろうが、ゴミども」

 貴族は、嘲笑を浴びせ、老医師の杖を蹴り払った。老医師は、地面に転がった。


「下民どもに、俺様の力を見せてやろう。我が、魔法を!」

 うすら笑いの群れから、ひとりの若い貴族の男が進み出た。

 名門貴族家の出身らしく、贅沢な身なりをしている。よく目立つ紅い髪の男だけど、貴族らの中でも、ひときわに卑劣な感じがした。


 ◇  ◇


 〈システィーナ〉

 大仰な仕草に、持って回った無駄に長い詠唱が続いた。

 あれ? と、疑問に思った後、すぐ合点がいった。「闇属性魔法かぁ、この貴族、意外とできるぞ」と思ったら…… ただの火属性魔法。闇魔法に見せかけるために、無駄に修飾符がついた、まがい物の魔法だった。

 貴族の男が、診療所へ掌を突き出した。魔法陣を展開する手順の不効率なありさまから、間に合うと思った。


「焼き尽くせ、〈アガルカスの紅炎〉」

 貴族の勝ち誇った笑う声が、赤黒い炎を生み出して、古びた診療所を呑み込もうと迫った。


「水よ、凍てつく風よ、盟約の下、守護の壁を成せ〈カトレの水晶壁〉っ!」

 澄んだ叫び声とともに、夜の大気の中から、冷涼な氷の壁が出現した。

 不完全燃焼の赤黒い炎はあっけなく、蒼い水晶の壁に弾かれて消えた。


「こんな酷いことは、許さないっ!」

 白亜の儀式正装をまとったティアちゃんが、澄んだ声をあげた。


「何者だ、どこから現れた? 小娘が、逆らうというのか……っ!?」

 貴族は、驚きを無理に隠して、余裕のある仕草を装っていた。

 が、すぐに、ティアちゃんのまとう白亜の儀式正装と、刺繍されたアリエラ王家の紋章に気づいた。その意味に思い当たり、怒りと恐怖とに震え始めた。


「まさか…… おまえは、おまえが…… !?」 

 貴族の男がわなわなと震える。

 ティアちゃんは、白亜の衣をすっと翻した。

 バカ貴族もさすがに知っていた。魔王帝国の白亜の儀式正装の意味は、人類へ宣戦布告を行う使者だということを。

 そして、ティアちゃんの右手には、魔王帝国第6皇女である私の紋章、桔梗の花を描いた魔法符がある。


「ティア・トリア・アリエラです。これ以上、アリエラの人々を虐げることは、わたしが許さない」

 ふっと、宵闇がさらに深い闇に落ちた。

 蒼い冷雷の炎をティアちゃんがまとう。

 これは、私が魔法符に込めて、強力な月属性の虚数魔法。ティアちゃんなら使いこなせると思った。


 貴族の男が使った粗悪な模造品の魔法じゃなくて、正真正銘の月属性の虚数魔法。その意味するところは、ひとつ。


「そ、それは―― 月魔法! 魔族の力!?」


 貴族の男は、突然の恐怖を悟り、精神が失調した。

 悲鳴が裏返る。滅ぼして、嗜みに虐げてきた「アリエラの下民ども」の中に、女王の血筋を引く少女が現れた。

 しかも、すでに、魔王帝国と盟約を結んでいる。ベルメル城都内に、すでに魔王帝国の勢力の侵入を受けている。すでに、至近距離に強大無比な魔王帝国の攻撃魔法が出現して、蒼い雷撃の鉾が自分の生命に向けられている!?

 驚愕のあまり、逃げ出すことも忘れている。

 

 ティアちゃんは、ずっと、悪目立ちする紅い髪の貴族の男を睨んでいた。漆黒馬車から降りて、私の認識阻害魔法の影響下に隠れていた時も、ずっと。アリエラ狩りで人々を殺めている主犯は、きっと、こいつだろう。 


「月よ、虚ろなる深淵の波音よ、盟約の下、愚劣の者を許すな! 〈メルクッセンの柊〉っ!!」

 

 耳障りな衝撃音が弾けた。大気が破裂した。

 アリエラ狩りを行っていた貴族は、容赦ない雷撃を浴びた。悲鳴に足掻き地面を這う。


「下がりなさいっ! これ以上、懲らしめを望まないなら……」

 ティアちゃんが、ふらっと気を失いかけた。


 抱きとめる。


 認識阻害魔法を解除した。

 これで、私たちも、彼ら貴族らに見えるようになった。見えたものを理解するまでには、少し時間が必要かもしれないけど。


「よく頑張ったね、ティアちゃん。無理をさせてごめんなさい」

 ティアちゃんは肩で息をしている。背中に傷を負っている。ソマリちゃんの魔法で何とかごまかしているのに、こんな大火力の魔法を行使したら……


 でも、わたしはあえてティアちゃんに挑ませた。

 ティアちゃんを自己否定の暗闇の泥沼から救い出すために、アリエラの人々を守れる力があることを実感してもらうために。ティアちゃんは、もっと、頑張れるって、気づいてもらうために。


 一生懸命なティアちゃんが愛おしくて、汗に濡れた髪をなでた。


「ひっ! ひぃぃ!」

 雷撃を受けた紅い髪の貴族が、まだ、地面を這いながら、言葉にならない悲鳴を叫び始めた。

 えっと、内緒だけど…… 虚数攻撃魔法を浴びたのに、まだ、しゃべれるのには理由がある。

 〈メルクッセンの柊〉は、体深部への電撃症をもたらす魔法なので、一見、無事に見える。でも、体組織が体の奥からじわじわ壊死していくから、このゴミ貴族はたっぷり苦しんで死ぬことになる。


 アリエラ狩りを行っていた貴族とその従者らが、事態を思い知った。私たちに向けられた、多数のマスケットの銃口が、恐怖に震えている。


 私たちは最初から、ティアちゃんの傍にいたの。

 認識阻害魔法を使っていたから、見えなかっただけ。


 そう、貴族らの目の前に、黒馬4頭立ての漆黒馬車と、付き従う骸骨騎士団、そして、魔王帝国の皇女である私、死霊術師のカルフィナが、突然現れた。


 私は、にっこりと笑って見せた。瞳を細めて、慈愛に満ちた表情を作って見せた。

 貴族たちは、私の笑いを残酷な意味と受け取ったに違いない。

「た、退却!」

 貴族たちは、マスケット銃すら放り出して、転がるように逃げ出した。 


 

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