第69話 神格と紫炎の話


「このまま、死にやがれ!アァン!!」

「・・・っく!?」


スカラ女王に向けて、爪を立てて攻撃しようとしたときだった。

後ろが、膨大な魔力が鋭く刺さるような殺気を感じる。

フェンリルは、後ろを振り向くと同時に、もう片方の空いていた腕で、辿るように爪で防ぐ。

攻撃の正体は、腕が刃状態のクレナ。

刃と爪がギチギチと音を鳴らす。

フェンリルは気づく、僅かに刃から"神性"感じ取る。

同時に疑問も感じる。

何故、"見た事のない奴が"神性を帯びているのか。


「・・・アァン?なんだァ、テメェは・・・?」

「私のご主人様を、返してもらうわよ」


紫色に燃ゆる髪の毛が、周りの吹雪でなびく。炎がフェンリルの顔に当たり、チリチリと音がなり、少し焦げる。

それを見た、フェンリルは、自分の顔に傷つけられたのが、苛立ったのか、クレナに噛みつくように威嚇する。


「この、クソアマァ・・・!!オレ様の顔に、傷をつけやがったなァ・・・!!」

「うるさいわね!!いちいち吠えんな!!」


クレナは、素早く後退しながら、空中に飛んで、炎の斬撃をX状に飛ばす。

しかし、フェンリルは、片腕で斬撃の中心を握りつぶすように、粉砕する。

だが、相手の攻撃を猶予を与えず、連続で飛ばす。


「めんどくせぇなあ!!アァン!!」


フェンリルの片腕に、膨大な魔力を感じる。

その場で引っ掻く。すると、空中で見えない何かが歪む。

その数秒後、ピシッ音がなり、"割れる"。

割れ目は、先程攻撃したような、爪痕が残り、紫の次元のようなものが広がっていた。

そのまま、クレナの斬撃は、次元に吸い込まれ、消えていく。


「何なのよ!そんなの、反則じゃない!!」

「ハッハー!!久しぶりに現界に来たんだ。全てを屠ってやる。その記念すべき一号は、お前だ!有難く思え!アァン!!」

「なっ!?」


そう言って、自分で発動した、技をただの"拳"でぶち破り、真っすぐクレナの方へと跳ぶ。

一瞬で距離を詰め、頭を掴む。

そのまま、横に一回転して、地面の方に向けて、投げつける。

勢いよく投げ飛ばされ、受け身を取る前に、直撃するのは免れない。

早くも、ゲームオーバーだと思って、目を瞑る。

その時だった。


モフッ、ドシャアアアア!


柔らかい、暖かい何かに包み込まれた。

同時に、周りの雪が凄まじい勢いで、飛んでいる音が聞こえた。

目を開けると、そこには、ビャクヤの顔があり、私は抱えられていたのが分かった。


「大丈夫ですか?クレナ様」

「ちょっとー!何なのよアレー!私、聞いてないわよ!」


そう言って、ナナイはいつも通りのテンションで、ぶーぶーと口を尖らせる。

それとは別で、異様な妖気を感じるビャクヤは、毛を逆立ちながら、鋭い牙を光らせながら、警戒をする。

間近で見た、クレナは頼もしく見える。


「貴様は、いったい何者だ!」

「アァン?ただの猫風情が、オレ様に命令するんじゃねぇよ」


フェンリルは、離れた場所から、正拳突きをする。

それは、ほんの一瞬ことで、攻撃した手は、ズボンのポケットに収めた。

その瞬間、ビャクヤは大きく目を開ける。


───パァンッ!!


ビャクヤの顔面に何かがぶつかり、シュゥー・・・っと白い煙が立ち昇る。


「ビャクヤさんッ!?」

「大丈夫です。安心してください、クレナさん」


白い煙から、ビャクヤの顔が出てくる。

よく見ると、煙は口からのようだ、いったい何が起きたか、クレナは分からずに、キョトンとしていた。


「アァン?少しはやるじゃねぇか、猫風情。オレ様の拳を牙で粉砕するとか、アァン!!」

「この戯けもの、クロスギ殿に何をした!!」

「ああ、あのガキか・・・?」

「そうよ!!ご主人様に何をしたの!!」


二人は、フェンリルに問いかける。

その問いかけに、不気味に笑い、目はギラつく。

その様子に、思わず3人は、身構える。


「アイツは・・・オレ様に喰われたよ。綺麗、さっぱりな」

「喰われた・・・?いったいどういうことよ!!」

「そのままの通り、あのガキの魂はここにはない。既にオレ様に喰われて、胃の中だ。残念だったなァ!!まあ、味は悪くなかったぜ」

「・・・っぐ」


クレナは、フェンリルの発言に対して、体中にこみ上がっていくる熱を喉を吐き出しそうな勢いで、大声を出しそうになる。しかし、それでも自分の体に釘を打ち付けるように、震える体を押さえつけ、理性を保つ。


この感情が、クレナにとって、芽生えるのはいつぶりだろうか?

いや、初めてかもしれない、暗い世界に置き去り去られた・・・あの時とは、違う感情。

寂しい、悲しい、嘆きではない。もっと別の感情。

損失、喪失?それも違う。もっと単純なものだ。


そして、クレナは、次のフェンリルの発言にハッキリする。


「っま、歯ごたえがなくて、"つまらない"奴だったぜ。ア”ァン」

「・・・い」

「アァン?なんて?」

「うるさいって、言ってるのよ。犬風情、犬のくせに、耳が悪いのね」

「テメェ・・・オレ様のことを、犬と言ったな?アァン!!?」


それは──怒り。

クレナの纏う、燃え上がるような怒りではなく、冷たく、鋭い刃のような、静かな怒り。

それとは対照に、犬と呼ばれ怒れるフェンリル。今でも、とびかかりそうな勢いで、牙をむき出す。

しかし、その姿を見ても、何も思わない。


それどころか、フェンリルを見ていると、憎いとは思わない、何故か同じような匂いがした。

だけど、怒りは別だ。

その怒りの矛先は、彼と”自分自身”に向けたもの。

弱い自分、何もできない自分、無力な自分。

そして、彼と同じ匂いするってことは、一歩間違えれば・・・。


「(でも、そうならなかったのは、ご主人様のおかげ・・・だからこそ、私は・・・)」


"つまらない"と言われ、怒る。

その言葉を撤回させる。刃が折れようとも、砕けようとも、炎が燃え尽きようとも、絶対に彼を止める。

そう、ご主人様がよく言ったように、私は諦めない。


クレナは前に出る。

視線をフェンリルに向けたまま、ビャクヤとナナイに言う。


「ビャクヤさん。ニルヴァフ王子とスカラ女王を追いかけて」


そう言われ、ビャクヤは周りを見ると、化け物の残骸と折れた槍しかなく、二人の姿はなかった。

吹雪のせいで、足跡が消えかかっている。

方向は、山頂へと向かっていた。

しかし、目の前に化け物に対して、一人の少女を置いておくには、騎士道に反してしまう。

すると、クレナは笑うように、ビャクヤに言う。


「ほんと、ご主人様って、勝手よね。勝手に出て行って、いなくなるんだから。その度に、連れ戻さなきゃいけない。お互いに苦労しちゃうね」

「クレナ殿・・・?」

「だけど、それでも、自分に希望を与えてくれたのは、あの人しかいないんだから。失ったら、どこに行けばいいか、わからなくなるわ。だから、追いかけて」

「しかし、それでは、クレナ殿が、あの化け物と一人で戦ってしまわれる。ここは・・・」

「大丈夫よ。こういう時こそ、自分のご主人様を止めるのが・・・相棒でもあり、従者である。私たちの役目でしょ?大丈夫、頑固なご主人様の相手は慣れているんだから!!これでも、私、本気出したら、強いのよ?」


ビャクヤは目を閉じる。ナナイも、流石にこの状況をを見過ごせないのか、顔が笑っていなかった。

そして、数秒して、言う。


「ご武運を」

「お互いにね」


そう言って、ビャクヤは、その場から一瞬でいなくなる。


「さて、待たせたわね」

「アァン?お前が、オレ様に相手になると思っているのか?さっきの奴の方が、歯ごたえあるんだが、まあ、それでも勝てないんだがな」

「よく吠える犬ね。それもそうか、犬なんだし、吠えて同然よね」

「グギィ・・・テメェ。本気で死にたいようだな」


フェンリルの魔力がさらに膨れ上がる。

周りの魔力の濃度が濃くなっていくのが、肌に感じる。

吹雪もそれに影響されたのか、さらに強くなる。

視界が、徐々に悪くなっていく。

しかし、相変わらず、クレナの周りは吹雪は、水となり蒸発していく。


「オレ様の名はフェンリルだ!!アァン!!!」

「たしか、そんな名前だったわね。贅沢な名前ね。今からあなたの名前は”犬”よ。分かった?」

「テメェ!!!」


そう言って、まっすぐに突っ込んで、そのまま殴り掛かる。

しかし、クレナは避けるつもりもなく、そのまま立ち尽くしていた。

そして、わずか顔面にわずか、数センチのところで、拳の動きが止まる。


「・・・!?」


その瞬間、クレナの周りから、赤い炎の柱が天に向かって、そびえたつ。

それに螺旋状に、蒼い炎が巻き付くように、徐々に融合していき、色を変えていく。

やがて、炎は紫炎となり、柱の中から、誰かが出てくる。


「これだけには、絶対に使いたくなかったけど、是非もなし」


出てきたのは、先ほどの少女ではなく、大人の女性が出てきた。

黒髪が、完全な紫炎に色に変わり、片目が紅い色に変わっていた。

黒い着物は、所々に炎に同化しているように、燃えていた。

触れてしまえば、すべてを溶かしてしまうような、炎と妖艶な姿をしていた。


「誰だァ・・テメェ・・・」

「ふふ、そう。怖がらなくてもいいじゃない?犬の坊や?私はクレナよ。そうねぇ・・・この姿に、名付けるとしたら」


まるで別人のように、妖艶に笑う姿は、普通の男なら落ちてしまうだろう。

しかし、神格のフェンリルだからこそ、分かる。

同じ”神格”。しかも、名もない、まったく新しい神格が”誕生”したのだ。


「 "軻遇突智・紫炎(シエンノカグチ)と呼んでくればと・・・私は思うわ」


その紫炎は、神である、フェンリルでさえ、燃やし殺すという神々しさをまとっていた。


「さあ、私の・・・ご主人を返しても貰います」

「ハハ、ハハハハ!!!いいじゃねえか・・・!オレ様を楽しませろよ!!!アァン!!」






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