第64話 スカラ女王と執行者の話


「ワーッハッハッハ!凄い吹雪だなあ!!こりゃあ、寒いですわ!!」

「いやいや!ニルヴァ王子!?笑い事じゃないよ!!吹雪どころか、霰だよ!?」


ニルヴァフ王子が楽しそうに豪快に笑う中で、他の皆はしんどそうな顔をする。

現在、黒杉たちは雹狼山に向かって登っている。

そして、最悪な事態に陥っているところだった。


「イテッ・・・イテェ!?」


一歩前に足を出せば、雪は深く埋まり、1cmぐらいの大粒の雹が襲い掛かる。

フードを被り、腕で顔を隠し、視界だけ確保する。

しかし、それでも少しでも肌が見えれば、顔に当たって痛い。

まるで、俺たちを侵入を拒むように、狂気的な霰が襲い掛かるように、振り続ける。


「アイリスは大丈夫か?」

「うん・・・大丈夫、私には炎神の能力がある・・・」


アイリスをよく見ると、雹が当たる瞬間、蒸発して消える。

そして、身体の周りに守るように、一枚の皮膚のように淡くオレンジに光る。

吹雪どころか雹すら受け付けない、彼女の周りだけ、空間が出来ていた。


「便利だな・・・」

「ヨウイチ、もっと近づいても良いんだよ・・・?」


流石に、雹に当たり続けるのも、嫌なので、お言葉に甘えることにした。

そのまま、隣にピッタリくっつき、そのままアイリスから手を繋ぐ。温かい。

そんな中で、武器状態を解除して、クレナが間に割り込んでくる。


「ちょっとー!二人だけの世界に入らないでよ!私も混ぜなさい」

「クレナは、大人しく武器に戻るべき・・・まだ早い・・・」

「早くないし!別にご主人様に迷惑を掛けて入るわけじゃないし!」

「枠が足りない・・・戻るべき・・・」

「ムキャーッ!!」


そう言って、霰が襲っている中で、喧嘩を始める二人。

緊張感をもう少し持つべきなのでは?

しかし、行ってしまえば、めんどくさい事に巻き込まれるだろう。

ここはオブラートに包んで止めるべきだな。


「まあ、落ち着いてだな・・・」

「「ヨウイチ(ご主人様)は黙ってて!!!」」

「あ、アッハイ」


やはり、女同士の喧嘩は男が入るべきじゃないな、うん。

だって、怖いし・・・睨んだ顔が明らかに何人か殺ってきてますって顔だったよ。

さて、俺は遠くから見守ることにしようかな。


俺は、渋々と席を譲るように、炎神の効果範囲外から出る。

一歩出れば、やはり極寒だった。

そして、何よりも痛い。先ほどまでの温もりが恋しくなる。

ため息をして、そのまま下を向いて歩いていると、何か柔らかいものに当たる。

驚いて前を見ると、ビャクヤが見つめるように見ていた。


「ど、どうしたんだ?」

「いえ、余計な気遣いかもしれませんが、私の背後に歩くと宜しいかと、その方が雹当たらなくて、安全かと」

「でも、それだとビャクヤさんが・・・」


何か言おうとした時に、ナナイが獣毛の中から顔だけだして、話しかけてくる。

というか、意外と子供1人分の奥行きがあるんだな、うらや・・・暖かそうだ。


「大丈夫よー、筋肉ダルマは、毛深いから雹ぐらい平気よ」

「ナナイ、お前は追い出されたいようだな」

「べーっだ!やなこった!アタシの為に守りなさい!」


ナナイは舌を出し、嫌味ったらしく言って、そのまま獣毛の中へと潜る。

そんな身勝手なナナイにビャクヤはため息する。

苦労してるんだなと思いながら、互いに目が合い、苦笑いをする。


「まあ、そういうことだ。私は平気だから、風よけとして使ってくれ」

「申し訳ないな、でも、王子は大丈夫なのか?」

「ああ、王子は問題ない。いつものことだからな・・・」


そう言って、ビャクヤの目が泳ぐ。そのまま、前に立つ。

お陰で、雹に悩まされることはなくなった。

最強の騎士と言っても、過労で倒れないか心配になってきた。

未だに、後ろで喧嘩している二人をほっといて、先に進む。


「ニルヴァフ王子、スカラ女王は今何処に?」

「ふむ、女王なら・・・もう少し先にいるな、誰かと一緒にいるみたいだが・・・?」

「誰かと一緒?」

「気絶してるみたいだな・・・ふむ」


ニルヴァフ王子の顔は、何処か寂しそうに見ていた。

察するに、スカラ女王の想い人だろう。

どんな姿をしているのか、聞いてみることにした。


「どんな人かわかります?」

「・・・白髪、白まつ毛の成年だな、かなり美形だな」


白髪に白いまつ毛、真っ先に思い浮かんだのが・・・。


「まさか、バルドか・・・?」

「知っているのかね?クロスギくん」


黒杉は考える。

スカラ女王の想い人はバルトとすれば、彼の父を殺したことは、何となくだが納得できる。

身分差の恋、それが弊害となるのが、親とするなら、彼女の憎む対象となる。

バルドの父が殺したとなれば、彼女の親も既に・・・。


思い返せば、ここに来てから、この国の王の一度も姿を見ていない。

パーティーの招待状も、王からではなく、スカラ女王宛の名前だった。

パーティ会場にも、王と王妃の姿も無かった。


「ああ、と言っても知り合ったのは最近なんだけどな、バルドの親は血黒病の第一患者で亡くした。そして、今は俺の上司の知り合いの宿で泊っている筈なんだが・・・」

「もし、攫われたとなれば、何されるかわからんな・・・スカラは我慢強い訳じゃないからな」



未だに、止まない雹交じりの吹雪が、進むにつれて強くなっていく。

その時から、遠くから遠吠えが聞こえる。


アオオオオオオオオン!!


それは、この山から聞こえる物なのか、狼の遠吠えなのかが分からない。

ただ、二つ分かる事があった。


一つは、遠吠えが聞こえた瞬間に、先ほどまでの吹雪が止んで、視界が良く見えるようになった。


そして、もう一つは・・・。


「フフ、やっぱり来たんだな。ニルヴァフ」

「ハッハッハッ!!まるで待ってくれたみたいじゃない」

「ええ、だって、貴方達がいると、儀式の邪魔ですもの」


そこにいたのは、スカラ女王だった。背中に黒い氷で出来た弓と、手には赤い槍持ってる。

両脇にスノーガーデン城に似た化け物がいた。

しかし、城にいた化け物と比べて、5倍以上はあると思われる大きさと、身体には、無数の口がニチャニチャと音を鳴らし、人の形をした漆黒の堅そうな身体に、顔は狼のような獰猛な牙と長い口、ギラギラと睨む赤い眼は俺たちを見つめ、背中に長い獣毛が威嚇すように、逆立っていた。


しかし、ニルヴァフは怯みもせず、前に出て話す。


「おいおい、愛しの旦那様が来たんだ、もう少し歓迎してくれても良いじゃないか?」

「戯け、お前のこと、一度も愛しいと思ったことないわ、私が愛しているのはただ一人」


スカラは後ろを振り向き、何かに近づく。

そこには、バルドが氷の椅子に座って、気絶していた。

そのまま、恍惚の顔で、スカラはバルドの頬を撫でる。


「ああ、やっと・・・お主を手に入れたんだ、我が愛しの君」

「・・・」


ニルヴァフはただ、その姿を遠くで静かに見つめる。

スカラの目は、明らかに狂気に染まっていた。

それを、ただ悲しそうにニルヴァフは、ため息をする。


「そうか、なら一思いにできるな・・・」

「ああ、だから、邪魔をしないでくれないか?」


もはや、スカラとは話が噛み合わない。

そして、彼女は立ち上がり、黒く鈍く光る赤い槍を構える。

今から、お前たちを殺すと言わんばかりの禍々しい魔力を放出する。

それに、魔力に充てられたせいなのか、両脇の狼の化け物が遠吠えして、興奮する。


「なんて、魔力なんだ・・・」

「ご主人!気を付けて、私は武器になるわ!」

「ヨウイチ・・・この魔力は・・・アレに似てる」


この魔力の禍々しさは覚えがある。

そう、化け物になった月ノ城と似ていた。

やはり、この山には何かがある。


クレナはそのまま武器状態になり、戦闘態勢になる。

ビャクヤとアイリスも魔力に当てられ、武器を取り出す。

しかし、ニルヴァフは構えずに、問いかけるように話しかける。


「んでだ、その化け物はなんだ?お前にしては、趣味が悪いんじゃないか?」

「何をとぼけている。ニルヴァフ・・・お前はもう、分かっているんだろう?」


そう言って、冷たい目でニルヴァフに笑顔を向ける。


「私の”父上”と”母上”だ」

「・・・堕ちるとこまで、堕ちたもんだな」


その化け物、正体はこの国の王と王妃だった。

自らの手で、化け物に変えたと言う。

ここまでしてしまえば、もう後戻りはできない。

それを知った上で、狂気的な彼女の愛は止める事はできない。


「さあ、私は愛に生きる、縛る枷も鎖も因果も何もない」

「・・・くだらねえな」

「なに?」


俺は、そのくだらない考えを一言で断ち切る。

そのまま、前に歩き出す。


「愛に生きる?馬鹿馬鹿しいと言ったんだ」

「お前に何が分かるというんだ」


その狂気的な愛によって、俺は殺され掛けたことがある。


「身分差?縛る枷?俺はこの世界に来たばかりだからわかんねえけどよ・・・お前はどうにもできないから、勝手に諦めただけじゃねえの?」

「うるさいなあ・・・」


収納から、拳銃を取り出し、弾を装填する。


「確かに、身分差で結婚まではできないだろうけどさ、今の結婚を断っても良かっただけの話じゃないのか?ニルヴァフは話が分かる人なんだ、そこでスカラ女王が、王位を継承して、簡単な事じゃないかもしれないが、ルールを変えれば良かったじゃないか?」

「うるさいうるさい・・・」


ニルヴァフの前に立つ。

そのまま、ナイフをスカラ女王に向ける。


「だからな、簡単に諦めんじゃねえよ。もっと前を向けよ!」

「うるさいうるさいうるさいうるさい!!!お前に何が分かる!!知ったような口で聞くな!そんなこと誰も認めるわけが無いだろう!!王女と平民が付き合えば、必ず貴族たちが反発するに決まっている!」

「お前の方が、うるせえ!!もっと周りを見やがれ!」

「!?」


黒杉は怒鳴った、そんあ無茶苦茶な行動に対して、スカラは驚く。

なんせ、王女に向って、うるさいと怒鳴ったのだ。


「あのな、俺はこのスノーガーデンに来たばかりで、何も分かんねえよ。だけどな、これだけは分かる。貴族と平民、騎士たちは、スカラ王女・・・お前のことを心から慕っている。それは今まで、お前が隔てなく接したからじゃないのか?身分差が嫌いだからこそ出来たことじゃないのか?」

「・・・」

「だからな・・・諦めんじゃねえよ」


スカラ女王は下に俯く。

そのまま、静かに笑いだす。


「ククク・・・叱られるのは、久しいものだな。しかも、こんな小僧に怒られるとはな」

「どうだ?世の中は広いだろ?こんなバカだっているんだからな」

「ああ、そうだな・・・だが」


下を向いた顔を上げる。

しかし、先ほどまでの、狂気的な目ではなく、強い意志を持った目になっていた。


「もう・・・戻れんのだ」

「そうか、そうだよな、ここまでしちゃったもんな」

「だから、私は自身の信じる・・・愛と正義を貫く。この槍でな」


再び、スカラ女王は槍を構える。

もう戦う選択肢しか、ないようだ。


「さあ、始めよう・・・!我が名はスカラ=ヴォルディ!異名は『傷つける者』!そして、玄武王の"魔従祇"なり!さあ、小僧!名を名乗れ!」


ニルヴァフは、後ろで豪快に笑った。


「ハハハ!!クロスギよ!面白い!面白いじゃないか、うむ、気に入った。私は、色々迷っていたが、お前のむちゃくちゃの行動で、どうでも良くなったわ!フハハハ」

「そりゃあ、どうも」

「さあ、相手は殺意MAXだ。言ったからには、ちゃんとやり遂げるだろう?」


俺は平和主義だし、できたら、穏便に済ませたかったが・・・相手は諦めるつもりはないようだ。

でも、生憎、俺はそれ以上に、諦めが悪いんだ。


「黒杉 楊一だ」

「良い、名前だ・・・覚えたぞ」


ニルヴァフには、助けてもらった恩がある。

必ず俺はやり遂げなければならない・・・だから。


「お前を"救い"に来た、なんせ・・・」


己のステータス、パッシブ、魔力を全開放する。

黒杉は黒姫ノ紅を剣状に伸ばし、スカラに剣を向ける。


自分で、救うと言った。だから、後は実行するのみ。


「俺は"執行者"だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る