第6話 「華月。」
「
クリスマスイヴ。
あたしと母さんと
リビングでパーティの飾り付けをしてると、父さんがあたしを手招きした。
「何?」
「ちょっと音楽屋に行ってきてくれ。」
「音楽屋?何しに?」
「店の前に立ってればいいから。」
「何それ。怪しい取引みたい。」
「怪しくないさ。」
「ふうん。じゃ、行ってきます。」
「あ、
「?」
あたしが出かけようとすると、父さんはあたしの眼鏡を取って。
「没収。」
って言った。
休みの日は、ほとんどかけてないんだけど。
つい、習慣でかけてしまってた。
あたしは、別人になってるような気がして好きな眼鏡なんだけど、父さんは気に入らないらしい。
…
「行ってきまーす。」
真っ赤なダッフルコートを羽織って外に出ると、ヒンヤリと冷たい風が額を直撃。
学校に行く時は重い感じがするくらい前髪をおろしてるけど、いつもは、おでこ全開。
今日は、三つ編みもしてない。
寒いから、小走りで音楽屋に向かう。
さすがにクリスマスイヴだけあって、街中にぎやか。
いたるところで、ジングルベル。
あたしの誕生日って、楽しい。
「あー、さむっ。」
音楽屋にたどりついて、父さんに言われた通り…立ってみたものの…
寒い。
どうしよう。
お店の中、入ってよっかな。
でも、一体何があるのよ。
「
唇をとがらせかけたところで、名前呼ばれて顔をあげると。
「
「はー…あっ、誕生日、おめでと。」
「…ありがと…」
あたしも、しゃがみこむ。
「
「父さん?」
「
「……」
何、それ。
あたしが首傾げてると。
「とにかく、おめでと。」
「これ、プレゼント。」
って、CDを取り出した。
「…
「そ。まだ売ってないぜ?」
「いいの?」
「
思わず、感激してしまった。
確か、バレンタインの日に出すって言ってた。
まだ発売まで一ヶ月以上あるのに。
音楽家の娘だけど、こういうの初めて。
「ありがと…すごく嬉しい。」
あたしがCDを手にして言うと。
「久しぶりだな、素顔の
「父さんに眼鏡没収されちゃって。」
「あはは、
って
「今日、仕事は?」
「ああ、今から。仕事っつっても、グラビア撮影したあとパーティーだけどね。」
「立派な仕事じゃない。」
「おまえんちは、毎年恒例のパーティー?」
「そ。」
うちは…毎年、身内だけでパーティーをする。
この日は、何があっても予定を入れられない。
あたしの家族と、
あたしのことを孫のように可愛がってくれる。
おじいちゃまより、少し歳上で70前だと思うけど。
ハーフで…赤毛というか…オレンジ色の頭。
全然、そんな歳に見えない。
父さんの話だと、高原のおじちゃまはその昔。
世界中で名前を知らない人はいないってほどの、有名なボーカリストだったらしい。
とにかく、毎年このメンバーで、あたしたちはパーティーをしている。
いつから、そうなのか知らないけど。
あたしの物心がついた時は、すでにそうだった。
「あ、あたし
思い出したように言うと、
「んなの、いいさ。これは、俺がずーっと前から決めてたことだから。」
少しだけ、はにかんだ。
「CDを一番にあたしに聴かせること?」
「…ああ。」
「どうして?」
「ど…どうしてって…」
あたしの問いかけに、
「俺、仕事行くから。じゃあな。」
って、走り出してしまった。
「
走りながら振り向いた
「ありがとー。」
大きく手を振りながら言うと。
あたしは歩きながらCDのジャケットを眺める。
表にも、裏にも、メンバーの顔は映ってない。
だけど…優しい感じの色調。
小さなバラの花が、たくさん…ぼやけた感じで映ってる。
曲は10曲。
まだシングルも出してないのに、いきなりアルバムだなんて。
プロデューサーの陸兄も大胆だな。
「ただいまー。」
元気よく家に帰ると。
「よ、どうだった?」
いつになく機嫌の良さそうな父さんの声。
「CDもらっちゃった。」
あたしがCDを見せながら言うと。
「世界一のプレゼントだな。」
なんて、父さんはあたしの頭をクシャクシャっとしたのよ…。
* * *
「うわあ…大おばあちゃま…」
大おばあちゃまのプレゼントをあけてビックリ。
ずいぶん前に、縁側で。
「この靴、素敵。」
なんて言いながら、大おばあちゃまと雑誌見ながらつぶやいたことがあったけど。
まさに、それと同じ靴!!
ヒールは7cm。
細すぎず、太すぎず、上品なライン。
シンプルなデザインの、赤い靴。
「ありがとう大おばあちゃま!!」
あたしが座ってニコニコしてる大おばあちゃまに抱きつくと。
「本当、いい靴ねー。」
母さんが、靴を手にして言った。
「俺と
お兄ちゃんと、お姉ちゃんが廊下から引っ張って来たものは…
「あっ、かわいい。」
大きな、クマ。
「ふかふかー。」
あたしが抱きついて喜んでると。
「写真撮るぜ。」
父さんがカメラを向ける。
あたしがそれに、とびきりの笑顔で応えると。
「今仕事の顔んなったな。」
お兄ちゃんが笑った。
「これは、
父さんは…決して、母さんのことを「母さん」って呼ばない。
一般家庭ではありがちな夫婦の「父さん」「母さん」呼びを、あたしはこの二人の口から聞いたことがない。
「着物!?」
「きれいねー。」
「着る練習しろよ。」
すごく綺麗!!
「ありがとう!!」
あたしは、二人に抱きつく。
深い、赤。
「じゃ、あたしたちからはこれ。」
「わあ…綺麗なネックレス…」
ピンクと紫の間ぐらいの、深い色の花がついてる。
あたしは、早速首につける。
「どう?」
「おまえ、それしてる時に、あのヘンな眼鏡すんなよ?」
父さんがそう言うと、みんな大爆笑。
「
麗姉の子供の
今年は久しぶりに来てくれた二人。
「あたし達からは、これ。」
そう言って、
キラキラした三日月の横にイニシャルのK。
すごくオシャレ。
「…まさか手作り?」
「そ。」
「えっ、クオリティ高っ…」
「高価に見えるけど、ビーズだからね。」
背が高くてかっこいい。
あたしも、
おまけに頭も超よくって、常に学年一番。
その辺は、陸兄の血かも。
ガッ君は中等部の三年で、これまた…頭がいい。
初等部の頃から論文を書いてて、常に先生方から期待されてる。
「じゃ、これは私たちから。」
おじいちゃまと、おばあちゃまがそう言って大きな包みをくれた。
「何だろー。」
ウキウキしながら開けると。
「あっ。」
「おー、すげえじゃん。」
聖が、後ろからのぞきこむ。
かっこいい筆記体で、あたしのイニシャル入りのマフラーに手袋…おまけに、ショールも。
「すごーい、ブランド品みたい。」
「うおっ、しかもカシミヤ。」
嬉しい。
毎年、すごく欲しいものばかりもらってる気がする。
「これは、僕たちから。」
「あ、靴と合う。」
「
みんなに言わせると、あたしは「赤」のイメージだそうだ。
大好きな色。
「もう18か。この間までランドセルだったのにな。」
高原のおじちゃまが笑いながらあたしの前まで来て。
「誕生日、おめでとう。」
「うわあ…コチョウランだ。」
すごく立派な、コチョウラン!!
さすがに華道の家だけあって、うちには鉢植えの温室まであったりする。
そこには、去年もらったバラや、一昨年もらったジンジャーなんかが成長してる。
「こんなに立派なの、よく見つけたね。」
「あちこち回ったよ。ここは、みんな花に関して目が肥えてるから。」
「あえてそれを選ぶ高原さんもすごいっすよね。」
「ふっ。間違いないな。来年は
「やめてくださいよ。」
父さんとおじちゃまのやり取りを聞きながら。
「ありがとう。大切にする。」
あたしはみんなに笑顔で言った。
大好きなみんなに囲まれて、あたしは一つ歳をとった。
あたしだけじゃなくて…
「どうして俺は勉強道具ー?」
「受験生じゃないか。」
みんな、
あたしは、お兄ちゃんとお姉ちゃんと三人で、ブルゾンを買った。
そして、母さんには。
「あ、かわいい。ありがとー。」
トルマリンとダイヤのペンダントトップ。
本当はピアスが贈りたいんだけど。
父さんが、ピアスが嫌いで…母さんは許可してもらえないらしい。
でも、ちゃあんと言うこときいてるあたり。
母さんも父さんが大好きなのよね…って。
「じゃ、記念撮影しようか。」
おじいちゃまがそう言って、カメラのファインダーをのぞきこむ。
「みんな笑ってー。」
セルフタイマーの点滅を見つめながら。
あたしは、いつまでも、こんな誕生日を迎えたいな…
なんて考えていた…。
* * *
「…意外な感じ。」
ベッドの上で、一人言。
DEEBEEのCD。
一曲だけ、短いバラード。
他は、わりとノリノリのロックなのに。
どの曲も、すごく味があってかっこいい。
でも…
このバラードって、やっぱり…
「
あたしは、起き上がる。
恋って…どんなの?
こんなふうに、誰かのために強くなるって…輝きたいって想うこと?
「……」
部屋を出てリビングに下りると、母さんが写真の整理をしてた。
「あー、パーティーの写真?」
「うん、さっき
「ふうん…あ、この母さん、あたしそっくり。」
「
あたしは母さんの隣に座る。
「お姉ちゃんは?」
「会社の忘年会。
「デート…」
「ふふっ。二人とも口ではそう言ってたけど、きっと男友達と遊びに行ってるのよ。」
「……」
「ん?」
つい黙ってしまうと、母さんがあたしの顔をのぞきこんだ。
「母さんは、父さんとどんな恋をしたの?」
あたしの突然の問いかけに、母さんはしばらくあたしを見つめて。
「どうしたの?」
って笑った。
「聞いたことないなと思って。」
「そうね。」
「いつ、どんな形で出会ったの?結婚記念日って、父さんの誕生日だけど…あたしが生まれた年だよね。」
あたしがいろいろ詮索すると、母さんは小さく笑って。
「
って、小さく笑った。
「お姉ちゃんにも?」
「うん。『どうして、あたしたちが生まれたあとに結婚してるの?』って。」
「…お姉ちゃんたち、父さんの子供…?」
「当り前じゃない。あたしと
「六年!?」
思わず、大声を出してしまった。
「だって、そしたら…母さんは…」
あたしが指折り数えてると。
「16歳だった。」
母さんは、可愛い笑顔になった。
「お互いをよく知らないうちに結婚して…ほら、あまりしゃべらない人じゃない?いまいち、つかめなかったなあ。」
「…よく知らないまま結婚したの?」
「若かったから。勢いってやつね。」
…母さんが勢いで結婚する人とは思えないけど…
父さんはしちゃいそうだなあ。
「でも、一緒に生活してるとね…すごくあったかい人だってわかって…なのに、あたしは自分の想いで頭がいっぱいになっちゃってね。」
「…自分の想い?」
「
「…ダメなの?」
「その時、うちのバンドにはアメリカデビューの話が出てたの。」
「……」
「ずっと夢だったのに、
母さんの笑顔は、優しい…
「その時、一度別れたの。」
「別れた?どうして?」
「あたしは、離れてても大丈夫って思えるほど強くなかった。それは、あたしが歌うことにも、
「……」
「別れてアメリカに行ってから、妊娠に気付いて。みんなは反対したけど、あたしは産みたかった。それで、
「母さん、高校は?」
「二年の時に、結婚がバレて中退。」
知らなかった…
「子供のことは千里には内緒にしてたの。帰国してからも、千里の方も色々あって会うことなかったし。」
「それから?」
「それからー…気が付いたら、うちのみんなが…ね。」
「みんな?」
「そ。麗や誓や…みんなが、あたしに内緒で千里と連絡取り合ったりしてて。それで、めでたく復縁ってことになったの。」
「…その時に婿養子になったのね?」
「そう。あれは、あたしも驚いたな。」
「…父さんて、本当に母さんのこと好きだよね。」
「もう、何?恥ずかしいな。」
父さんは、いつだって母さんを見てる。
優しい目で、あったかい目で。
そんな父さんが、あたしは大好き。
「父さんを好きになった時…どんな感じだった?」
「…苦しかった…かな。」
「苦しかった?」
「胸がしめつけられるっていうのかなー…でもね、それはすごく大切な辛さなの。」
あたしがよくわかんないって顔してると。
「苦しくて辛いけど、自分の中にそれほど人を想える感情があるんだなって感じたら…何だか、感動だったな。人を好きになるって、自分を発見できるってことなのねって。」
母さんは、まるで恋する少女のような目でそう言った。
…ちょっぴり、うらやましい。
「
「ううん…残念ながら…」
「てっきり
「どうして?」
「昔から仲いいでしょ?」
「それはそうだけど…」
「しゃべらなくても、全然気まずくなさそう。」
…確かに。
あたしと
別に、気まずくはない。
…って思ってるのは、あたしだけかもしれないけど。
「せっかく冬休みなのに、会わないの?」
「別に約束してないもん。」
あたしの答えに、母さんは首をすくめて。
「千里にそっくり。」
って、苦笑いしたのよ…。
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