第4話「…何してんの。」

「…何してんの。」


 11月。

 すごく久しぶりの詩生しおが、あたしの靴箱の前に立ってる。


「おまえ待ってたんだよ。」


「なんで。」


「ちょっと話があって。」


「ふうん…どこか寄る?」


「いや…あ、うち来いよ。久しぶりだろ?」


 穏やかな顔でそう言われて、ちょっと胸の辺りが温かくなった。


「…久しぶりどころじゃないわよ。」


 靴を取り出して、履く。

 あれ以来、嫌がらせはなくなった。



「そんな昔だっけ。」


「小学生の頃じゃない?」


「へえ…ま、いいから来いよ。」


「いいねえ、久しぶりにお茶菓子食べたいや。」


「何だ、そりゃ。」



 詩生しおのお父さんは、SHE'S-HE'Sのギタリストだけど。

 実家は茶道の名家。

 だから、詩生しおん家にも立派な茶室があって。

 昔何度かたててもらったお茶は、最高においしかった。


 あたしは、一応華道の家に生まれてるから。

 そういうお茶も大好き。

 最も詩生しおは興味ないみたいだけど。



「あー、秋だねえ。」


 あたしがイチョウ並木を眺めながら言うと。


「…秋色のセーターとかっていうポスター、かわいかったな。」


 ふいに、詩生しおが小さな声で言った。


「ありがと。」


 父さんのお気に入りのやつだ。


 最近、店頭などに飾られるようになった。



「あの撮影で使ったセーターもらったんだけど、母さんにとられちゃった。」


「おまえが着て歩いたら、バレるじゃん。」


「何が。」


「モデルのこと。」


「バレないよ。」


「みんな、目ぇヘンだよな。なんで気付かないかな。」


「……」


 思わず、小さく笑ってしまった。

 詩生しおが、こんなこと言うなんて。



「ただいま。」


 歩いて15分。

 早乙女さおとめ邸にたどりついた。


「おかえり…あら…あらあらあら、華月ちゃん?」


 詩生しおのお母さんは、昔オリンピックの女子柔道で優勝した人。

 いわば、世界一強い女の人だ。


「こんにちは。」


「まー…久しぶり。きれいになったわね。ポスター、いつも見てるわよ。」


「ありがとうございます。」


華月かづき、来いよ。」


 あたしがおばさんとしゃべってるというのに、詩生しおは階段の上から大声であたしを呼ぶ。


「も、せっかちな子。」


 おばさんが首をすくめて笑った。


「あっ!華月かづきさん!」


 階段あがったとこで。

 詩生の弟のそのちゃんが飛びついてきた。


「久しぶりー!すっげ嬉しいー!」


「お…大きくなったね。」


 二つ歳下で、子犬みたいなイメージがあったそのちゃん。

 こうして、じゃれつかれると驚くほど大きくなってる。


「どうしてうちの学校来なかったの?」


「だって、中・高一緒ったって、校舎全く違うし。それに、高校生になっても一年しか一緒にいられないじゃん。」


 そのちゃんは、絵の学校に行ってる。



 それにしても…

 この間、しょう君も。

 あたしのこと「華月かづき」って呼んでた。

 昔から、みんな「華月かづき」だったのに。

 いつから「さん」付けになったかな…



「…その、いい加減華月かづきから離れろよ。」


 詩生しおがドアに寄り掛かって言うと。


「あ、兄貴妬いてやんの。」


 そのちゃんは、あたしに抱きついたまま笑った。


「てめっ…」


「うわっ…あはは、華月かづきさん、ごゆっくり。」


 詩生しおの投げたクッションをかわして、そのちゃんは部屋に入っていった。


「…ったく。」


 詩生しおはブツブツ言いながらクッションを拾って。


「入れよ。」


 自分の部屋のドアを開けた。

 すごく久しぶりだけど…あまり変わってない、詩生しおの部屋。

 昔っから、ロック好き。

 部屋にはいろんなポスターが…


「あ、懐かしいね。」


 あたしと一緒に貼ったポスターを発見。


「あのさ。」


 詩生しおはベッドにふんぞりかえると、ぶっきらぼうに言った。


「ん?」


 詩生しおの問いかけに、背中を向けたまま答える。


「俺のせいで、嫌がらせ受けたって本当か?」


「……」


 無言で振り返って詩生しおを見ると、いつになく真顔。


「…誰がそんなこと言ったの?」


「…れつ。」


 れつめ。

 何で今頃…



「別に、詩生しおのせいじゃないよ。」


 普通にそう言って、またポスターを眺める。


「何で言ってくれなかったんだよ。」


「別に詩生しおのせいじゃないってば。」


「でも、俺と帰ったからって…」


「じゃ、今日みたいに堂々とあたしの靴箱の前で待ったりすると明日はどうなってることやら…」


 あたしが笑いながら言うと、詩生しおは絶句してしまった。


「あ、それとー…早乙女君7って呼ばなきゃね。」


「え?」


「呼び捨てにしていいのは、彼女だけなんでしょ?」


「だ…誰が、そんなこと?」


「みんな言ってたわよ。確かに、女の子はみんな早乙女君って呼んでるもんね。」


 天井を見上げると、父さんのポスター。

 若いな。


「おまえは、いんだよ。」


「幼馴染のよしみってやつね。」


「…おまえだけ、いんだよ。」


 あたしは、詩生しおを振り返る。

 詩生しおは照れくさそうに髪の毛をかきあげながら。


「…あの時は悪かったよ。」


 って。


「あの時?」


「…中一ん時…」


「何。」


「おまえのこと、ブスって…」


「……」


 あたしはキョトンとしたあと。


「何、そんなことあったっけ。」


 とぼけた顔で言ってみせる。


「何だ…あれで怒って口きいてくれなかったわけじゃないんだ…」


「誰が怒って口きかないのよ。」


「おまえ、あれから冷たかったから…」


「それは詩生しおでしょ?あれから妙によそよそしく……」


 言ってしまってから、しまった…って顔してしまった。


「…やっぱり、根に持ってたな?」


 あたしは首をすくめてみせる。


「別に根に持ってなんかないわよ。ああ、詩生しおにとっては、あたしはそうなのね、ぐらいしか思わなかったし。」


「本音じゃねーよ。」


 詩生しおは立ち上がると。


「なんか持ってくる。」


 って部屋を出た。

 あたしは小さく笑いながら、部屋の中を見渡す。

 あ、詩生しおのバンドだ。

 こうして見ると、詩生しおって色っぽいな。


 そのちゃんは黒い長髪に丸眼鏡で、まるでお父さんのコピーって感じだけど。

 詩生しおはお母さん似だな。

 この、大きくてかわいい目。

 憎たらしい。



 それにしても…

 こんなに部屋中ポスターだらけだと、誰かに見られてるみたいな感覚になんないのかな。

 あっ、母さん発見。

 歌ってる母さんって、かっこいい。

 メディアには全然出ないんだけど、ビートランドのイベントで歌ったのは見た事ある。

 また、いつかライヴとかしてほしいな。

 こっちは、詩生しおのお父さん。

 その隣は陸兄。


 …あれ、TAXだ。


 父さん同様、詩生しおもあんまり好きじゃなかったはずだけど。


「?」


 TAXのポスター、やけに厚みが…

 あたしが、ポスターを少しだけめくると。


「……」


 あたしだ。

 これは、三年前の…リップクリームの…

 なんで隠すように重ねて貼ってんのよ。


「…何してんだ。」


 ふいに詩生しおが戻ってきて、あたしは慌てて振り向く。


「あ、ううん…ポスター増えてるから。」


「だろ。ほい、クリームソーダ。」


「うっわー、これも懐かしい。」


 昔、遊びに来ると、いつもおばさんが作ってくれてた。

 ベッドに座った詩生しおの隣に座って。


「いただきまーす。」


 クリームソーダを食べ始める。


「おいしー。」


「…おまえさ…」


「ん?」


「…いや、変わんねーなと思って。」


 何だか、詩生しおは嬉しそう。

 …久しぶりだな、こういうの。

 昔から感じてたことだけど…詩生しおは、居心地がいい。

 家族みたいっていうのとは少し違う。

 なんて言うのかな…

 五年も口きいてなかったのが嘘みたいに、気軽でいられる。

 やっぱり…幼馴染って、いい。



「ね、あれ誰?ちょっと古いポスターみたいだけど。」


 あたしが天井を指さして問いかけると。


「ああ、俺のじいさん。」


 詩生しおは、クリームソーダを食べながら答えた。


「じいさんって…あの、伝説のじいさん?」


「そう。伝説のじいさん。」



 詩生しおには、伝説のじいさんと呼ばれる人がいる。

 その人は、浅井あさい しんさんといった。

 父さんも知ってる有名人。

 アメリカで名前をあげたギタリストで。

 詩生しおのお父さんの実の父だそうだ。

 家柄なんかで結ばれなかったそうだけど…

 歳をとってから、若いアメリカ人のお嫁さんをもらった、って聞いた。

 詩生しおが小さい頃、毎年のように送られてきてたメッセージカードも。

 あたしたちが小学校五年生の時に途絶えた。


 と、いうのも。

 浅井さんは、インドの片田舎に慰安コンサートに行って以来行方不明になってしまったからだ。

 当時、大災害があったらしく…遺体は見つかってないものの、死亡者リストに名前が載っていたらしい。


 以来、彼は「伝説のじいさん」と呼ばれるようになっている。



詩生しおたちのCDって、いつ出るの?」


 あたしが思い出したように問いかけると。


「バレンタイン。」


 詩生しおは、小さく答えた。


「バレンタインはDEEBEEを聴けって?」


「そうそう。」


 グラスの中で、クリームの白が、ソーダの緑にまざる。


華月かづき…さ。」


「ん?」


れつと、仕事してんのか?」


れつ?ううん、あたしは一人のばっかり。」


「そっか。」


れつはいつもきれいな女の子とペアの仕事で、楽しそうだけどね。」


 一生懸命食べてると、少し寒くなってしまって身震いする。


「何、寒いのかよ。」


「いっきに食べちゃったから。」


「子供みてえ。」


 詩生しおは笑いながらヒーターのスイッチを入れて。


「温もるまで、着とけ。」


 って、Gジャンをかけてくれた。


 ほんのり…タバコの匂い。


「…不良。」


 あたしが小さくつぶやくと。


「何が。」


 詩生しおは、けげんそうにあたしを見た。


「タバコの匂いー。」


 Gジャンを嗅ぎながら言うと。


「今時この歳でタバコ吸わない奴も少ないぜ?」


 詩生しおも、負けてない。


きよしは吸わない。」


「あいつは特別。」


れつも吸わないよ?」


「……」


 詩生しおはグラスを置くと、あたしに向き直って。


「おまえ、れつのこと好きなのか?」


 って。


「好きよ。」


「……」


 あたしの即答に、詩生しおは絶句。

 しばらくあたしを見つめて。


「そっか…烈が好きなのか…」


 って、小さくつぶやきながらうつむいた。


「何、詩生しおは嫌いなの?」


 あたしの問いかけに。


「…おまえの言ってる好きって、どういう好き?」


 詩生しおは眉間にしわよせてる。


「どういうって…好きは好きよ。」


「じゃ…たとえば、俺…は?」


「好き。」


「…れつと同じくらい?」


「うん。あ、でもちょっと違うかな…」


「……」


「それぞれ違う所で、好き。」


「何だよ、それ。」


「わかんないわよ、急にそんなこと言われても。」


「タバコ吸わないかられつが好きとか言う?」


「そんな問題じゃないよ…なんて言うの?プロ意識?」


「プロ意識?」


れつは、自分の仕事に誇りを持ってて…自分の仕事にマイナスになることはやらない人よ。」


「…で?」


「そういうとこ、尊敬する。自分のためになることはたくさん吸収して、自分のものにするっていうの?なんか、徹底してるじゃない。」


「…俺の好きは?」


「何、どうしてそんなこと聞くの?」


れつのことさんざん誉めて、俺はなし?」


詩生しおは、そのままでいいもの。」


「タバコ吸っても?」


詩生しおが吸いたいなら。」


「わかんねーな。俺、ボーカリストだぜ?タバコ、のどに悪いからプロ意識ないとかって思うんじゃねえのかよ。」


詩生しおは好きなことしてればいいの。」


「……」


「そういうとこが、好きなの。詩生しおらしくて。」


 あたしは思ったままのことを言っただけなんだけど。

 詩生しおは、だんだん嬉しそうな瞳になってきて。


「…サンキュ。」


 とうとう、満面の笑みになってしまった。



「おまえ、進路はもちろんモデル?」


「うん。いつかは広告やポスターだけじゃなくて、CMとか出たいなと思って。」


「パリコレとかに出たりっていうのはないのか?」


「無理無理。だいたい、身長全然足りないよ。あれって170ないとダメなんだよ。あたし、163しかないし。」


「170かー…紅美くみはそれ以上あるな。」


 あたしの従姉妹、二階堂 にかいどう紅美くみちゃんはカッコいいほどの長身だ。


「そう。あたしもあれくらいあったらなー。」


「そしたら、俺と変わんねーじゃん。今くらいがいいって。」


 詩生しおが、あたしの頭を押さえる。


「まあね。それに、別にそういうウォーキングモデルになれなくてもさ…いつか、自分自身をブランドにしたいなって。」


「ブランド?」


「うん。ちょっと大げさだけど。」


「……」


 あたしの夢みたいな話を、詩生しおは真面目に聞いてる。


「なれるよ。」


「…夢だけどね。」


「なれるって。おまえ…派手じゃないけど…すごく、その…」


「?」


「きれいだし。」


「……」


 あたしが上目使いで詩生しおを見つめると。


「ほ…本気で言ってんだぜ?そんな疑いの眼差しで見んなよ。」


 詩生しおは、唇をとがらせた。


「ありがと。」


 あたしが真顔で言うと、詩生しおはあたしの眼鏡を指ではじいて。


「こんな似合わない眼鏡してっから、ブスなんて言われるんだよ。」


 って、首をすくめて笑ったのよ…。

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