第3話「……」

「……」


 これが、いわゆる「いじめ」と言うものなのだろうか。


 朝、あたしの靴箱には大量のいやがらせの手紙。

 おまけにシューズはボロボロ。

 何なの、一体。


 事務室に行ってスリッパを借りる。

 ペタペタって音が気持ち悪いな。なんて思いながら教室に入ると。



「ねえねえ、桐生院きりゅういんさん。」


 突然、クラスの女子に囲まれた。


「…何?」


早乙女さおとめ君とつきあってるって、本当?」


「は?」


 あたしの頭の中、クエスチョンマークでいっぱいになる。


早乙女さおとめ君と、つきあってるって。」


「誰がそんなこと?」


「だって早乙女さおとめ君が言ってたのよ。『俺を呼び捨てにしていいのは、彼女だけだ』って。桐生院きりゅういんさん、昨日、早乙女さおとめ君を呼び捨てにしてたって…」


「呼び捨てはしてるけど。あたしは、幼馴染みたいなものなのよ?」


「一緒に帰ったことについては?」


「用があって。」


「用って?」


「別にいいじゃない。」


「……」


 露骨にイヤな顔をされてしまった。

 だって仕方ないじゃない。

 詮索されるのは、好きじゃないし。

 ましてや、詩生しおと一緒に帰ったぐらいで…


 あ、もう『詩生しお』って呼んじゃいけないな。


 チャイムが鳴って、みんなが席に着き始める。

 あたしの周りもやっと静かになったと思ったら。


「ふん、何よ。ブスのくせに。」


 そんな声がして。

 次の瞬間、教室中はクスクスという静かな笑いがあちこちで響いた。


 …これって。


 詩生しおの彼女になる子、大変だなあ。


 あたしは他人事のように、その笑い声を冷めた感覚で聞いていた。




 * * *



「どうしたんだよ、そのカバン。」


 きよしが、呆れてる。


「ちょっとね。」


 放課後、たまたま靴箱できよしと一緒になった。

 あたしのカバンは、どうやら教室中を這回ったらしい。


 溜息を吐きながら靴を履こうとして…


「なんなんだ?」


 きよしが、あたしの手元をのぞきこむ。


 靴も、ボロボロ。


「……」


 靴を眺めてると、頭の中で何かが切れそうになった。


華月かづき?」


「…詩生しおと一緒に帰っただけで、これよ。」


「えっ?」


「あったまきた。」


「お…おい、別に詩生しおが悪いわけじゃ…」


「わかってるわよ。あたし、明日からここで張り込むから。」


「あ?」


「やられたら、やりかえす。」


「モデルの格好で来りゃ、誰も何も言わなくなると思うぜ?」


「何?きよしは、きれいな女なら許せるわけ?」


「いや、そうじゃないけどさ…」


 自分で言うのも何だけど、モデルをしてる時のあたしは、美しい。

 父さんと母さんに感謝。



「これは、あたしの問題なの。」


 あたしは、ボロボロになった靴を履いて歩き出す。

 やれやれって感じのきよしがついてきて。


「協力するよ。」


 小さくつぶやいた。






「ああ、こいつは二組の鈴木。」


 あたしは。

 張り込むかわりに、階段の下にビデオカメラをセットした。

 その結果、大漁。


「こいつも?うっわー…かわいい顔して…」


 あたしは、きよしの助けを借りて、名前をチェックしている。


「どうするつもりだよ。」


「教室に行って話すだけよ。」


「話す?何を?」


「やめてよねって。」


「それだけ?」


「やめなきゃ詩生しおに言うわよって。」


「言ってもいいじゃん。最初から詩生しおに言ってどうにかした方がいいんじゃないか?」


「だめ。これは、あたしの仕返しなんだから。詩生しおに自分がしたことがバレるって、ちょっとした恐怖なんだろうなあ。」


 あたしがうっとりした目で言うと。


「……」


 きよしは一瞬黙ったあと。


「女ってこっえー。」


 頭を抱えた。


「だってこんなんじゃ、詩生しお、彼女も作れないじゃない。」


「何、全ては詩生しおのため?」


「ううん、あたしが悔しいから。」


「あ、そ。」


 きよしは寝転ぶと。


「あれから、詩生しおとは?」


 って、あたしを見た。


「あー、何回か教室に来たよ。」


「で?」


「で…って?」


「何か進展は?」


「進展?」


 あたしの眉間にしわが入る。


「…詩生しおと、つきあうとか…」


「あたしが?なんで。」


「だって、詩生しおのこと呼び捨てしていい女って、華月かづきのことじゃないのかよ。」


 あたしは一瞬キョトンとしたあと。


「まさか。あ、あたしも早乙女さおとめ君って呼ばなきゃって言うの忘れた。」


 手をポン、と叩いて言った。


「…詩生しおは、呼び捨てのままを望んでると思うけど。」


「なんで。」


「あー、もういいや。」


 きよしは立ち上がってのびをすると。


「ま、頑張れよな。」


 何だか、どうでもいいような顔でそう言った。




 * * *



「な何なのよ。」


「あたしの靴、もう三足めなの。やめてね。」


 机に座って。

 なるべく小さな声で言うと。

 相手は、目を泳がせながら。


「し…証拠があるの?」


 って、自信ありそうに言った。

 でも。


「あるのよ、それが。」


 あたしの返事に、息を飲んだ。


「次があったら…」


「……」


詩生しおに言うわよ。」


 決定的な言葉だったのか、相手は何もしゃべらなくなってしまった。

 詩生しおを出すのは反則かな、とも思ったんだけど。

 この子から、仲間内に噂が流れて嫌がらせが止む事を信じての作戦だから。

 ま、いっか。

 とりあえず、一番回数の多かった子を選んでしまった。


 これでも、あたしは怒りを抑えてる。

 だいたい、人の持ち物を汚したり傷付けたりするって、どういう事よ。

『ブス』『早乙女君に近付くな』『おとなしくしてろ』って素敵なメッセージも、わざわざ机の中や靴箱に入れずに、堂々と言えばいいのよ。



「わ…わかったわよ…悪かったわよ…」


 瞳いっぱいの涙を、ギリギリまで我慢して。

 唇かみしめてたその子の周りに、他の女子生徒が集まる。


「何いじめてんの?」


 一人が、あたしに言った。

 この展開…逆効果だったかな。


 あたしのターゲットになった子は、とうとう泣き始めて。

 ますます、あたしの立場はやばくなる。


 ああ…



「何言ったのよ。」


「謝んなさいよ。」


「あんたなんかねえ…」


 あーうるさい。


 …でも、よくよく見れば…

 このクラスの女子、ほとんどビデオに映ってたな。

 あたしって、よっぽど女の子に好かれないんだなあ。



「ちょっと、聞いてんの?」


 ドン、と肩を突かれて、あたしは数歩後退する。

 その場にいる男の子たちはニヤニヤして見てるだけ。


 …なんなのかな。

 この、くだらない理由から始まった嫌がらせと…

 それに対する反論と…

 結果、大勢で堂々とあたしを攻撃するに至るという…図。



「だいたいね、ちょっと早乙女君と仲がいいからって。」


「そうよ。いい気にならないでよね。」


「勘違いしてるみたいだけど、あなたなんて早乙女君には似合わないから。」


「消えてくれないかな。」


「何か言ったらどうなの。」



 ……あたしは、自分のあさはかさを後悔した。

 証拠を掴んでる事を一人に言えば、そこから話しが回って騒動は収まる。

 そう踏んだけど…甘かった。


 きっと、この人達の結束は固い。

 もう、詩生がどうこうじゃないんだよね。

 詩生の隣にいたあたしが、憎たらしくてたまんないんだ。


 ……バカバカしい。



「…るさい。」


「え?」


「うるさいって言ったの。」


「……」


 自分でも不思議なほど、迫力のある声が出た。


 出来れば、おとなしく卒業を迎えたかったけど…

 無理みたいだ。

 なぜならあたしは、相当頭に来てる。



「あんたたちこそ何よ。陰でコソコソ。言いたいことがあるなら、一人ずつ目の前でハッキリ言ったらどうなのよ。」


 あたしが斜に構えて言うと。


「な…何のことよ。おかしいんじゃない?」


 みんなは顔を見合わせて、ざわつきはじめた。


「じゃ、早川さん。」


「えっ…」


「あたしの靴に手紙入れてくれてたけど、あれ、何のつもり?」


「あ…あたし、そんなこと…」


「じゃあ、杉野さんがあたしの靴をライターであぶってたのは?」


「えっ?」


「池沢さんは?どうして、あたしの靴をカッターで切ったりするわけ?」


「あたしは、そんな…」


 あたしがキッと見据えて言うと、教室は静かになって。

 みんな、うつむいて顔をあげない。


「みんなが、ただあたしが嫌いでそうするなら、あたしだってどこか悪いところがあるんだなって納得するわよ。でも、原因が詩生しお?何それ。」


 きつい口調で言ってると、窓の外にも他のクラスのギャラリーがいることに気付いた。



「みんなにとってはアイドルかもしれないけど、詩生しおだって普通の人間なのよ?自分のことは自分で決めるわ。」


 こんなに声を張って何かを言うって、初めてかもしれない。


「それとも、詩生しおが誰かと帰ったりするたびに、そうやって嫌がらせするの?詩生しおには女の子と帰ったり彼女作ったりする自由はないわけ?」


 あたしがズラーっと言い切ると。


「同感。」


 ふいに、そんな声がして拍手が聞こえた。

 窓の外を見ると…


「…れつ…」


 あたしと同様。

 誰にもバレずにモデルをしてる、宇野うの れつが嬉しそうに手を叩いてた。

 今まで、学校の中では他人を決め込んでたのに…どういうこと?


 …れつの場合は。

 顔を出したら決定的にバレてしまうほどの美形。

 長身だし、目鼻だちもはっきりしてて。

 モデルじゃなくて、何をするの?って感じ。

 だから、いつも顔の出ない広告やポスター。

 顎から下だったり、後ろ姿だったり。

 それでも、ミステリアスな感じで、かなり人気者になっている。


 学校でもその美形ゆえに人気者だけど…れつは、冷血人間でも有名だ。

 詩生しおのイメージが春なら、れつは極寒の冬。

 詩生しおとは対象的で、それゆえに…この二人は、あまり仲が良くない。

 だから、この意見にれつが同感なんて意外。



「それにしても、華月かづきをイジメるなんて勇気のある奴らだな。華月かづきのバックには、とんでもない大物がいるんだぜ?」


れつ。」


「いいじゃん、本当のことだし。」


 れつの言葉に、あちこちから『バックに大物って…』『もしかして名前からして…』『えっ、ヤ〇ザ…』なんて囁き声が聞こえて来る。

 もうっ…余計なことを…


 れつは窓によっかかってニヤニヤしながら。


「ま、無事卒業したかったら華月かづきにはかかわらない方がいいぜ。」


 って、相変わらずの口調で言った。


 かかわらない方がいいだなんて。

 いいこと言ってくれるな。

 あたしも、その方が楽。

 母さんは、女の子の親友を作れって言うけど、あたしは別に欲しいとは思わない。


 学校でも一目おかれてるれつがあたしをかばったり親しそうにしたせいか、ギャラリーは少しだけ不思議そうな目で、あたしとれつを見てる。



「それに、詩生しお華月かづきはつきあってねーよ。」


 れつがそう言うと、女の子たちは顔を見合わせてコソコソと何か言い始めた。


 もう、めんどくさいな。


「ああ、チャイムだ。じゃあな、華月かづき。」


 れつが廊下を歩いてくと、教室の中もまばらになって。

 あたしは、拍子抜けしたようにため息をつくと、自分の席に座った。



 …解決したのかな?

 まあ、それは放課後わかることとして。

 あの、れつが。


「……」


 あたしは秘かに、さっきのれつを思い出して。

 詩生しおれつ、どっちとも仲のいいきよしに教えてやろ。

 なんて考えていた。


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