第2話「華月。」

華月かづき。」


 朝、髪の毛を三つ編みしてると、父さんに声をかけられた。


「何?」


「これ詩生しおに渡してくれよ。」


 そう言って父さんが差し出したのは…


「CD?」


「貸してくれって言われてたの、忘れてたから。」


「…事務所で渡せば?」


「おまえのが早いし。」


きよしに渡せばいいのに。」


「別に、おまえでもいいだろ?」


「……」


 まあ…そりゃあ、あたしでもいいけど。

 でも、きよし詩生しおは仲良しなんだよ?

 父さんも知ってるよね?


 振り返ると、きよしはまだ朝ご飯を食べてる。

 あたしは仕方なくCDをカバンに入れて。


「行ってきます。」


 大部屋を出た。


 ま、チケットのお礼もあるし…いっか。



 のんびり歩き始めると、真っ青な空が心地よかった。

 あー、いい天気。


 今日は珍しく早起きができた。

 昨日の撮影も、すぐにOKが出て早く帰れた。

 なんでかな。

 みんなにも、何かいいことでもあったの?って言われちゃったしな。


 いいこと…

 あ、もしかして、チケットのことかな。

 TAX、ずっと行きたかったもんね。

 いつかTAXの曲でCMに出れたら…なーんて。

 思わず鼻歌なんて歌い始めてしまうと。


「おまえ、まだこんなとこいんのかよ。」


 三つ編みを引っ張られた。

 振り向くと、あくび中のきよし



「え?今何分?」


「20分。」


「うそ。後ろ乗せて。」


「あれだけ早く家出たくせに。」


「いいから、早く早く。しゅっぱーつ。」


「…ったく…」


 きよしは面倒臭そうに立ち上がると。


「飛ばすぞ?」


 ペダルに足をかけた。



「おまえ、夕べ咲華さくかが買って帰ったシュークリーム食った?」


 前を向いたまま、きよしが言った。


「えー?」


「シュークリーム。」


「ああ、うん。食べた。」


「誰かが二個食ってんだよな…俺が今朝食おうとしたら、もうなくなってた。」


「……」


『誰かが』って言われると…

 お姉ちゃんかなあ。って思ってしまった。


 お姉ちゃんは桐生院きりゅういん家始まって以来のOLで、会社の帰りに美味しいお店を探したり、スイーツ探求が趣味。

 夕べのシュークリーム、美味しかったなあ。

 そして、あたしが食べ終えた時に…


「これなら何個でも食べれちゃいそう。」


 って真顔で言ってるお姉ちゃんに笑ってしまった。

 確かに美味しかったけど、一つが結構な大きさだったんだよね…



「まあまあ…シュークリームぐらいで…」


 あたしがそう言うと、きよしは少しだけ顔を後ろに向けて。


桐生院きりゅういん家の女ども、食い物に関しては信用ならねー。」


 って言った。


 …先月、冷蔵庫にあったプリンをきよしのだと知らずに食べた事。

 根に持たれてるらしい…。

 だって、おばあちゃまが食べていいって言ったんだもん!!




 * * *




詩生しお。」


 お昼休み。

 あたしが、詩生しおのクラスに行って声をかけると。


「……」


 …何?

 なぜか、教室中が静かになって。

 みんなが、あたしを振り返った。


 そんなに大声で呼んだつもりないんだけど…どうして?



「あ…あ、何。」


 あたしが少しだけキョトンとしてると。

 すごく久しぶりの?詩生しおが、かけよって来た。


「これ、父さんからCD。」


「あー、サンキュ。」


 詩生しおは、笑顔。


「それと、チケットありがと。」


 上目使いにそう言うと。


「いやいや…」


 詩生しおは、照れくさそうに髪の毛をかきあげた。


 …身長伸びたなあ…


 久しぶりの詩生しおを目の前に、そんな事を考える。

 そりゃそうだよね…

 五年も疎遠だったんだもん。

 少しはお互い大人になってるよね。



「じゃ。」


 用は済んだし、あたしが帰ろうとすると。


「え?あ、おい。」


 呼び止められてしまった。


「え?」


「あー…あのさ、おまえ放課後、空いてる?」


「放課後?今日?」


「ああ。」


「うん。」


「ちょっと、付き合ってくんないかな。」


「あたしが?」


「ああ。」


「どこへ?」


「音楽屋。」


「あたしで、いいの?」


 別に深い意味はなかったんだけど。

 詩生しおは、すごく真剣な顔して。


「おまえが、いんだ。」


 って言った。


 あたしは、なんとなく迫力におされて。


「うん…いいけど。」


 小さく答える。

 すると、詩生しおは。


「よかった。じゃ、授業終わったら教室に行くから。」


 って、昔みたいな笑顔で言った。


「……」


 よく分かんなかったけど…手を上げて詩生しおのクラスを後にした。



 それから、眠いだけの数学の五限目と、大好きな英語の六限目を終えて。

 あたしが帰り支度をし始めた頃…


華月かづき。」


 予告通り、詩生しおが教室にやって来た。


 えっ、もう来たの?

 はやっ。


 と思ってるあたしの周りで…


「うそっ…早乙女君っ…?」


 …詩生しおは、人気者だ。

 デビューしてしまってからというもの、その人気はまた一段とうなぎのぼりで。

 学校の中にも、ファンクラブがあったりする。

 その詩生しおが、教室の入口で、あたしの名前を大声で呼んだりしたもんだから…


「えっ…華月って…」


「はっ?桐生院さん…って、どうして…?」


 …教室中はちょっとしたパニック。


 あたしはそのざわめきの中、急いで教科書を鞄に詰め込む。


「おせーよ。」


「詩生が早過ぎ。」


「終わったらすぐ行くっつったじゃん。」


「すぐなんて言ってないでしょ。」



 鞄を持って詩生しおに続くと。


「どういう事…?」


「何あれ…」


 そんな声が聞こえた。


 …やれやれ…だな。

 人気者って、大変ね。



「何か買うの?」


 あたしの問いかけに、詩生しおは満面の笑みで。


「ギター買おうと思って。」


 って。


「で?なんであたし?」


「選んでくれよ。」


「あたしが?」


「おまえ、センスいいじゃん。」


 …なんか、浮かれてる?


「あたしなんかが選んでいいの?」


「おまえに選んでほしいの。」


「……」



 こういうとこ、変わってないな。

 昔、よく詩生しおの靴とか選んでたっけ。

 あたしは小さく笑いながら、詩生しおに続く。



 いつの間にか、こんなに背が伸びてる。

 あの頃は、あたしよりちっちゃかったのに。

 すっかり男っぽくなっちゃったな。



「…なんか、あたしたち注目の的みたいなんだけど。」


 ふと、周囲からの視線に気付いてそう言うと。


「ほっとけ。」


 詩生しおは、相変わらずの声。


 …もしかして、詩生しおって毎日こんな視線の中で生活してるのかな…

 大変だなあ。


 あたしは、そんなノンキなことを思いながら。

 詩生しおのギター、何色がいいかな。

 なんて、考え始めた。

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