天来 頼典 (あまき らいてん) 高校三年生 18歳

 今日は雨が降っている。それなりに強い雨で、バスや電車を使って学校まで向かっても、降車してからの間に足元がずぶぬれになってしまう。その感触が異様に気持ち悪く、休みたいなんて思う人も多い。

 でも、そんな日に俺は朝一番に教室のドアを開ける。いつもであれば、ぎりぎりまではいかないまでも、遅めに到着する。俺が早起きをするのは、こんな雨の日だけだ。

 湿気の多い教室の中に足を踏み入れる。人は誰もいない。しんとした空気の中で、雨が強く窓を叩く音だけが支配していた。俺は自分の机に荷物を置き、大きく息を吸い込んだ。

 教室内を歩くと、自分の足音だけが響く。まるで、世界がこの場所しかなくなったかのような、隔絶された空間に入り込んだように思えてくる。窓に近づき、外を眺める。

 まだ八時前ということもあり、学校周辺に学生は少ない。会社に向かっているのであろうスーツを着た社会人ばかりが、傘で雲と自分の間を遮断しながら歩いていた。

 いつまででも、ぼーっとしていられるような気分だった。

 心地よい雨音が、濡れた窓から見えるぼやけた風景が、体にまとわりつく湿気が、肺を満たす冷たさが、この時間の充実感を教えてくれた。

 一つの傘が校門を通り抜けるのが見えた。まだ登校には早い時間だったが、ちらりと見えた顔を見て納得した。このクラスの委員長、早宮咲だ。彼女はいつも来るのが早い。一番に来て、軽く掃除までしているとか、していないとか。

 彼女がこの教室のドアを開けるまで、もうあと数分。つまり、俺のこの時間も残り数分だ。

 一つため息をついた。

 一つ息を吸った。

 一瞬一瞬のそれらの動作が、時間を使っていることを自覚して、少しだけ生きている実感が湧く。しょうもないような実感だと思うけれど、それでも、この自分の心の中が溶け出していくような感覚は他の場所では味わえないものだった。

 ガラッと、大きな音が響き渡り、後ろ側のドアが開いた。

「あら、天来くん。今日も早いのね」

 早宮と目が合い、一人しかいない唯一無二の世界から、いつもの有象無象の世界に引き戻された。

「まあな」

 彼女はいつも一番に来る。しかし、雨の日だけは俺の方が早かった。だから、今日『も』と言ったのだろう。

 俺は自分の机に戻り、椅子に腰を下ろした。早宮もまた俺とは離れた位置にある机に荷物を降ろす。

 これが、雨の日限定の一日の始まりだった。

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