藤平 七海 (ふじひら ななみ) 高校一年生 16歳

 耳から流れ込んでくる音楽を背景に、リズムよく足を出していく。風を切るように体を前へ前へと進ませる。首まで伸びている髪が置いて行かれるように後ろへとなびいていた。


 額にはじっとりとした汗が浮かび、垂れ始める。目に入りそうになるのを手で拭きながら、土手沿いを走り続けた。


 二月の朝日は眩しく、鋭い光を誰彼構わず突き刺していく。そばを流れる川が綺麗で、ついつい前から視線を外してしまう。朝早い時間帯でも、人は案外歩いている。健康のためにウォーキングをしている人や、犬の散歩をする人、私と同じようにジャージ姿で走っている人ももちろんいる。


 テニス部に入ってからは、この朝の体力づくりを日課にしている。冬の間は気温が低く、家から外に出るのが嫌で嫌で仕方がない。それでも、走らないといけないのは、私の体力が他の部員よりも少ないからだ。中学生の頃は、美術部に居た。それが何を間違ったか、高校でいきなり運動部に入部。周りは経験者だらけだった。


 まだ一年も経っていないのに、きつくて何度も辞めようとした。それでも辞めなかったのは、単に辞める勇気がなかったから。まあ、それに加えて友達も割といい人が多かった。



 つまり、ただ流れに身を任せたまま部活をしているのだ。



 本気でやっている人には怒られるだろうと思う。やる気がないなら辞めろって言われると思う。それは本当に申し訳ないと思う。


 でも、テニスは面白いと思ってる。本当に。


 だから、結局走っているんだ。少しでも、皆に追い付いてもっと楽しみたいから。

嫌々な気持ちがあるのは否定できないけれど……。


 自宅玄関の前で膝に手を置き、肩で息をした。気温は低いというのに、全身から汗が噴き出している。歯を食いしばりながら背筋を伸ばし、目の前のドアノブを捻った。水分が足りていないのか、少し頭が重い。冷蔵庫に直行し、中からスポーツドリンクを取り出した。500mlがあっという間に消えてなくなる。


「朝ごはん用意しとくから、早く汗流してきなさい」

「はいはーい」


 母親に促されて、シャワーを浴びた。この時間が一番気持ちがいい。走っている間なんて、しんどいし寒いし、辛いだけだ。


 もともと少ない体力だったから、未だに周りの運動量についていけていない。いつだって無駄なんじゃないかって思ってる。だから、今はまだ、このシャワーと朝ごはんの美味しさのために走っている。


 でもいつか、卒業前には、こんな小さな努力が役立つ実感を得られるように祈ってる。

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