日間 真部 (ひま さなべ) 大学二年生 20歳

 小説の中の世界は非常に静かで、時間がゆっくりと流れていく。どれだけ日常に焦点を合わせた小説でも、例外ではない。登場人物は全員相手の話を最後まで聞き、しっかりと考えた上での返答を行う。


 それに比べて現実はどうだ。会話の流れが最重要視される。一言口火を切れば、あっという間にその流れに飲み込まれ、誰かが言葉を紡いでいく。一度会話が途切れて起きる沈黙には、少しの気まずさが紛れ込んでしまう。その気まずさを払拭するために再び誰かが言葉を発する。その繰り返しだ。


 小説の中ではそんなことはあり得ない。沈黙を美とすることができる。無理に発する言葉はない。話すことが無ければ沈黙で良しとされる。そんな関係を築ける人を現実でも作ればいいと言われるとそれまでだ。しかし、そんな関係を作れる人がどれだけいるだろうか。少なくとも僕には今のところ無理そうだ。


 大学に入学して二年目になる。一人暮らしにも慣れ、サークルには結局入らなかったが、バイトに多少の勉学に勤しむ日々を過ごしている。それでも自由な時間は多くあることから、友達といる時間も当然増える。夜は飲みに行き、休みの日は遊びに誘われる。はたから見ると充実した日々を送っているように見えるだろう。僕自身、その瞬間瞬間は楽しいと感じている。


 それなのに、家に着き椅子に座るとどっと疲れが押し寄せてくる。自分が友達といる間、無理をしていないかと言うと、嘘になることを心の中で実感してしまう。友達付き合いとはそういうものだと分かってはいる。それぞれが我慢をせずに好き勝手に生きていたら、一緒になんていられない。お互いに多少は自分を封じ込めて相手を気にするからこそ、同じ時間を過ごすことができ、その代わりに楽しさを得られるのだと思う。


 しかし、だからこそ小説の世界に浸ったときに、その世界の空気が非常に羨ましく、嫉妬してしまうのだ。誰も無理をしていない、気を使わない、一人でいるときとさほど違いのない関係性。僕の周りでは創りえなかった関係性。恐らく、ないものねだりと言うやつだろう。仮に僕に友達がいなければ、友達とわいわい騒ぐことを夢見るのだと思う。


 ただ、それでも、沈黙に価値が欲しいと思ってしまう。この先、この価値観を理解する人が現れるかは分からない。現れたとしても、相手も現実に生きているのだから、押し付けた僕の理想を受け入れてくれるとは限らない。



 だから、僕はこれからもずっと小説を読むのだと思う。こんな世界に憧れを抱き続け、いつか現実にそれを持ってこれる日を願い、今は虚構の世界に浸ることでその場しのぎの楽しさを感じ続けるのだろう。

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