深居 壮太 (ふかい そうた) 社会人 29歳

 土手に設置されているベンチにゆっくりと腰を下ろす。近くのコンビニで買ったコーヒーのプルタブを開け、口をつけた。


「あっま……」


 缶コーヒーの微糖という表記を確認し、やっぱりブラックでよかったなと後悔した。日曜日の昼間、何もすることがない俺は散歩をして、とりあえずここに座っている。明日からはまた仕事。働いている最中は、早く休みになれと願ってはいるが、実際これといってすることはない。彼女でもいれば違ったのかもしれない。しかし、俺は生まれてこの方、彼女が出来た試しがないし、出来る予定もない。


 そんなことを思っていると、ちょうど目の前を制服を着たカップルが通った。ちょっと前までは、そんな光景を見て、羨ましさに殺されそうになっていた。しかし、今ではそんな嫉妬も彼方へと消えた。


 そもそも、制服デートに憧れを抱いている層は制服を脱いだ人たちだ。自分のできなくなった事に対して空想妄想が大きくなってしまっただけだ。だって、実際に自分が高校生の時に憧れなんて抱いていない。いや、すでに当時からそこに希少価値を見出している人もいたかもしれないが、少なくとも俺はそうだった。


 結局、隣の芝が青く見えるってことだけなのだろう。どっちかと言えば、高校生の時なんて大人の恋愛に憧れていたしな。



 今はどうなのだろう。何に憧れているのか。年齢的には、期待していたはずの大人になった。今の俺は昔の空想にいた自分なのだろうか。暇を持て余し、平日の日々をルーティーン化し、ただただ年齢を重ねている自分が。


 ついついため息が出てしまう。そんなわけがないと自分で分かっているから。

 では、どうすればいいのだろうか。


 たぶん、それが分かっていたらこんな事に思考を回していない。それだけは分かっている。


 もう一口、コーヒーを飲む。やっぱり、甘すぎる。こんなにも喉を通るコーヒーは甘いのに、俺の人生は苦い。


 そんなことを思った自分が少し恥ずかしくなる。なんだ、その文学的だろと言わんばかりの初心者丸出しフレーズは。


「帰るかな」


 缶コーヒーを傾け、最後の一滴を出すと、雲一つ無いなんてことは無い、いつも通りの空が目に入る。こんなにも自分は日々変わるべきだと思いながら変われずに居るのに、頭上に根を張る空はいつだって堂々と普遍の姿を晒していた。


 俺は近くのごみ箱に缶を投げ入れ、ゆっくりと自宅へと歩を進めた。

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