笑顔でいられますように
商売繁盛、福徳開運、食べ物に困らず、みんなが笑顔でいられますように。
守護けものをご存知ですか?
私はその一人、オイナリサマと呼ばれる者。
神の類いとは言え見た目は白いキツネのフレンズです、皆とそう変わりません。
ですが私はパークを守る守護けもの。
この世を荒らす不届き者は許しません、ジャパリパークを守るためならどんなことでも…。
と、守護けものと呼ばれる以上それくらいの覚悟と責任が必要なのです。
なんて…。
今は平和そのものです、なのでこうして神社に篭り助けを乞う者を影ながら手助するなどしてのんびりさせてもらっています。
チャリーン
ほら早速、今のはお賽銭の音ですね。
では誰が来たのかこっそりと見に行きましょう。
…
「あぁぁ神様ぁ!どうか先輩が振り向いてくれますようにぃー!」
おや?また彼ですか?熱心ですね。
彼はパークで働く新人ガイドさんの方です、入社間もないはずです。
そんな彼ですが早速先輩ガイドさんに恋をしたらしく、ある日こうして神社に現れては熱心にお参りを繰り返しているわけです、多いときは週7で来ます。
ですが…。
あまり直接的な願いにはなにも手助けができません、何でも屋さんのように都合のよいものではありませんから。
だから私オイナリは、その恋がせめて上手くいくことを共に願いましょう。
頑張ってください?
…
しばらくして。
今日の彼はやけに上機嫌な様子で現れました、お賽銭をいつもより多目に入れて鐘をガラガラと豪快に鳴らすと手を合わせて言いました。
「やりましたぁー!今日は先輩と晩御飯ご一緒する約束してきましたぁー!神様ありがとぉぉお!上手くいきますようにー!」
おやおや?進展ですね?
よかったではありませんか、情熱が伝わりましたね?私も上手く行くよう祈っています、ファイト!
特に私が何かしたわけではないけれど、こうしてありがとうと言われると少しくすぐったいものです、まぁ神社というのはそもそも願い事を叶えてくれる都合のいい場所ではありませんけどね?
神社とは、土地を守る神を祀る場所。
お参りとはそんな土地神に対し、何事もなく平穏に暮らせました守っていただきありがとうございますと本来感謝を表す為のものです。
そうして感謝を忘れずにいると神様が恵みを与えてくれるとそういうわけです。
黙ってお祈りしてく人もいますが彼のように声に出して伝えるのが正解です、言わなきゃ伝わらないのは神とて同じです。
まぁ… 今の時代神社が願い事屋さんになってるというのも否定はしません、直接手を下すわけではありませんけど。
でもそうして自分の願いを心に刻み声に出すことで自ずとそちらに向かい進もうとするものです。
大事なことではあります、最後に願いを叶えるのは自分の力。
デート、頑張ってくるんですよ?
…
それから数ヶ月、世間ではクリスマスが近いとソワソワする若者達やフレンズで溢れ返っております。
で彼は?
「クリスマスのイベント… 先輩と二人で任されました!仕事が済んだら告白します!どうか成功しますように!」
あれから進展を重ねてとうとうここまで来ましたね?来年の春にはあなたもここに来て一年ですか、仕事にも慣れてきたようだし、きっとあなたなら先輩さんも振り向いてくれますよ?
余程気合いが入っているのかお賽銭にお札を入れていきましたね、そういうのは金額ではなく気持ちですよ?いやありがたく神社の為に使わせていただきます、寧ろありがとうございます。
そしてその当日、クリスマスイブと呼ばれる夜。
境内にも薄らと雪が降り積もり辺りを銀世界へと変えていく。
彼は上手くいったでしょうか?
なんだか長いこと彼の近況報告を聞いてきたせいか気になってしまいますねぇ?
願いが叶ったら来なくなるのでしょうか?
結果くらい教えてくれてもいいと思うんですよ、せっかく今日まで報告をくれたのですから。
うーん気になります…。
そんなイブの夜、私は暖かいお茶など飲みながら境内に振り続ける雪を眺めていました。
ホワイトクリスマスと言うのでしょう?街はさぞかしロマンチックな雰囲気に包まれていることでしょうね、目を閉じるとイルミネーションが目に浮かぶようです、いいですねぇ…。
いえ寂しいとかでなく、単に静かな方が好きなんです、故に今夜も一人。
これでも一応神の類い、相応の年数を生きてそれなりに落ち着いているつもりですから。
まぁ… フレンズ故に私も女性ですから?綺麗なものに目を奪われることもありますけど。
ところで彼は上手くいったんでしょうか?
…
やがて、雪が落ち着いて来ました。
するとこのような夜更けに人の気配を感じとりました。
雪がうっすらと積もり滑りやすくなった長い石段を登り、息を切らしながら駆けてくる音。
おや…。
あなたでしたか。
「はぁ… はぁ…」
階段をいっきに駆け上がってきたらしく、境内に着くと肩で息をしてフラフラと歩いていました。
少し俯いたままゆっくりと、雪に濡れる靴は気にも止めず。
チャリン
と乱雑に小銭がいくらか放り込まれました、ポケットに入っていたであろう小さなお金でしょう、いくら入っていたか確かめもせずに。
やけに静かだった。
ガランと小さく鐘を鳴らすと一回の溜め息と共に手を合わせ、彼は言いました。
「フラれました…」
oh… なんてことでしょう、涙のホワイトクリスマスとなりましたか。
「ハァァァァ~~~…!」
クソデkごめんなさい… 大きな溜め息をつき今度はそのままズルズルとその場に座り込んでしまいました、余程辛いのでしょう。
でも恋愛とはそういうものでしょうね?どれだけ自分が相手を好いていても、相手が同じように自分を好きとは限らない。
「正直イケるって思ってましたよ?でも全部勘違いだった… 先輩、婚約者がいるんだって?しかも今年度いっぱいで退職、知らないの僕だけでしたよ!今日の仕事は最後の大仕事で、今後は僕に引き継ぎのつもりいろいろ任せてくれたらしいんです、頑張りましたよ?せっかく期待されたらそりゃいいとこ見せようって頑張りました、イベントは大成功しましたけど… 代わりに僕は入社当初からの恋が終わりました、しかも結局告白する前に先輩から言われて… “あとはよろしく”だって?ハァ~~~…」
それは… なんと言ったら良いものか。
あなたは残念でしたけど、でもその先輩さんは仕事も成功してさぞかし幸せなことでしょう。
あなたにも感謝してますよ?一緒にやり遂げてくれたのですから、育てた新人がイベントを成功させるまで成長してくれたのだから… そう思うとどうですか?少なくとも先輩さんを笑顔にできたのでは?
なんて… 今のあなたには全て綺麗事に聞こえるのでしょうね?わかっていても辛いことには変わりはありませんから。
あまり自暴自棄にならなければ良いのですが… 今夜はご覧の通り雪が積もるほど寒い、早く帰って暖かくしないと風邪でもひいたら大変ですよ?
「僕のこの数ヶ月はなんだったんだろう?なんかいろいろどーでもよくなっちゃったな… はぁ、神様教えてください?僕って生きてる価値あります?って返事があるはずもない… はぁ~なんかもう… 死にたくなってきたなぁ…」
それは聞き捨てなりませんね。
そう思った時、私は既に彼の背後に立っていた。
「そのようなことを軽々しく言うのはおやめなさい、命を粗末にしてはいけません」
「あ、ごめんなさ… え!?誰!?」
陰ながら見守るつもりだったはずの彼の前に、私はとうとう姿を現してしまいました。
そんなつもりなんてなかった。
神と呼ばれる者としては、一個人に肩入れするようなことは良くないから。
でも痩せ細って傷だらけになった彼の心を私は放っておくことができなかった。
みんなが笑顔でいられますように。
それが私の願いだから。
「商売繁盛、福徳開運、食べ物に困らず、みんなが笑顔でいられますように… 守護けもの、オイナリサマです」
「しゅ、守護けものぉ!?嘘でしょ!?」
「嘘だと言うならあなたの目の前にいる私はなんなのですか?」
「だってそんな幻の超レアフレンズに会うなんて… 先輩でさえ見たことないって言ってたのに入社一年も経たない僕が… 先輩… ハァ~~~… 先輩…」
なんと悪循環、私の姿を見て一瞬は気が紛れたようですがふとした瞬間思い出してしまいこうしてまた大きな溜め息をつく。
「辛そうですね?」
「えぇ、まぁ…」
「頑張ってましたもんね?」
「はい… ってあれ?なんで知ってるんですか?」
それは私がここに住んでるからですよ?というのを伝えてみたところ、慌てた様子で何か言いたげにしていました。
わたわたと手を動かして顔は真っ赤です。
「じゃああれ全部聞こえてたんですか!?」
まさか本当に神の耳に入っていたとはとひっくり返っていました。
尤も手を貸したことはないと伝えると、どうやら本人もただ気合いをいれるのにここへ来てたそうなので、まぁそうだろうと言うような気の抜けた顔になっていました。
そう、彼がその先輩の為にここまでやってきたのも、結果フラれてしまったのも。
私にはまったく関係ない、ただ彼の人生で彼が体験しただけのこと。
彼もそれに気付くと恋の終わりを再び自覚したのか。
「はぁ… もうなんか… はぁぁ…」
静かに、涙を流していました。
…
「こんなところにいては風邪をひきます、中へお入りなさい?なにか温かいものでも出しましょう」
妙なものです、善意とは言え中にヒトを招き入れるというのは私にも初めてのことでした。
温かいもの…。
と言ってもお茶くらいしかなかったので、それを彼の前に差し出した。
「ありがとうございます」
「いえ、この程度のことしかできず…」
「いやいやそんな!」
彼も少しは落ち着いたようで、どこか安心している私がいます。
あまり長いこと彼の恋模様を見せられていたせいか情でも移ったのでしょうか?
あまり肩入れはするべきではないのだけど。
「中、暖かいんですね?扉一枚開ければ外で雪が降ってるのに」
「建物には結界が張ってあります、風を通さず、熱も逃げません」
「結界… 守護けものって凄いんですね?魔法みたいなことまでできるなんて」
便利でしょう?まったく都合が良いというものです、助かっています。
こうして世間話などするくらいには互いに気を許しているこの状況。
良いか悪いかで言えばもちろん悪いなんてことはありません、ただこんなことはそう何度もあっていいものではありません。
彼が大丈夫になったら、これっきりです。
「話していたら落ち着きました、もう帰りますね?ありがとうございますオイナリサマ?」
「しばらくは辛いでしょう、けれど長い人生から見れば一つの出来事に過ぎません、これからのあなたの人生に幸運が訪れますように…」
特に何かしたわけではありませんが、彼はその晩おとなしく家に帰りました。
すっかり雪も止んだようでゆっくり落ち着いた足取りで石段を下りていくのが見えました。
これで一安心ですね。
…
「オイナリサマ?オイナリサマいらっしゃいますか?」
「あらよく来ましたね?少し休んでいかれますか?」
「いいですか?えへへ、実はスイカもらっちゃって?食べませんか?」
不思議なものです。
あのイブの夜から半年以上経った今、蝉の鳴き声がそこら中から聞こえるような8月になりました。
「暑いですね~?」
そう、とても暑いですね。
夏服のガイドの制服の彼、首にタオルをかけ手をうちわのようにして賽銭箱の前の階段に座り込んでいる。
すっかり仕事にも慣れたのでしょう、その目には以前よりも余裕が見られます、例の先輩さんのことも吹っ切れた… ように見えますが、本心のほどはわかりません。
「オイナリサマは一年中その服なんですね?冬だと寒そうに見えたけど… 夏だとまた暑そうですねー?」
「フレンズというのはそういうものですよ?真夏だろうがコートを着て歩いている子もいるほどです」
すぐに頂いたスイカを切り分けると、私は彼の隣に並んで座りました。
何を… しているのだろう?
あれっきりだと思い彼を見送ったはずなのに。
何故か今でもこうして彼の前に姿を見せてスイカにかじりついている。
あの夜の後… ほんの数日後のことです、彼は年が明けて少ししてから再び神社に現れました。
「先日お茶を頂いたお礼と、新年のご挨拶に伺いました!昨年はお世話になりました、明けましておめでとうございます!」
そう言って誰に聞いたのかいなり寿司を持ってきてくれたのです。
ワオ… これはご丁寧に♪
なんて口には出さずとも少し露骨に嬉しそうにしてしまった自分が恥ずかしいですが、彼はその後言いました。
「今年もよろしくお願いします!」
あれっきりだと思っていたのですが…。
あれから変わらずに何度も神社にお参りにくる彼の前に、私は姿を晒している。
仕事の合間やなんの用事もない休日、彼は前ほど頻繁でないにせよ週に何度かはここにくる。
来る度彼は私と雑談などして仕事に戻る。
たまにはこうして手土産を持ってきてくれる。
「それじゃもう1つ…」
「こら、仕事中でしょう?ガイド中にお腹を壊しますよ?この辺にしておきなさい」
めっ!と手を叩くとばつが悪そうに頭を掻きヘラヘラと笑う彼、「そうでした」と静かに手を引っ込めた。
ですが… 私は…。
「冷やしておくので、時間があるならまた夜にでも来てください?」
なんで次の約束なんか…。
「あ… 今日は夏祭りでしたね?職員は夜も忙しそうですね?」
「あぁいえ、僕は担当ではないので!伺わせてください!」
認めてないようにしていますが、正直嬉しいと感じる私がいます。
お祭りに行かずにこんなところに来ることなどないはず、誰かに誘われたりするでしょうに。
「それならそれでお祭りを楽しめばいいではないですか?何もこんなとこにわざわざ来ることも…」
「いや!重要ですよ!僕がもらったスイカなんですから!オイナリサマが独り占めするだなんて!」
「しませんよそんなことは!まぁそういうことなら、またいらしてください?」
「はい!是非!」
余程スイカがお好き… そうなんですね?
そうに決まっています。
…
夜になると彼は約束通り神社に現れた。
「お待たせしましたー!ってわぁ!オイナリサマそれどうしたんですか?」
「え?えぇちょっと…」
つい… 昼間に服のことを言われて意識してしまったもので。
なのでこれは見てもらいたいとかそういうことではなく…。
「昼間に服のことを話したので少し気になりまして?夏らしくしてみたのですがどうも落ち着きませんね?やはりいつもの服に…」
「とんでもない!浴衣いいじゃないですか!似合ってます!今年の夏はそのままでいましょうよ!」
「き、今日だけですよ!まったく!」
夏だから、そう夏らしく涼しげに浴衣にしただけです。
行かないけど夏祭りですから。
でもそうですか、似合ってますか…。
「よかった…」
「え?」
「いえ… さぁスイカです、冷えてますよ?」
とても妙だった。
私は守護けもの、オイナリサマ。
なのにこれではまるで普通の女の子ではありませんか?
わざわざ浴衣なんか着て、並んでスイカ食べて…。
こんなことで良いのですか?
「あ、そうそう!オイナリサマお祭り行かないなら花火見れないだろーなー?って思って僕買ってきたんですよ、やりませんか?普通の安物ですけど」
それはお店で売ってる普通の手持ち花火でした、でも… でもなぜか私にはその花火が。
「神社で騒ぐものではありませんから、これくらいが丁度良いですよ?わざわざありがとうございます」
「よかった、バケツありますか?水を汲んできます!」
何故だか… 空に咲く大きな花火よりも、ずっと大きく私の心で輝いていた。
そんな気がしていました。
…
そうしていつしか、また雪の降る季節になりました。
チャリン… ガランガラン…
とお賽銭のあとに鐘の音が境内に響く、誰かは言うまでもない。
「今日はずいぶん熱心に祈りますね?」
「…え?あぁオイナリサマ!はい、クリスマスも近いですから!」
そう、彼だ。
彼は去年のクリスマスのイベントで大変良い働きをしたことが評価され今年はイベントの責任者を任されたそうです、彼の想い人だった先輩さんの引き継ぎがしっかりとされたということでしょう…。
彼女の為に頑張った彼の恋は報われませんでしたが、その恋のおかげで今の彼はこんなにもしっかりしています。
「フフフ、また告白でもするのてすか?」
「え?ちょっともー!やめてくださいよー?話したでしょー?僕イベント責任者!こんなの初めてなので、ちゃんとやりたくて!」
知っているクセにこんなことをわざわざ尋ねて、私は悪い女狐。
期待しているのでしょう?違いますか?
認めてしまえば楽ですよ?
私…?
「直接お助けはできませんが、やはり去年同様私も成功を祈っています… 大丈夫、私から見てもあなた十分立派ですよ?」
「ありがとうございます、なんだか絶対できるって気がしてきました!あの… オイナリサマはやっばりここを動かないんですか?」
駄目… 私は守護けもの。
単に遊びに出掛けるだなんて、そんなことをしてはいけない。
「えぇ、私は守護けもの… 私を訪ねて誰が来るとも限りませんから?」
「そうですか… あの、じゃあ僕行ってきます!頑張ります!」
「はい、いってらっしゃい?頑張ってください?」
彼は小走りで階段を下りていく。
嘘… 守護けものだからといってここから動けないなんてそんなことはありません。
単に神社を留守にするだけ、出れないわけではないし街に下りてイルミネーションを見たりお菓子を食べたりしてせっかくのクリスマスムードを肌で感じるというのも悪くはありません。
好きなとこへ行けます、それこそ彼の言うイベントにだって。
でも行きません。
行ってはいけない。
だってその時私は本当にただの女の子になってしまうから。
…
今年のイブも雪が降っていました、ユラユラと舞い降り境内を白く染めていく。
そしてやはりそれを眺め、私は温かいお茶を飲んでいる。
去年と違うのは…。
「はぁ…」
大きなため息をつくのが彼ではなく、私だということ。
彼は、上手くやっているでしょうか?
いえ、今更心配は無用ですね… 本当にとても立派に成長しましたから。
それに私が去年のクリスマスの話をしても笑い飛ばしていました、きっと彼にとっても1つの経験として懐かしむ余裕ができた証拠でしょう。
すっかり立ち直って、仕事も順調で…。
だからいつまでも私が干渉するのはいけないことですね、私のような者はすぐに彼の元から退かねばなりません。
昔に戻るだけ。
そう覚悟を決めた時でした。
すっかり夜も更けていました。
雪が降るくらいには冷え込んだ夜でした。
イブの夜に合う、素敵な夜でした。
そんな夜に、気配を感じとりました。
雪がうっすらと積もり滑りやすくなった長い石段を登り、息を切らしながら駆けてくる音。
どうして来たの?
階段をいっきに駆け上がってきたらしく、境内に着くと肩で息をしてフラフラと歩いていました。
やっぱり…。
あなたでしたか。
「オイナリサマ?オイナリサマいらっしゃいますか?」
私を呼ぶ彼の声、来るって思ってました。
でも去年と違い落ち込んで俯いたりしていません。
やるべきことをやりきったような自信に満ちた良い顔でした。
駄目…。
現れては駄目。
「ここですよ?寒いのにご苦労様でした」
でも現れてしまった。
私は自分が思う以上に女だったのでしょう。
「あぁよかった、すいませんこんな夜更けに… あの、おかげで仕事は大成功です!打ち上げがあったんですけど、早く会いたかったので途中で抜けて来ちゃいました」
「いけませんね?あなたは主役ではないですか?」
「それより大事なことがあっただけですよ?あのオイナリサマ?ちょっといいですか?」
「はい?」
彼は目の前に来るなり綺麗な柄の紙袋を手渡してくれました。
開けてみてと促されたので、素直にそれを目の前で開くと。
「これは…」
「マフラーです、オイナリサマは守護けものだけど、やっぱりなんだか寒そうだからクリスマスプレゼントに」
会いたかったのは私も同じだし、今の私にとってこの時間が大事なことも認める。
彼は私なんかの為にこんな物まで用意して、わざわざこんなところまで足を運んでくれた。
もう誤魔化しようがない。
顔を見れただけでこんなに嬉しいのだから。
「ありがとうございます、とても暖かい… でも私は何も…」
「あぁそんな!?気にしないでください?僕は十分オイナリサマに助けてもらいましたから?お礼みたいなものですよ!あのそれで… 少し話しませんか?少しでいいんです」
助けてなんかいません。
あなたが立ち直って立派なガイドになれたのはあなた自身の力、私は何もしていません。
そして、話したいのは私も一緒です。
「えぇ… ですがこんなところにいては風邪をひきます、中へお入りなさい?なにか温かいものでも出しましょう」
「ありがとうございます」
だからあの日と同じように、私は彼を中へ招き入れた。
…
「やっぱり、お茶くらいしかありませんが…」
「お気遣いなく、よく考えたら守護けものの淹れてくれたお茶って凄くないですか?なんだか申し訳ないです」
「いえ、客人をもてなすのはヒトもフレンズも守護けものも同じですよ?」
私が彼の前に姿を見せてから一年。
あなたは変わりました、成長したという意味で大きく変わりましたね。
私も変わりました。
神らしからぬ、情緒的な感情を知ってしまいました。
「あれから一年ですね?先輩にフラれて心がズタボロになってた僕の前に現れて励ましてくれて、今みたいにお茶を頂いたのがなんだか懐かしいです」
そうとても見ていられなかった、でも今は。
「それからは楽しかった、なんだかまたオイナリサマと会いたくなってつい神社まで走っちゃって?お土産とか持っていって誤魔化してましたけど、迷惑でしたよね?ごめんなさい」
そんなことない、私も楽しかった。
私のほうこそ…。
「それで… なんだか調子のいいヤツだと思われそうでずっと言えなかったんですけど、今からとても恐れ多いことをあなたに言います、いいですか?」
「はい」
私も… 私だって言いたいことが。
「好きですオイナリサマ、初めて見たときあんまり美しいので目を奪われました… あのイブの夜からずっと僕のこと気に掛けてくれて、あなたのおかげで今まで頑張れました
守護けもののあなたにこんなこと言うのが失礼だってことくらいわかってます… でも、僕もう気持ちを抑えきれなくて!ヒトとかフレンズとか守護けものとか抜きにして、僕はあなたが好きです!愛してるんです!」
愛の告白… というのを受けました。
こんな気持ちは初めてだった。
恐れ多いだなんてとんでもありません。
だって私も…。
「はぁ… スッキリした…
聞いてくれてありがとうございます、僕もう行きますね?オイナリサマのこと、あんまり困らせたくないし…」
「あの… 私…」
「今までご迷惑お掛けしました、困らせたくないので、ここに来るのはこれっきりにします…」
「え…?」
もう、会えない。
いいの… 初めからそのつもりだったのだから。
いいんです。
「では、さよなら?僕の大好きなオイナリサマ、どうかお元気で…」
深く礼をして私に背を向けた彼は外へと足を向けた。
だから私は…。
「ダメ…」
去り行く彼を背中から抱き締めた。
「お、オイナリサマ?」
「返事も聞かずに行かないでください、言い逃げするなんてそれこそ迷惑です」
「あの…」
「聞いてください?」
後ろからしがみつき、顔を見せぬまま彼に返事を返した。
私の答えは。
「あなたが好きなんです、だからどうか行かないで?」
ゆっくりと腕を弛めると、彼は振り向き私と向かいあった。
あなたはまさか同じ気持ちとは思わなかったのでしょうね?とても驚いた顔をしている。
私はどんな顔をしていますか?
「本当なんですか?でも、いいんですか?」
「嘘だとしたら何度もあなたの前に姿を見せたりしません、それと… 正直良いか悪いかだと、良くないです…」
でも、もういいんです…。
神様でいられなくたっていい、もう普通の女の子で構いません。
私のほうこそもうもう気持ちを抑えきれない。
「クリスマスプレゼント… なにも用意してませんけど…」
「いえ、正直気持ちだけで胸いっぱいです」
「なら、今夜は冷えますから… 泊まってはいかがですか?」
そのまま見つめ合い静かに口付けを交わすと、一枚一枚ゆっくりと衣服を脱いで寝室の布団に二人で肌を寄せ合いました。
雪の降るイブの夜、情熱的に彼と愛し合い…。
それから…。
…
ジリリリリ…。
目覚まし時計の音が鬱陶しい、せっかくいい夢見てたのに、内容忘れたけど。
僕はそれを少々乱暴に止めるとすぐに支度をして朝食もとらぬまま出勤した。
同僚や上司が口を揃えて「昨日のイベントお疲れ!大成功だったな!」などと称賛の言葉を送ってくれる。
「打ち上げ抜けてどこ行ったんだい?」
と聞かれるが、なんだったかな… 思い出せない。
そこへ。
「先輩、今日もよろしくお願いします!」
今年の4月に入ったばかりの子だ、実は僕は彼女の教育係。
去年は僕が彼女の立場だったのにと思うと、なんだか
数件仕事をこなすと僕達が向かった場所は…。
「こんなとこに神社なんかあったんですか?雪の積もる神社ってなんか綺麗でいいですね~?で何しに来たんですか?」
神社に来たらお参りだ、当たり前である。
お賽銭を入れて鐘を鳴らし、手を合わせるのだ。
「え、ただお参り?まだ年明けてないから初詣には早いし… なんでまた?よく来るんですか?」
なんでだっけ…。
とにかく習慣なのだ、この子を連れてくるのは初めてだが。
でもなんで僕は神社に?
…
これでいいんです、出会う前の二人に戻りましょう?一晩だけの甘い夢を見させてくれてありがとうございました。
あなたから私の記憶は消させてもらいました、何故ならやはり私は守護けもの… あなたをこんな面等なものに巻き込みたくはないんです。
あなたが私のことを思い出すことはありません、でも… 私はあなたのこと忘れませんから。
さよなら。
あなたが笑顔でいられますように。
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