いつも私だけ…

 私はロイヤルペンギン。


 ロイヤルペンギンのプリンセス。



 アイドルユニットPPPのメンバーの一人、先代や先々代のPPPに負けないように決して自分に妥協を許さない。


 特にロイヤルペンギンがメンバーに入るのは私が初のことで、その分ファンに認められように皆の何倍も努力をしなくてはならないと思っている。


 その甲斐あってか、私はいつしかメンバーに歌やダンスの指導ができるほどの実力が付いていた。

 先代達を知ってるファンからは、新メンバーのクセに生意気なって思われるかもしれない、でもみんなにも先代と先々代に負けないもっと輝けるアイドルになってほしいってそう願ってるからこそみんなの指導をさせてもらっている。


 私はただただ努力する、今度のPPPが歴代最高って思われるくらいに…。







 私はアイドル、PPPの活動も板についてきたし、今では自信を持ってそう言える。


 私はアイドル。


 アイドルはファンの皆に夢を与えるとてもやり甲斐のある仕事。


 でもある日気付いてしまったことがある。


 私はアイドル…。

 

 その前に、一人の女の子でもあるって。






 あれは突然の事だった、彼とはライブのイベントや企画の関係で何度も顔を合わせていて、始めはそれほど気にも止めていないただの仕事仲間だと思ってた。


 大きなくくりで言うなら、メンバーやマネージャーのマーゲイ、照明さんやメイクさん、セットの設営をしてくれる皆さんと同じ仕事仲間。


 そう彼はただの仕事仲間。


 いつもスーツをビシッと着こなして、背が高くって仕事もできて、話上手でいかにもモテそうな人。


 特に意識なんてしてなかったのに…。







「でこの演出なんですが、本当はサビの時にやるのが妥当なんですけど、僕としては是非プリンセスさんのソロパートの時にスポットライト当てながらやりたいんですよね」


「素敵なんですけど… 一番盛り上がる演出はメンバーみんなに花を持たせたいんですよねぇ…」


 今となっては結構前のことだ、例の彼とマーゲイが今度のライブの演出の打ち合わせをしてる所にたまたま居合わせた。


 詳しくは聞いていないけど、私もその件に関してはマーゲイの意見に賛成。

 だって一番盛り上げなくてはならないタイミングで一番いい演出を行うのが当たり前だと思っていたから。


 春らしく桜の花びらを降らせるという演出らしいのだけど、何故私のソロでそれを?


 嬉しいとか納得がいかないとかよりも、単に疑問だった。

 だから横から口を挟むのも申し訳なかったのだけど一言彼に尋ねたの。


 

 どうして私なの?



 急に現れた私に驚いたようで二人とも目を丸くしていた。

 彼はすぐにいつもの表情に戻ると私にこう言ったのだ。


「プリンセスさんが一番引き立つと思ったからですよ、皆魅力的だけど桜が一番似合うのはプリンセスさん… 僕の主観だけど」


 彼は一人一人をしっかりと見てるんだなと思った、皆個性的でよりその個性を引き出せる演出というものが存在するからこんなことを言ってるんだ。


 そう思うとなんだか単純に嬉しかった。

 

 一個人としてしっかりと評価されるのは励みになるし、何が秀でていて何が足りないのかもわかる。


 でも私からもハッキリ断ったの。



 私達5人で1つだから、自分だけ変に目立つのはちょっと…。


 

 そう伝えた、そしたら彼は少し残念そうにして…。


「そっかぁ… ま、本人が仰るなら仕方ありませんね?では最後の大サビで使うことにしましょうか」


「はい!ではこの曲の演出なんですが…」


 特に揉めたりとかもなく、また普通にマーゲイとの打ち合わせに戻った。


 私だけの特別な演出か…。 


 ほんの少し残念だなーなんて思ったのは誰にも内緒。







 次に、軽く事件が起きた。


 例の演出が使われる春のライブ、いつものように大空ドリーマーが始まり春らしいセットや演出の中歌って踊っていた時の事だ。


 終盤の私のソロパートに入ったその時… ステージはやや暗くなり私にだけスポットライトが当てられていた。


 歌い踊りながらも、予定と違う演出に私は当然のことみんなも驚いている様子だった。

 が当然途中でやめることはできない、気にはなったがそのまま歌い続ける私。


 すると更なる事態に私は思わず足を止めそうになった、声も裏返りそうになった程だ。



 嘘…?なんで?



 私の周りをヒラリ…ヒラリ… と桜の花びらが舞い始めたのだ。

 

 これでは予定と違う、かなり動揺したが私は歌いきりソロパートを終えるとそのままみんなとのサビに入った。

 スポットライトはメンバー皆に当てられ桜の花びらは続けて降らされている。



 私のソロでは使わない約束だったはず…。



 私も皆も、疑問はあったのだけど盛り上がっているところを止める訳にはいかずそのまま続けていた、一通り披露するとやがてその日のライブは終わりを告げた。





 その後、楽屋に戻りメンバー達とゆっくり疲れを癒してる時だ。


「いや~それにしても驚いたな?プリンセスのソロのとこ、あんな演出聞いてなかったから振り付け間違えるかと思ったぜ!」


「でもいい演出でしたよね?プリンセスさんとても素敵でした!」


 イワビーとジェーンが先程のライブの演出のことを口にし始めた。

 それに同調したコウテイとフルルも例の演出を「驚いたが良かった」と評価している… が、実質一番驚いたのは他でもないこの私。


 驚くのは当然、誰もこんなことになると聞かされていないのだから。


「予定では大サビのとこで使われるはずだったが本当にびっくりしたよ、でも実際盛り上がったし、私もプリンセスがよく引き立てられたいい演出だと思った… 素敵だったよ」


「綺麗だったねー?フルルびっくりして間違えちゃったー」


「ある意味フルルはそれが通常運転だけどな?ってか言ってほしかったぜプリンセス!聞いてたんだろ?」


 皆「良かった」と評価し、今イワビーにこんなことを言われているが…。

 私自身もあんなことになるなんて思ってもみなかった。



 一人だけ贔屓ひいきされてるみたいに目立つなんて…。


 私達は5人で1つだと言ったのに。



「あれ?もしかしてプリンセスさんも知らなかったんですか?」


「あ、おいどこ行くんだよ!」


 

 抗議してくる。



 それだけメンバーに伝えると私は彼の元へ向かった。

 




「困りますよ!予定と違う演出をされては!」


 ドアの前まで来たとき、既にマーゲイが彼が抗議しているらしい声が聞こえてきた。


 マーゲイの言う通り、皆で決めた事を直前で変えてしまうなどあってはならないことだと思う。

 私には演出の仕事はよくわからないけれど、最後に「これでいこう」と皆で決定した演出を本番になって変えるということはライブそのものの成功に関わる。


 イワビーやフルルの言ったように、振り付けや歌詞を間違えてライブを台無しにしてしまっていたかもしれない。


 それでは私達の今日までの努力が水の泡になる。


 成功させるために、ファンのみんなが楽しんで満足してくれるように私達5人は今日まで必死に練習を重ねていたのだから。

 何より私だけが皆を差し置いて一人目立つ演出が原因で失敗に繋がったとしたら…。


 それはメンバーとの今後の絆にも関わることだ。

 だからマーゲイが怒るのも、今の私のこの怒りも当然のことだと思う。


 すぐに自分もマーゲイに加勢しよう。


 そう思い彼のいるこの部屋のドアに手を掛けた時だ。


「マーゲイさん、あなたアレを見てどう思いました?」


 彼の声だ。


 演出を取り仕切っているのは彼なのだしそれは当たり前だけど、これで今回の件が私の思い込みから彼のやったことだと確定した。


「どうって…」


「PPPのファンとして答えてください、マネージャーなんて肩書きは抜きにしてあの演出をライブで見たあなたはどう思いましたか?」


「それは…」


 それまで強めに声を挙げていたマーゲイも黙り込んでしまった。


 私もその質問をドア越しに聞き楽屋で話していたメンバー達の言葉を思い出していた。


 そしてマーゲイは。



「とても、素敵だと思いました…

 プリンセスさんのソロパートとという一曲に対しては短い時間のあの演出は、その短時間に私を含む多くのファンを虜にしたと思います… “可愛いアイドル”の中に“美しい”が取り入れられたというか…」



 そう、とても綺麗だったと。


 皆、あの時の私を見てそう思ったのだと言ってくれた。


 そしてそのマーゲイの言葉に、私はドアノブに掛けていた手を一度降ろしてしまった。


 彼の返事が聞こえてくる。


「でしょう?僕はあのライブでできる最高の演出だと思ったからどーしても彼女のソロパートに使いたかった… これは彼女達が今日のライブを最高のものにするために必死に辛い練習を繰り返すのと同じだと思っています、あなたもそう願ってるはずだマーゲイさん?PPPも、彼女達に関わる我々も気持ちは同じなんですよ」


 気持ちが同じ…。

 

 そうか…。

 マーゲイがお仕事を取ってきてくれるのも、私達がそれに向けて練習をするのも、彼らがそのライブの演出を考えるのも最後には同じ答えになる。


 最高のライブをしてファンの期待に答える。


 みんなが言うくらいなのだから、あれは彼の言う通り最高の演出だったのだろう。

 予定と違っていたとしても、そうすることで私は多くのファンの期待に答えることができた。


「勝手に予定を変えたことは謝ります、本当に申し訳ありません… PPPの皆さんも予定と違う演出が始まり驚かせたと思います

 ですが僕らもプロです、手は抜きたくなかった、今回はたまたまプリンセスさんでしたが彼女に限らずメンバー個人に合った演出があればこれからどんどん使っていきたいんです、今回のことであなたにもそれをご理解いただきたい、どうですか?」


 少しの間沈黙が続き、マーゲイも悩んだのだろうというのがドア越しでも伝わってきた。


「あなたの言いたいことはわかりました、検討しますので皆さんに相談させてください」


「ありがとうございます、マネージャーがあなたでよかった」


 マーゲイの同意… 近いうち私達にもこの話を持ちかけるんだろう

 そして多分だけど、みんなはそれを前向きに捉える。


 私もそうだ。


 このまま抗議などするような気分にはとてもなれない、私は部屋を離れて楽屋に帰ることにした。





 その日、ライブに関わった人達全員を集め打ち上げが開かれた。


 演出の件に関しては少々不服ではあるけど、ライブは結果盛り上がりメンバーの皆も特に気にしていない、逆に「とても良かった」と褒めちぎってくるほどだ。


 ただ彼、事件の張本人もやはり少しやり方が強引だったことを気にしていたのか私達のテーブルまで来てわざわざ謝りにきてくれた。 


「皆さんごめんなさい、驚いたでしょう?来年に支障をきたすようなマネを強引に行って本当にすいません…」


 結果以上のものが出せたと言っても、一歩間違えば台無しになったのだから一言謝罪がくるのは当たり前だとは思う、私の演出になったわけなのだし…。

 ただそれでも、わざわざ謝りにくるなんて律儀だな… とそうも思った。


「気にすんなよ!おかげでプリンセスが最高に輝いてたぜ!」


「今はおかげでこうして大成功の打ち上げをしてるのだし、結果オーライというやつだと私は思うよ」


「それにしても綺麗でしたよね~?さすがの演出力だと思いました!」


「おかわり~」


 みんなも快く許している… というよりは始めから感謝している風だった。

 

 私はフルルのおかわりを頼むのに店員さんを呼び、ついでに自分も手元のお酒をぐっと飲み干し一緒に追加の注文を取ることにした。


 そこへ彼が。


「プリンセスさん、今日は勝手なことをして申し訳ありませんでした」


 今度は私に直接謝りにきた、もう特に怒ってはいない。

 だけどこちらのミスの元になるのでやるならやるでせめて直前にでも言ってほしいというのは戒めとして伝えておくことにした。


「その通りですね、気を付けます…」


 この時、私は少し酔っていたのかもしれない…。

 

 彼の謝罪を受けた後、私はなんの気になしに1つ尋ねたのだ。



「ねぇ?」


「なんですか?」


「私、そんなに綺麗だった?」



 本当にただなんとなく尋ねただけだった。

 

 その時少しの間があった、でもほんの少しなのでただ私が長く感じて「間」と思っただけなのかもしれない。


 そんな間が空くと、彼は小さく微笑み答えた。



「えぇとても、見とれちゃいましたよ?」



 言われた時、なんだか顔が熱いと感じたのはきっとお酒を飲んだから。


「ご注文お伺いしまーす!」


「グレープサワーと~… ねぇプリンセスは?何か頼むんでしょ?」


 フルルの声にハッとすると、いつの間にか彼と入れ違いで店員さんが追加注文を取りに来ていた… 私が呼んだのだから当たり前だ。


「生おかわり」


 お酒が回っただけよ、それで少しボーッとしたの。





 彼は、私だからあの演出を強引に行った訳ではない。

 桜舞う中で歌い踊る私見たさに強行したわけではないの。


 これを機に個人に対する演出を増やしていこうとそういう1つの切っ掛けにするのに敢えて強行した、それはわかっている。


 ただ、それでも。


 ほんの一瞬でも彼が私を特別な目で見てくれていた瞬間があると思うと、なぜか私の心は踊る。


 私はロイヤルペンギンのプリンセス。


 アイドルユニットPPPのメンバーで…。


 人並みに恋をする女の子。





 彼は職業上の関係で何もPPPだけと仲が良いわけではない、今となっては一口にアイドルと言ってもPPPだけの時代ではないからだ。


 イベントやライブの演出を企画する彼は当然様々なアイドルフレンズ達と交流がある、つまり私は愚かPPPがその1つに過ぎないのである。


 私はワガママなのかもしれない。


 そんな彼の特別になりたいと思い始めていたのに気付いたからだ。

 

 彼に気に入られたい、一番になりたい、もっと見てほしい、私だけ見てほしい。


 こんなの贅沢だ… でもそんな気持ちを抑えることができない、そう思うと恋って少し怖いななんて思ってた。

 少し前まで先代と先々代のPPPにも負けない歴代最高のPPPにって思ってたはずなのに、今は彼の目に止まりたくて練習してる。


 もっと… もっと輝かないと…。


 全部彼に見られたくてやっている。

 最悪よこんなの… だってファンやメンバーのことなんて1つも考えてない、自分のことばっかりだもの。


 でもやめられない、だから恋って恐ろしい。

 




 ある日… ショックな事が起きた。



 別の日の打ち上げのことだった。

 私はイワビーの絡み酒に仕方なく付き合いながらいつものように横目で彼を見ていた。


「お前最近根詰めすぎだぜぇ~?なに焦ってんだよぉ?無理してんじゃねぇよ~?」


 お酒は人を正直にするって。


 イワビーは私が練習に熱が入り過ぎてるのを心配してくれていたみたい。

 意外だった、てっきり「1人で突っ走ってないでもっと周りのこと考えろよ」とか言われるかと思って覚悟していたから。

 でも練習に熱が入ってるのは私が彼に見られたいから、そんな自分勝手な理由でみんなにもキツい練習を強要している…。

 そう思うとなんだか申し訳ない気持ちとありがとうって気持ちがぐるぐるして心がチクっとした。


「ごめんなさい、気をつけるわ? …って」


 謝罪を伝えようとしたのに、横にはテーブルに突っ伏してイビキをかくイワビーがいた。


 もぅ… 調子狂うわね…。


 寝ているものは仕方ないのでまた横目で彼を見ると、彼は彼で男性陣に絡まれている様子だった。


 気になる…。

 

 私はどんな話をしているのか気になりこっそり席を移動して声が聞こえる位置まで近付いてみることにした。


 聞き耳を立てるなんてなんだかとてもいけないことをしてるみたいでドキドキしたけど、お酒の力で少しだけ大胆になっていたのかもしれない。




 でも、聞かなければ良かったなって…。




 男性の一人が彼に尋ねた。


「なぁおい?いろんなアイドルと直接やり取りできていいね~あんたは?個人的に仲が良い子とかいないの?」


「バカ言っちゃいけませんよ、みんなキラキラして眩しすぎる、煩悩退散」


「「ハハハハハッ!」」


 男の子って感じの会話と言えば良いのか、ちょっぴり変な会話内容だと思った。

 ただ彼からすれば私達はとても眩しい存在で、話せるだけでありがたいって思ってるみたい。


 私からすればあなたが眩しいのに。


「でもいるでしょ気に入ってる子とかさ?アイドルの彼女とか作るチャンスじゃんよ?どうなの?」


「やめてくださいよ~… 僕はアイドルとは付き合えませんね、ちょっと無理っす」


 え…?


 今のは彼が言ったの?って思わず耳を疑った、だって今… それってつまり…。


「なんで?いいじゃんアイドル一人占めできるなんて?」


「そこがダメなんですって、みんなのアイドルなんですよ?それを一人占めしたらまずファンに恨まれる、それから人気を落とすことになる、僕のせいで… とにかく苦労するんですよお互いに、だからアイドルとは付き合えませんね」


「なるほどな~お互いに利がないって?」


「利が無いって言ったらアレですけど… まぁそんなとこです」




 何かバラバラと崩れ落ちる感覚があった。


 手元にあったお酒をグッと飲み干しても誤魔化せないなにか。


 じゃあ… 私は何のために練習していたの?誰の為に頑張っていたの?


 始めの目的と今の目的が変わっていることなんてわかっている、けれど彼の言葉は容赦なく私の心を打ち砕いた。


 私は今フラれたんだ。


 直接面と向かったわけでもないのに、ただ好奇心で聞き耳を立てたたらたまたまフラれた。


 彼の言葉は…。


 私がいくら頑張っても彼の目が私には向かないことを意味している。


 私がどれだけ上手に歌を歌っても、どれだけ上手に踊りを踊っても、どんなに魅力的でどんなに輝いていたとしても。


 彼は仕事でしか私を見ることはない。



 私がアイドルだから…。



 私はロイヤルペンギンのプリンセス…。



 アイドルでいる限り女の子にはなれず。


 女の子に戻るにはアイドルではいられない。


 どうして私は悩んでなんかいるの?


 アイドルは私の夢だったのに…。






 最近、よく振り付けや歌詞を間違える…。


 教える側にいたはずの私がみんなの足を引っ張ってる。


「プリンセス?なんだか最近調子が悪そうだけど何かあったのか?」


「具合でも悪いんですか?少し休んだ方が…」


 足を引っ張ってるばかりか、こうして心配を掛けては「何でもない」と突き放している。


 私、最低だ…。


 自分勝手にも程がある。


「おいおいプリンセス?みんな心配してんだぜ?そんな言い方ねーだろ?」


「ジャパリマン食べる?」


 イワビーの言う通りなの、こんなのダメだ… 足を引っ張って変に意地張って私バカみたい。


 全部私が悪いの、私が勝手に落ち込んでるだけ、だからお願い… あまり優しくしないで?


 私はみんなに心配されるような子じゃない、だから優しく言葉を掛けられる度に胸がチクチク痛む。



 少し、一人にさせて?ごめんなさい…。


 

 それを伝えると私は一人自室に籠った。







 一人になって考えて、私は思ったことがある。


 ファンの為とかではなく、彼に振り向いて貰いたいだけにアイドルをしてる私なんて最早アイドルの資格なんて無いのではないだろうか?


 私は彼が好きだ、もう誤魔化しようのないほど気持ちが大きくなって心の大半は彼への気持ちで埋まっている。


 肝心の彼は私のことなど眼中に無いのかもしれない、私がアイドルだから。


 もうプリンセスとしてやっていくことができないのなら、それならいっそのことただのロイヤルペンギンのフレンズに戻り彼にこの気持ちを伝えるべきなのかもしれない。


 彼はアイドルとは恋愛できないと言ってた、でも私がアイドルをやめるからといって絶対に彼と良い関係になれる訳ではないのはわかっている。

 でもこれではあまりにも苦しい、彼と対等な立場になるのが彼が振り向いてくれる資格なら、アイドルプリンセスとしてやっていくのに支障が出ている今そうするのが正解なのではないか?


 こう考えている時点で、私はもうアイドルではない…。


 決めた…。





 これから二人だけで話したい。


 そう彼に伝えてからお互いのその日の予定が全て済んだ時、私達は物置に使われている狭い一室でこっそりと会うことにした。


 マーゲイにもメンバーの誰にも内緒だ。


「お話ってなんですか?」


 彼もこれがどういうシチュエーションなのか本当はわかっているのだと思う、でも敢えて知らない振りをして私にこう尋ねている… そんな気がする。


 でも私はここまできたら回りくどいことは言わない。


「アイドル… やめようかなって」


「えぇ!?プリンセスさんが!?なんでまた!?」


 本当に驚いたのだろう、彼は密会であることを忘れて大きめの声で驚愕を露にしていた。


 本題はそこではない、その理由を彼に伝えなくてはならない。


 息を吸い、思いきってヤケクソになったみたいに私は…。



「だってアナタのこと好きなんだもの!もう最悪よ!練習だって全然手に付かない、みんなの足を引っ張っりながら頭の中はアナタのことばっかりよ!アイドルとしてじゃなくてアナタに見てもらいたからって理由でしか頑張れなくなったわよ!でもアナタは… アイドルじゃダメなんでしょ?だからやめるの…!」



 こんなこと彼なら初めてではないと思ってたけど、なんだかとても意外だったのか更に言葉を失っているような様子で私を見ていた。

 

 私の気持ちは伝えた。


 後は振るなり受け入れるなり好きにして頂戴… どちらにせよもう私はプリンセスには戻れないの。



「僕の為に… やめるんですか?」


「それもあるけど、単にこのままでは前みたいに真面目にアイドルできないって思ったの…」


「そうですか…」



 それは返事とは言わない、どっちでもいいから早く教えてよ。


 せっかく勇気出して告白したのに、バカみたいじゃない…。



「僕もプリンセスさん好きですよ」



 は…?

 アナタ何を言って…。



「コウテイさんもイワビーさんもフルルさんもジェーンさんもそうです、PPP大好きなんですよ」


「何よ… 気が多いのね?」


「アイドルって凄いですよね?あんなにキラキラ輝いてみんなに夢を与えて、そんな皆さんの魅力をもっとファンに伝えたくてこの仕事に付きました… 確かに僕はアイドルとお付き合いする気はありません、でもそれは僕が臆病だからですよ?

 とても輝いてるアイドルの誰か一人でも僕が独占したら、きっとその輝きが僕のせいで鈍くなってしまいます… 輝いていてほしいんです、僕の為なんかじゃなくみんなの為に…」


 

 そうよね… わかってた…。


 アナタが優しいことくらい知ってたわよ、私のこと傷つけないようにフッてくれるんだろうなって。



「人一倍努力して、人一倍輝いてる… 僕の好きのプリンセスさんは、そんなプリンセスさんです」


「もう違うわ… もう戻れない…」


「そんなことありません!」


 彼は突然、私の肩をがっしりと掴み真剣な眼差しを向けた。

 背の高い彼との身長差がハッキリと分かる、手の大きさや力強さ… 目を見れば、真面目に考えてくれてるっていうことも。


「僕のせいであなたがやめるなら、僕もこの仕事はやめます!」


「はぁ!?何を言ってるのよ!関係ないじゃない!」


「あります!アイドルの輝きを奪った罪です!重罪です!」


「それは私が勝手に…」


 何を言い出すかと思えば私のせいでアナタもやめるって?バカなこと言わないでよ、なんでそんなことを?アナタこの仕事好きでやってるんでしょ?なんでやめる必要なんてあるの?


「同じですよプリンセスさん?アナタがやめるって言うのも僕がやめるというのもつまりそういうことです、僕がこの仕事を好きなようにあなたもアイドルが好きでそれが夢だったはずだ!」


「でももうできないのよ!アイドルより恋を優先してる私がいるんだもん!」


「じゃあもっともっと輝いて僕の目線を釘付けにしてくださいよ!恋愛するつもりないなんて言いましたが、アイドルに好きだと言われていい気にならない男なんていやしませんよ!」


「それでもこれは叶わない恋じゃない!いつまでもアナタを想う私の気にもなりなさいよ!」


 ケンカ… 言い合い… そんな風になってきてしまったけれど、別にいがみ合ってる訳じゃない。


 思ってることお互いにぶつけ合ってさらけ出してる。


 どこか高揚感のようなものを感じたのも事実だった。


「叶わないなんて誰が決めたんですか?」


「だってアナタがアイドルとは付き合わないって…」


「今はそうですけど、プリンセスさんが僕のこと好きなのはこれでわかりましたし、仕事の関係で顔を合わせることも多いんですよ?気が変わるかもしれないですよ?」


 なによ偉そうに… 私がアナタのこと好きだからってズルいわそんなの。


 そんなこと言われたらやめられないじゃない…。


 アナタのことも好きだけど、アイドルは私の夢だもの。


 頑張りたくなってくるじゃないの…。


「僕の為だって言うなら今はそれで構いません、最高の演出でサポートして見せます!アナタはアイドルPPPだ、僕を振り向かせてくださいよ!」


 なによもぅ… アナタなんなのよ…。


 よくわかんないけど、だから好きなのよ。


「もぅ!わかったわよ!見てなさいアナタ!すぐに釘付けにしてやるわよ!次のライブでもしっかり引き立ててよね!頼んだわよ!」





 それからアイドルとしての自分を取り戻した私はまたバリバリと練習を始めた。


「プ、プリンセス?ちょっと休もーぜ?なに張り切ってんだよ?」


「元気になったのはいいが… 少し飛ばしすぎじゃないか?」


「ふぇ~… でも、これでこそプリンセスさんですね?」


「そろそろご飯にしよーよ~?」


 こんなことみんなに言われたけど、なに言ってるのよこれからよって言い返してやったわ、だって大事な目標があるから。


 彼を振り向かせるって大事な目標が。



 大空ドリーマーにこんな歌詞がある。



 PETA PETA 心触れ合って

 PUN PUN よそ見はしないで


 いつも私だけ愛して



 私がこれを歌う時、その時だけはアナタに向けて歌うから。

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