やめられないのである
私はマイルカ、楽しいことが大好きなフレンズ。
皆からはマルカと呼ばれてる。
フレンズなのでこんな姿だけどイルカなので言わずもがな海に住んでいる、普段はバンドウイルカのドルカやシナウスイロイルカのナルカ、それからイッカククジラのイッカクにお母さんことシロナガスクジラと楽しい毎日を送っているのだけど…。
実はそんな私、マイルカは最近ハマッていることがある。
こんなことは皆には理解されていないのだけど私にはこれが楽しみのひとつ、楽しいことはやらなきゃ損がもっとーの私には欠かせないことである。
あ!見付けた!
海を漂う私はソレを見付けると猛スピードでそこまで泳いだ、魚達が群がるそこに到着するとまずは黙って待つ。
これがまたドキドキしてやめられないのだ、きっとここにいるお魚さん達にはわからないであろうこれから起こる衝撃展開に今私は胸を躍らせている。
きた!
その時、突如私の体は何かに引き寄せられように海面へ向かい始める、成すがままに浮上を始める私。
お魚さん達と一緒に上へ上へと連れていかれる… そう、なんの前触れもなく急にくるこれがまた堪らないのだ。
やがて海を出て動きが止まると私は宙吊りになりユラユラと揺られる、そしてそこには身動きも取れぬほど魚達に包まれ宙ぶらりんになった私に向かい声を掛ける人がいる。
「あぁ!?なんだお嬢ちゃん!?また引っ掛かっちまったのかい!?」
そうこれ、私はこれがやめられないのである。
捕まっちゃった~♪
なんて笑顔満天に私は答えた、彼はそんな私を見て少々焦りながらもニコニコとしながら言うのだ。
「いやぁ~悪い悪い、お嬢ちゃんがいるなんて知らなかったんだ?ホントだよ?にしてもよく引っ掛かるねぇ~?網が見づらいのかい? …ん?これは寧ろいいことか?お嬢ちゃんにも見えないなら魚にゃ見えまい」
彼は漁師のおじさん。
そう、これは所謂漁というやつ。
お魚を沢山捕って陸のみんなも食べれるようにしてくれているのがこの漁師のおじさんの仕事である。
そして私、マイルカはこの網にわざと捕まり海面に浮上しては彼の顔を見て言うのだ。
捕まっちゃった~♪
そんな私をビックリしながら船に上げてくれて彼は…。
「ほれ、今出してやるからな?」
このようにいつも優しく私を網から解放してくれる、私は彼に会うのが楽しみで仕方がない。
そう私、マイルカは!
これが!
やめられないのである!
待っている瞬間が~?とか持ち上げられた時の浮遊感が~?とかいろいろと細かい理由をさっきはべらべら述べてみたけれど。
何よりも彼、このおじさんのビックリする顔や反応が面白くてつい捕まりにいってしまう。
こんなことをして楽しんでいる私はいけない子なのかもしれない、事実ドルカやナルカを誘って捕まった時はあんまり面白そうにしていなかったし「邪魔してごめんなさい」っておじさんに沢山謝っていた。
イッカクに話しても人をからかうのは良くないって言うし、お母さんもおじさんの邪魔をしてはいけませんって私をやんわりと咎めていた。
だけど…。
「しかしよく掛かるね~?まったくしょーがねぇなぁ?そんじゃ一緒に飯にすっか?」
やめられないのである!
別にみんなと遊ぶのに飽きた訳ではない、普段の遊びは普段の遊びで楽しいと思っている。
私が彼の網に掛かって遊ぶのはビックリした顔が面白いからとか彼が優しいからとかご飯をくれるからとかもそうなのだけど勿論それだけではない。
ビックリしたおじさんは面白い、確かに面白い。
けどそんなのただのついでなの… 始めた理由はただの好奇心だった。
あの網は何?って前から気になっていたのだけど、お母さんやイッカクは「危ないからダメ」って近寄らせてくれなかった。
でもダメと言われると余計に気になってしまうものだ、私はこっそり近付いてはじっくりとそれを眺めることにした。
お魚さんが沢山集まってる… 不思議な網だなぁ…。
なんて思ってボーッとしてた時だ、その網が私達を包み込み海面へ浮上し始めたのだ。
しまった!
ってその時お母さん達の言ってた「危ない」って言葉を思い出した、どうしようどうしようって身動きが取れないまま私はだんだん恐怖を感じ始めていた。
怖い… 怖い… 怖いよ…
そしてついには海面を出て宙吊りになった私は恐怖のあまり思わずぎゅっと目を閉じてそこに縮こまっていた… でもその時だ。
「うわ!?なんだおい!?フレンズか!?大丈夫かい?今出してやっからな!」
彼は私を船の上に下ろすと丁寧に網を退けてくれた、お魚と一緒に解放されると「大丈夫か?」ってたくさん心配してくれて、すぐにこの人は優しい人なんだってわかった。
そしたらいつの間にかぜんぜん怖くなんかないって思ってすぐに立ち上がることもできるようになって…。
私は彼のお仕事の邪魔をしてしまったけれど、彼はそんなこと気にも止めず「怖がらせてごめん」とか「怪我はしてないか?」とか逆に身を案じてくれる。
彼があんまり優しいので、いつしか私は網を見るなりわざとそれに掛かり彼に会いに行くようになった。
いろいろ楽しんではいるが何より“彼に会うこと”、それが今の私のマイブームなのである。
ちなみに… 何もその為に彼の邪魔ばかりしてるわけでない、私だっていけないことしてることくらい本当はわかっている。
だからちゃんとお詫びもする。
「じゃあお嬢ちゃん?頼めるかい?」
おじさんがそういうと元気よく返事をして私は再び海中へ。
再び網が投げ込まれたのを確認すると私は縦横無尽に海を泳ぎ回る、そしてそこへ…。
いいよ!
準備ができると大きな声でおじさんに合図を送る、「よしきた!」と網を上げ始める彼。
その網にはたくさんのお魚さんがぎゅうぎゅうに敷き詰められている。
「お、いいね~!今日も大量だ!サンキューなお嬢ちゃん?」
何をしてるって?もちろんお魚さんの群れを網まで誘導してあげているのだ。
たくさん捕れるとおじさんが喜ぶ、陸に住むみんなもお魚にありつける。
私は彼に会って楽しい気分になっているのだしこれくらいはお安いご用、それに私だって彼が喜ぶところを見ると自分のことにように嬉しい。
お仕事の邪魔をしてしまったお詫びでもあり私だけ楽しくさせてもらってるお礼。
もちつもたれつ?というやつである。
でも最近は少し悩みがある。
「いつも悪いなお嬢ちゃん?網に引っ掻けて漁まで手伝ってもらってよ?」
彼は、私がうっかり捕まってると思っているのでこうして謝ってくる。
いつも言おう言おうと悩むのだが、もしわざと捕まって仕事の邪魔してるって知られたら私はおじさんに嫌われてしまうかもしれない。
嫌われたくなんかない、そんなの全然楽しくない。
誰かに嫌われたくないってそう考えるのはきっとみんな同じだと私は思ってる。
だから言えない… 彼に嘘なんかつくのは辛いけど私は本当のことが言えない。
だから今日も笑顔で答えるのだ。
楽しいから大丈夫だよ!
こんな私を、とても悪者な嘘つきマイルカのマルカだと彼が知ったら…。
そしたらもう二度と彼には会えないんだと思う、最近はそう考えると彼と別れてみんなのとこに帰った後少し暗くなってしまう。
「マルカどうしたの?なんだか元気がないわぁ?」
お母さん… シロナガスクジラだ。
浜辺で小さく座り込む私を見付けるとお母さんもその隣へ、クジラのお母さんは大きい。並ぶと私の小柄な体が余計に際立ってしまう。
でもそんなお母さんは私が落ち込んでいると包むように抱き締めてくれる。
今もそう、優しく私の頭を撫でながら母さんは言った。
「悩みがあるなら聞かせて?お母さんに上手に答えられるかはわからないけどぉ」
少し、言いにくいと思ってしまった…。
だって私がやってるのは彼の邪魔だもん、お母さん達が「ダメよ?」って言ってたことを私は楽しいからって続けてる。
きっと一方的に否定されてしまう。
だから怖くてとても言えなかった。
「言いにくいことなら無理に話さなくてもいいのよぉ?だけど、みんな家族なんだからね?辛いときは無理しないで頼ってね?いい?」
その優しい言葉を聞いて小さく頷いた私はぎゅっとお母さんにしがみつき、その時お母さんは私にすりすりと頬擦りをしてくれた。
そしたら、なんだかほんの少し気が楽になった。
そして数日後。
やはりちゃんと言うべきだ。
ある日そう思い立った私、マイルカはいつものように彼の船を探していた。
見付けた!
悪いと言いつつまた網に掛かり浮上する私、いつものように宙吊りになるといつものように彼が言う。
「どぅぉわ!?ビックリした!?お嬢ちゃん今日も引っ掛かっちまったのかい!?」
捕まっちゃった~♪
なんて今日は言わない、いつになく真面目な顔をして現れた私を見てすぐに網から解放してくれた彼は心配そうに尋ねてくれた。
「どうかしたのかい?今日は元気無いな?」
私はその場に座り込み、じっと黙ったままスカートの裾をぎゅっと握っていた。
言わないと… でもおじさんが優しいからって許してくれるとは限らない、でも悪いことしてるのは私だもん、ちゃんと言わないと…。
謝らないと…!
「なんな怒らせちまったかなぁ… ごめんなお嬢ちゃん?いっつも引っ掻けて嫌だったよな?」
ほら優しい… 優しいけど…。
それじゃダメなんだよ!
だから…。
「おじさんごめんなさい!」
顔を見れなかったので目を閉じたまま、今まで私がわざと捕まっていたことを彼に洗いざらい話した。
おじさんに会うのが楽しくて、いつもわざと捕まりに行っていた。
私が網に引っ掛かってるとおじさんはビックリして慌てて助けてくれて、その後お話したりご飯食べたりしてお仕事手伝ったりしてすごく楽しかった。
おじさんに会うのが楽しかったからわざと捕まってました。
いつも邪魔してごめんなさい。
すると…。
「ハハハ!なんだ?そんなこと気にしてたのか?」
そんなこと?
いくら優しくてもさすがに怒るかと思ってた、だから笑って許してくれる彼が意外で私は座り込んだままポカンと彼を眺めていた。
「知ってるよそれくらい?だってわざとらしく“捕まっちゃた~♪”だもんよ?そりゃわかるさ?」
本当に意外だった、だって捕まる度に「ごめんな」って謝ってくれるし全然そんな感じじゃなかったから。
知っていたならどうして何も言わなかったの?
「お嬢ちゃんが楽しいならいっちょ騙されてやろうかって思って慌ててたのさ?まぁいきなり現れるからビックリしてたのは認めるけどな?」
これは一本取られたみたい、でもよかった… 最近の胸のつっかえが取れて明日からはまた楽しめそう、やっぱりなんでも素直にならないといけないんだね?その方が楽しいよ。
おじさんは座り込んだ私の前に少し屈むと優しく頭を撫でてくれた。
「迷惑なんかじゃあねぇよ?お嬢ちゃんいつも仕事手伝ってくれるからおかげさんで大漁だ?腕がいいって市場じゃ有名なんだぜ?だからいつもありがとうなお嬢ちゃん?」
逆にお礼なんて言われたもんだから照れ臭くなってしまった。
その時つい頭から潮を吹きおじさんの顔に直撃させてしまったけれど彼は「水に滴るイイ男ってな?海の男にゃちょうどいいぜ!」だって?よくわかんないけど面白いので笑った。
よかった!これで気兼ねなくおじさんと会える!また引っ掛かろーっと!
でも、そう思ってニコニコしてた私に彼が静かに言ったのだ。
「なぁお嬢ちゃん?今までありがとうな?」
今まで?
まるでどこかへ行ってしまうようなことを彼は言うのだ、よくわからなくって私はただ彼の顔をぼんやりと眺めていた。
「実は明日から別のエリアの海に行くんだ?ホッカイエリア、あっちで人が足りねーんだとよ?そんでおっちゃんお嬢ちゃんのおかげで注目されてっからよ?助けてほしいって言われちまってな… パークの漁師は辛いねぇ?」
え? え…?なんで?
おじさん行っちゃうの?もう会えないの?
せっかく謝って許してもらったのに、これからいっぱい会えると思ってたのに…。
「だからなぁ… 実は今日は海に出る予定じゃなかったんだけどよ?お嬢ちゃんには世話になったから会いに来てくんねーかな?って思って網投げてたんだよ?そしたらこうして会いに来てくれた、ありがとうなお嬢ちゃん?本当にありがとう、他の漁師さんに迷惑かけんなよ?家族も心配してんぞ?」
それを聞いたとき、嫌だともいってらっしゃいとも何も言えず…。
私はただ泣くことしかできずに海に飛び込んだ。
彼は最後まで船の上から私を見ていてくれた。
けれど私はそんな彼に目もくれず深く深く潜っていき、それからやがて落ち着きを取り戻すことはできたのだけど、その時すでに彼の船はなかった。
落ち込んだまま家族の元に帰った。
「マルカ?お母さんから聞きました、何をそんなに落ち込んでいるの?」
ナルカだ、私は心配して来てくれたナルカにも何も言わずただ膝を抱えて俯いていた。
おじさんが行っちゃった、せっかく仲良くなれたのにもう会えなくなっちゃった…。
こんなに苦しくて悲しいのはなんで?
「そう… ねぇマルカ?そんなことしてて楽しい?」
何が「そう…」なのか?怒る気力もないけれどこれだけは言える。
ちっとも楽しくなんかない。
「楽しいことはやらなきゃ損なんでしょう?じゃあ今あなたが一番したいことってなにかしら?」
私が今一番したいこと…。
「みんなには言っておくから、いつものマルカらしく自分に正直に動いてみたら?どうですか?できる?」
ナルカはエコロケーションがとても上手、私が言いたいことは口に出さなくてもちゃんとわかってるみたい。
だから私は立ち上がり、ナルカに向かって言ったのだ。
「いってきます!」
ホッカイエリアは北国の気候で有名、場所によっては流氷もあるし雪だって降っている。
漁師である彼らにも過酷な環境ではあるが、彼らはその分腕も良く屈強な精神力を持っているのだ。
そこに一人、このエリアに来たばかりの新入り漁師がその過酷な環境の洗礼を受けていた。
「くっそー!?さすがに寒すぎるぜ!終わったら温泉に直行してやるぞバカ野郎この野郎め!」
文句など口走りながらも彼は仕掛けた網を上げて船の上へ…。
そこには。
「えぇあ!?なんだおい!?マジか!?」
網にはフレンズが掛かっていた、彼と目が合うと彼女は宙釣りにされながら答えた。
「えへへ… 捕まっちゃた~♪」
やっぱり、これがやめられないのである
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