p(・∀・`)q
僕には行き付けのカフェがある、静かで落ち着く場所なんでよく逃げ込ませてもらっている。
なんでもここは二号店らしく、本店は高山の頂上にあるんだとか。あんな高いところなら雲海がさぞかし綺麗なことだろう、いつか是非来店したいと思っている。
でも今は…。
その為に勉強だ!勉強!勉強!勉強!あぁもううんざりだ!?昔からそう、苦手なんだよこういうの!
今更やりたくもない勉強なんて何のためにするかって?それは勿論、飼育員試験に合格して担当のフレンズを持つためさ。
勘違いしないでほしい、動物もフレンズも好きだが勉強というガチガチに凝り固まった知識を頭に淡々と詰め込んでいくだけの行為が嫌いなのだ、もっと楽しく学びたい。
そう僕は動物が好きだ、本土に居た頃は一人で公園の鳩達にエサをやり「うまいか~?」とか言ってた。
それ故奇特に見られることもあり友達が少ない、そんな僕は公園の鳩や動物園の動物達に向かって色々悩みとかを話していた。
勿論彼等は理解して聞いてくれている訳ではないだろう、向こうは「あの人間なんか鳴いてるわ」とか思ってるかもしれない。
でも個人的には昔行った水族館にいたシロイルカには超音波的な物で通じてるって信じてる。彼等は頭がいい、きっと僕よりも。
そしてそんな生活をしていたある日見付けたのだ、ジャパリパークの短期間住み込み派遣清掃バイトの募集を。
そうしてバイトでパークにまんまと住み込むことに成功している今、ここのスタッフさんとも仲良くなり僕は新たな目的を手にしたのだ。
そうだ、飼育員になってここに永住しよう。←使命感
フレンズ達なら意思の疎通もできる、皆個性が強いので僕が向こうで動物達に話しかけるみたいに話はできないし寧ろこっちが聞き役みたいになったがそれはいいんだ、とにかく動物達と話せる、ここはまさに楽園だ。
勉強なんて大嫌いだぁー!でも!絶対合格してやるぜぇー!?うぉぉぉ!?
僕は来たるべき決戦に備え行き付けのカフェで参考書を開き勉強漬けの日々を送っていた。
「カプチーノです」
コトッ とそこに注文したカプチーノが置かれた。
ありがとうございますと簡単に返事を返すと彼女はカウンターの方へ戻っていく、今日はマスターが居ないので店番は彼女だけのようだ。
そんな彼女、カプチーノを置いてくれたのはウェイトレスをしているフレンズさんでとてもおとなしく目付きが鋭い子。
確か、ハシビロコウさん。
僕は元動物のハシビロコウも動物園で見たことがある、立派なクチバシに鋭い目付き。
あのサイズは見ていて迫力があった、あまり動かない鳥なので羽ばたいたところを見れた僕はラッキーだと思う。
ところでこちらのハシビロコウさんなんだが…。
「…」ジー
いつも見られてるんだよなぁ… 何故だろう?というのは恐らく僕が迷惑な客認定を受けている可能性が考えられる。
ここは静かだ、騒がしい本土のファミレスとは違う。
モダンな雰囲気の中美味しいカプチーノを飲みながらフレンズ観察ができる僕の行き付け。寮で落ち着けない僕はよくここに逃げ込んで勉強をしている、カプチーノを一杯だけ頼んで。
迷惑な客だろう。
ガヤガヤと客が押し寄せてくるタイプの店でもないので全席が埋まることなんてそうないのだが、カプチーノ一杯だけ頼んで参考書開きノートにガリガリ書き写してる僕は正直「家でやれよ」と思われて然りだ。場所を取っているのだからお店にしてみれば良くない。
ここで彼女を見ていて気付いたんだ、これまでの僕は周りを見ているようで自分しか見えていなかったのだと。
だから唐突だが今日で最後にしようと思う、これからは図書館とか寮でやります、すいませんでした。でもここ好きなんでまた来てもいいですかね?カプチーノ美味しいですいつもありがとうございますハシビロコウさん。
今日で最後…。
決めるとやはり少し悲しい、そもそも僕がパークにいられるのもあと数日なのだ、次に訪れるのは試験日。
なので今日だけ長居を許してくださいハシビロコウさん、お願い睨まないでね?
こんな落ち着く空間でガリガリとノートを取る僕、勉強とは僕にとって只でさえ神経をすり減らす行為なのにここじゃなかったらどうなるだろうか?発狂死してしまいそうだ。
困ったなぁ… でもハシビロコウさん達を困らせるつもりなんてないのでちゃんと己の決めたことに責任を持たねば。
「ありがとうございました」
他のお客さんが帰ったらしい、カランカランとドアのベルが鳴り小さく会釈してお見送りをするハシビロコウさんが見えた。
そうしてお客が帰ると、お店にはやがて僕と彼女だけが残った。
「…」ジー
くっ… 見られている!ごめんなさい!あと一時間ください!今日で最後にしますから!これ本当!
かなり気になる、気にしていないフリをしているが凄く気になる。
そうして変な雰囲気を作りながら必死に知識を頭に詰め込んでいた… どれくらいの時間そうしていただろうか?短いかもしれないし長いかもしれない、わからないが気付かなかったのだ。
彼女が既に僕のテーブルに接近していたことに。
すると。
コト…
とテーブルに何か置かれた時ようやく僕は彼女に気付いた、そこにはコーヒーカップ… 何が起きたのかと驚いて沈黙してしまったがまず最初に思った。
あれから何も頼んでませんよ?と。
ふと見上げるとそこには当然のようにハシビロコウさんがいて、お盆で半分顔を隠して目は珍しく泳いでいたのがわかった。
様子を見るに注意しに来た訳ではなさそう、ではなんだろう?もう一度カップに目を向けてみた。
おや?これは?
“p(・∀・`)q”
こんなのがカプチーノとおぼしき飲み物に描かれている、これは所謂そう… ラテアートだ。
どういうことなのか知りたいのでもう一度ハシビロコウさんに目を向けてみた。
「…///」
今度はお盆に完全に顔を隠している、やがて僕に向かい小さく頭を下げると小走りでカウンターに逃げて行ってしまった。
あ… え?がんばれってこと?
じゃなくて驚いてる場合か!こういう時はお礼を言うんだよ!バカ!
「あの!?」
声を掛けようとしたのだけど既に奥に引っ込んでしまった、僕のバカ。
だが今回の件でわかったことがある。
僕は別にうざい客として彼女に睨まれていたわけではなさそうだ、よって心置きなく来店することができる。
それと、彼女は奥に引っ込んだが僕が出るとき支払いをしなくてはならないので彼女は逃げても無駄であるということ。どーせ顔を会わせなくてはならない。
わからないのが…。
それならばなぜ睨まれていたのかということ、そしてこのラテアート付きカプチーノはサービスなのか?ってことだ、2杯分の料金を払うのは別に可能だ、迷惑かけてるしそれくらい払わせてほしいとすら思う。
彼女は口数が少ないので真相を知るのは困難に思えるが、もしもだ?もしかするとこれは彼女が勉強漬けでヤバい顔をしていた僕を見て気にしてくれたのでは?
この考え方は別におかしくないはずだ、実際勉強に必死なのだしハシビロコウさんだって目付き以外は優しい子だということくらい常連の僕にはお見通しだ。
僕はこの日、カフェに来て初め彼女に話しかけてみることにした。
「あのすいません?」
何か注文するわけではない、トイレの場所も知ってる、まだ帰るつもりもない。
やがて俯き気味にハシビロコウさんが現れた、制服すらモダンでお洒落なカフェの制服姿、エプロンがよく似合っている。
「はい…」
驚いているのか目が合わないが、僕は構わず彼女に言ったのだ。
さっきのは頂いてもいいんですか?ラテアートお上手ですね?いつも長居してごめんなさい、ここは居心地がいいんで勉強が捗るんですよ?勉強なんて嫌いなんですけどね?
ハハハ… なんて最後に小さく笑いながらそう伝えた。
そう、僕は彼女と話すのは今日が初めてだ、普段は…。
いらっしゃいませ
カプチーノ1つ
かしこまりました
カプチーノです
ありがとうございます
お勘定お願いします
はい、250円になります… ありがとうございました
ごちそうさまでした
この程度、会話というほどではない。
こういうところにくれば大抵これに似た会話があるだろう、社交辞令とでも言えばいいのだろうか?
でも今日は違う、僕は彼女に話しかけたのだ… ほんのお礼を言うつもりで。
僕の言葉に少し黙り込んでいたが、彼女はやがて口を開き答えた。
「あの… いつも頑張って勉強してるから… サービスです、どうぞ?」
今更気付いたのだが、彼女は照れ屋さんだったのかもしれない。
こうしてしどろもどろながらも答えてくれた彼女を見るに間違いないと思う。
それから僕はカウンター席に移り勉強などそっちのけで彼女とお喋りをしていた。
聞くと、じっと見てしまうのは話しかける期を伺っているらしく癖らしい。
目付きが鋭いのも本人は少し気にしており、加えて上手く話しかけられないので睨んでいるように見られがちだそうだ。
話してみるとなんだか可愛いなぁ?なんて… そして彼女は話しかけるのが苦手で何を話したらいいかもわからないらしい、それならばとこちらから積極的に話しかけていくことにした。
正直僕も人に話しかけるのは苦手だ、動物にばかり話しかけていたツケが回ってきているんだろう。
でも話しかけても答えてくれない彼等との経験が今生きている気がする、相手は意志疎通の可能なフレンズだが。
僕は彼女に向かい、まるであの頃のように自分のことをいろいろ話すことができた。
僕の話を聞いている時、彼女は黙って聞いてくれてたまにニコッと笑ってくれたり相づちを打ってくれたりする。
ここに来たのは短期の清掃アルバイトなんですとか、勉強してるのはパークで飼育員になりたいからなんですとか。
本土ではこうでしたとかこんな性格なので友達が少ないですとかたまに仕事のグチなんかもつい話してしまった。
それでも彼女はじっと僕の目を見て黙って相づちを打ってくれる。
話す中でたまに彼女に尋ねるのだ。
ハシビロコウさんはカフェで長いんですか?
「えっと… 実は私もただの一時的なお手伝いで、こんなお仕事したのも初めてで…」
にしては上手なラテアートでした、ああいうの得意なんですか?
「時間が空くことも多いから、練習してたらできるようになって…」
ありがとうございます、美味しく頂きました。
「喜んでもらえて… よかった…」
楽しい。
その一言に尽きる。
女性とこんな風に喋ったことなど無いのになぜこうも話が弾むのか?いや一方的に話しているだけなんだが。
たけど楽しい時間ってあっという間、その時間は唐突に終わりを迎える。
突如カランカランとベルが鳴ったのだ、お客が来たようだ。それと同時に僕らもハッとする。
「あ、いらっしゃいませ!」
どれくらい話してた?彼女は仕事中だ、二人きりとは言えずいぶん邪魔をしたのでは?
だから僕は慌てて席に戻り筆記用具や参考書を片付けて帰る準備をした。
「お勘定、お願いします」
「あ… はい、250円になります」
いつもの社交辞令のはずなのだが…。
「ありがとうございました…」
何故だかやけに寂しい気持ちになった。
それからもカフェには足を運んでいる。
僕は一応マスターがいるときは彼女とは話さないようにしている、やはり仕事の邪魔はいけないと思ったからだ。
でもあの日からいつもと変わったことがある。
“p(・∀・`)q”
これだ、カプチーノには毎回これが描かれるようになった。
気付いたら勉強なんてそっちのけで彼女を目で追うようになっていた、向こうも1度話すと少し慣れてくれたのか目が合うとニコッと笑ってくれる。これか秘密のアイコンタクトみたいで僕はニヤけっぱなしだ。
ダメダメ勉強しないと… って少し集中してるとたまに視線を感じることがある、ふと目を向けるとその正体は彼女。
「…!?」
見られていたのはいつものことだが最近はこうして目が合うと慌てて逸らされてしまうのだ、それが気になって僕はまた彼女を目で追ってしまう。
勉強どころではない。
そうしてハシビロコウさんばかり見ている毎日が過ぎていき、やがて仕事の契約期間が終わりに近づいてきた。
その日は突然やってくる。
もう明日だ…。
今日で実質仕事は終わり、僕は明日の朝船に乗りパークを出ていく。
だから僕はこの日最後のカフェに訪れた。
カランカラン… と聞きなれたベルの音、すぐに彼女の声がした。
「いらっしゃいませ… あ、珍しいね?こんな時間に… カプチーノ?」
今日は一人の日らしい、カウンターに座るとすっかり慣れた様子で僕のカプチーノを用意する彼女をただじっと眺めていた。
「カプチーノです…」
「ありがとう」
“p(・∀・`)q”
今日もラテアートが僕を応援してくれている… が、今日は参考書もノートも筆記用具もない。
勉強のつもりで来たわけではないからだ。
「つい癖で、描いちゃった…」
「いつもありがとう、おかげで頑張れたよ?」
頑張れた、尤もここ数日は彼女で頭がいっぱいだったので勉強など手についていないが。
「「…」」
仲良くなる前みたいに沈黙が続く、息苦しくはない… でも、なんだか言葉が出てこない。
「「あの」」
「「あ…」」
「「そっちから…」」
「「あぁ…」」
向こうも何か言いたいらしい、僕も伝えなくてはならない。
今日で最後ですって。
だから覚悟を決めると僕は…。
「今日でバイト終わりなんだ、明日の朝一の船でパークを出る」
言った。
こんなに言いにくいことって他にあっただろうか?顔も見れやしない、考え無しで行動することが多い僕だけど、今回ばかりは思考が複雑な気持ちと一緒にぐるぐると回っている。
「だから、さよなら言いにきた」
返事はなかったので、このまま伝えたいことを全部話していくことにする。
「いつも美味しいカプチーノをありがとう、僕はもうこれないけど… これからもたくさんのお客さんに喜んでもらえるといいね?あ、でも君もお手伝いだったね?でもせっかくラテアートも上手なんだから続けてもいいんじゃない?接客も慣れたみたいだし… 勿体ないよ?常連の一人として言っとく」
顔が見れなかった…。
見ると泣いてしまうから、もちろん僕がだ。
カウンターでカプチーノに浮かぶラテアートを眺めながら涙を堪えて伝えたんだ、でもまだ言えてないことがある。
なんとか伝えたい… でもその時、強く視線を感じたんだ、彼女の視線。
意を決して顔を上げたとき思わず立ち上がってしまった。
だって君が泣いているんだもの。
その時君は涙ながらに言った。
「本当は… お手伝いとっくに終わってて… でもここでお仕事してたらあなたに会えるから… それで私…!」
もう考えるのも面倒だと思った、俺は珍しくよく喋る彼女が話し終わる前に両の手を包むように握った。
その時カウンター越しだったのだが、まるで彼女との間に隔てるものなんて何も無いようにすら感じていた。
「続きは言わないで?僕から言わせてほしい…」
君とよく話すようになって、いつの間にか勉強そっちのけで君のことばっかり考えていて… 勉強の為のカフェなんて口実なんだって自分でもすぐに気付いた。
睨むように僕を見る君の目が本当は凄く可愛らしいって気付いて、じっと人を見てしまう理由もなんか可愛いし… 目が合うと小さく笑い返してくれる君を見ると幸せだった。
だから聞いて?
「君が好きだ」
「私も… 好き…」
最後のカフェ、ドアにcloseの札を掛けた後… そこには僕達二人だけの空間ができた。
初めて話した時は黙って聞いてくれるだけだった彼女も、今夜はたくさん話してくれた。
夜は長い、だから彼女との時間に全部使いたい。
そう思った。
数ヵ月後…。
「ふわああぁ!いらっしゃぁい!よぉこそぉジャパリカフェへ~!あぁハシビロちゃんかぁ~!新しい方のカフェのお手伝いいつもありがとうねぇ!今日はぁ?飼育員さんと来たのぉ?仲良しさんだねぇ~!」
彼女は礼をすると首を左右に小さく振り、高山のカフェの店主アルパカに答えた。
「紅茶を1つ… それから、彼の分は私からカプチーノを淹れさせてほしいんだけど… いい?」
「ハシビロちゃんが淹れるのぉ?お仕事じゃないからいいんだゆぉ?」
「いいの、私じゃなきゃできないことだから…」
テラスからは雲海が見える絶景のカフェ。
そこには飼育員の制服を着た男性とハシビロコウのフレンズが仲睦まじく向かい合って座っていた。
彼のカプチーノには上手にラテアートが描かれている。
“p(・∀・`)q“
彼はじっとこちらを見る彼女の視線に気付くと小さく微笑み、そのカプチーノに口を付けた。
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