いい顔頂きました
「調子はどうだい?え?私かい?私は絶好調さ、それじゃ次はこれの仕上げを頼むよ?」
目の前にいるクール美人はタイリクオオカミのフレンズさん、作家のタイリク先生と言えばホラー探偵ギロギロで有名だってことは今更言うまでもないだろう。
僕が何故この美人先生を目の前に何をしているかというとそれは…。
「いいね最高だ、君がいると作業が倍は早くなるよ」
アシスタントというのをやらせていただいている。
なぜこうなったのか?もちろん漫画のアシスタントなんて本業ではない、僕は一人の研究員であり現地調査でパークをうろうろすることはあるが基本はデスクワークをしている。
アシスタントの仕事は学生の頃漫画研究部だったので一通りできるというだけ、こうなった切っ掛けはここ… 初めてロッジに訪れた時のことだった。
…
「ロッジアリツカへようこそ!」
ここのオーナーをしているフレンズ、アリツカゲラさんの案内で施設内の調査に入った。
ここにはどのような部屋があり、どのようなフレンズに適しているのか。
そんな調査から始まりデータを収集して持ち帰り更に詳しくまとめていく、必要ならまたロッジへ赴く。
先生と会ったのはその時だった。
「キリン?その時その子の後ろには何がいたと思う?」
「お見通しです!喋るセルリアンですね!」
「いいや… 誰もいなかったのさ?その子は確かに話しかけられたんだ、背中に何かピッタリくっついている感覚だってあった、でも誰もいなかった… その子は耳がいいんだよ?だから聞き間違いなどではない、ではそれは何だったのか?どこにいるの?ってその子は叫んだよ… すると彼女は背中にまた何かがピッタリとくっついた感覚を覚えすぐにに声が聞こえた “ここにいるよ、最初から” って…」
先生はアミメキリンのフレンズさんに怪談のようなものを聞かせて怖がる顔を見て笑っていた。
これはいつものことらしくアミメキリンさんは反応がいいので聞かせ甲斐があるとよく言っていた。
各言うこの僕も怪談の類いが苦手である、
途中からたまたま立ち聞きして最後のオチみたいなところを聞いただけなのに背中がゾクッとしたものだ。
先生の話し方が上手いのもあるのだろう、オオカミだから… というのは関係なく、彼女そのものの性格だと思われる。
「ひぃ!?」
と背中を気にして青冷めた表情で後ろを振り返るアミメキリンさん。当然背中には何もいないが、振り返った時に僕の存在に気付くと「ぴゃぁお!?」と変な声をあげて飛び上がった。
「アッハッハッ!もちろん冗談だよ?本当にいい顔をしてくれるね君は?それから… そこの君?キリンの反応に驚いてる顔が実にいいね?いい表情頂きました」
これが初めての出会い。
先生は人間の僕に興味が出たのか“いい顔”というのを堪能するとアリツカゲラさんと共に案内をしてくれた、便乗してアミメキリンさんもいる。
先生は最中も各部屋にありそうな怪談を話してくれるので僕は終始鳥肌が立っていた。
それでも一通りの調査が済んだ時先生とは怪談ばかりではなく普通の世間話をするくらいには仲良くなっていて、その過程で漫画の話へ… 自分は漫画にはうるさいですよ?と専門的な話に発展しアシスタントを頼まれるようになった。
ペースとしては週一回程度の手伝いだ、そして現在に至る。
…
「ところでこんな話を知ってるかい?」
うわ!始まった!?
先生は手を動かしたままよくこうして怪談を聞かせてくるのだ。本気で怖いと震えて手元が狂うのでやめてもらいたいが、先生はこうして表情を楽しむことでインスピレーションを得ているらしい。
怪談は苦手だが楽しそうな先生を見ているとやめてくれとも言いにくい、困った。
「ある一人のフレンズがいたんだ?彼女は皆よりほんの少し知識が豊富で、その為皆がよくわからないようなことにもすぐに気付くことができた」
しかも、残念ながら先生の話は面白い。
怖いのについ耳を傾けてしまうのだ、嫌だ嫌だ怖い怖いと感じているはずなのに楽しみにしてしまう自分がいることを否定できない、悔しい。
「ある日彼女はヒトに出会った、ヒトのオス… いや男性だね?フレンズにオスがいないのは君も知っているだろう?何故なんだろうね?まぁそれはいい… 彼女はその彼と話すのが楽しくて会う度に声を掛けていろんなことを話すんだ、彼の反応が面白いものだからわざと苦手な話をしてみたりね?
彼はそれでも嫌がらずにまた会いに来てくれて、そんな彼と話しているうちに彼女は思うんだよ… 自分は彼に恋をしているのではないか?ってね?」
珍しい、先生が怪談じゃなくて恋愛の話を始めるだなんて。
それともこれもオチがとんでもなく恐ろしい話になっていて、始めは僕を安心させておいていっきに震え上がらせる作戦だろうか?まったく先生も人が悪い、でも気になるので聞いてしまう、悔しい。
「それに気付くと彼女はだんだん彼のことばかり考えるようになるんだ、それまでは何を食べようとか明日は何をしようとか皆とそう変わらないことを考えていたはずなのにね?でも今は違う、寝ても覚めても彼のことばかり… 今日は来てくれないのか、明日は?今度はいつ来てくれるの?会いたいけれど自分から彼のところへは行けない、会いたい…
早く会いたい…」
感情を込めて語る先生の話に思わず手を止めてしまった、しかもこの儚げな表情… つい見とれたのは言うまでもない。
だけどこんな風にもお話できるんだなって思うと普段からもっと可愛いことを話してほしいものだと思った。
いやまだ油断できない、聞き入らせといて思い切り僕をびびらせるつもりかもしれない、心の準備をしておかないと。
「彼と会うたびに彼女の心は躍る、でも性格のせいか素直に気持ちを伝えられないんだよ?他の皆ならどうだろうね?例えばキリンならハッキリ好きなら好きって言いそうじゃないか?フフ…
まぁそれは置いといて、彼女は素直になれないままあることに気付いてその心にそっと蓋をしてしまうんだ… なんだと思う?」
来た、きっとここで普通の答えを出した僕に「違うよ、フフフ」って顔で恐ろしい答えを返してくるんだ。
でも何故だろう?彼は既婚者だったとか?いやそんな普通の答えではないはずだ、きっともっと恐ろしい答えだ、彼は… ゲイだった?いや、違うだろ… 別の意味で恐ろしくはあるが違う。
わからない…。
仕方がないので“彼には他に好きな女性がいて諦めるしかなかった”と答えた。
「ん~それは確かに辛い… 惜しい、彼女にはそれを知ることができてないんだよ?答えは単純、フレンズである自分とヒトである彼… 結ばれるはずがないと諦めてしまうんだ」
あれ?普通の答えだ、てっきり恐ろしいものかと…。
でもなるほど、確かにフレンズとヒトでは種族柄見た目はほぼ同じとは言え困難が多いだろう。
まずはサンドスター、この恩恵がなければ彼女達フレンズは元の獣の姿に戻ってしまう、獣の状態では人間との意志疎通が難しくなりやがて野生へ帰っていく…。
即ち島の外では彼女達フレンズには会えない。
生活感の違いもある、フレンズになることで人間のように振る舞い同じように生きてはいるが、元が獣だっただけにその習慣が抜けていなかったりする子も多い。
例えばアミメキリンさんは横になって眠らないし睡眠自体も浅く短い、これはキリンの特性だ。
噂だが、先生はフリスビーを投げると凄く嬉しそうにするらしいじゃないか?このクールビューティーがそんな風に崩れるところにも少し興味はある、可愛い。
「彼はヒト、自分はフレンズ… きっと彼だってヒトの女の子が好きに決まっている、自分のような獣は彼に相手にされることはないだろう…
彼は優しいが、これは飽くまでもフレンズに対して友好的だからであり、きっと彼のことだから皆に平等に優しいのだろうし自分以外にもこうして仲良く話せる子がいるのだと思う…
彼にとっての特別、自分がそれになることはできないがせめてこの関係を崩したくはなかった、だから彼女はその気持ちにはそっと蓋をした… 自分が彼を好きでいるのは自由だ、例え彼に振り向いてもらえることはなくてもと」
なんだか、切ない話だな… オチは?それで終わり?彼女はそのままずーっと彼を想い続けていくのか?
珍しい、おかしいとさえ思う。
面白いし引き込まれたが中途半端じゃないか?先生は終る時にはスパッと終る話ばかりしてたのに。
なんで急にこんな話を?
それを尋ねてみようかと考えていたのだが、僕が口を開く前に先生が尋ねてきた。
「さて… 君はどう思う?フレンズとヒト、結ばれることはあると思うかい?」
それは…。
答えられなかった。
願望として、そのお話の子が報われるようにせめてフレンズと人間の恋愛を推奨したいとは思った。
ただ、これはただの綺麗事だ。
愛は力、愛があれば種族の壁なんて乗り越えられる… 僕だって本当はそう言いたいが、現実を見てほしい。
無理に決まっているじゃないか?後先考えずにフレンズと結ばれてもきっと悲しい別れが待っている。
人間同士でもそれがあるくらいなんだ、フレンズと人間となるとまず避けられない未来だろう。
お互いがお互いを想うほど悲しみは大きくなる、そんなことはわかっている。
でも心はそれを信じたいと言っている。
だから答えられなかった。
黙って何も言えない僕を見て、先生は言った。
「いやすまないね?そんなに考え込むとは思わなかった… この質問は忘れてくれるかな?うん、邪魔をしてしまったね?さぁ作業もあと少しだ、もう少し頑張ろう?」
先生は僕の顔を見て少し慌てた様子で話をやめてしまった。
ごめんなさい、でも答えられないです。
それくらい真面目に考える性格なんです、僕は。
…
ロッジを出るときは小降りながら雨が降っていた、そのせいかもわからないが先生の顔はやや暗いような気がしてならない。
普段はミステリアスの雰囲気で怪しく微笑んでいるのだが、この時ばかりはそう見えた。
僕が上手く答えられなくてガッカリしていたのか、あるいはあまりいい表情を見れなくてつまらなかったのか…。
それとも肯定的な意見がほしかったのか。
先生の心を読むことはできない、彼女は僕にとってそれくらいわからない人だ。
もしもお話の中の彼が僕だったら…。
どうしてたかな?その彼女のこと、好きになってしまったのかな?
…
ある日職場にいるとき、話の種に同僚にその時のことを話したんだ。
そしたら同僚から驚きの言葉が返ってきて思わずお昼のパンを下に落としてしまった。
「そのフレンズ、タイリクオオカミの子?お前のこと好きなんじゃないか?」
パンを落としたのだが、落ちたことに気付かないほど驚いていた。
何を言い出すんだ?先生が?僕を?
怪談にはビビってばかり、大して目立つ取り柄もなく顔はパッとしないし寧ろ地味。
口下手で先日の質問にも答えられなかった堅物の僕のことを先生が?
ないない…。
一蹴してやったのだが彼は言うのだ。
「そうかな?だってそれ“友達のことなんだけど~?”って自分のこと話す女と同じやつにしか聞こえなかったんだが?俺はワンチャンあると思うぞ、オオカミだけに」
ワンチャンはさておき同僚にそう聞こえたということは可能性が0ではないとでも言うのか?嘘だろ?先生が…。
なんだか胸の奥が熱くなった、まさかまさかと否定しながら期待している自分がいる。
ダメだダメだ、どちらにせよ僕のような者は先生とは釣り合わない。
あんな美人、僕にはもったいない… しまった、既に先生を女性として見ている。
なんてことしてくれたんだ… こいつはまったく。
「おいおいなんだお前?満更でもないのか?いいね~?浮いた話の1つもないんだからアタックしてみるといい、応援してるぞ?」
茶化す同僚、そんな彼に言ってやりたいことがある。
そもそもそれに関する話だったはずだ、フレンズと人間の恋愛。
許されるようなものか?最後に悲しい別れが待っているとしても肯定してもいいものなのか?
それに答えられない限り僕が先生に何を想ったところで無意味だ、応援などと軽々しく言わないでもらいたい。
「俺は別に関係無い思うけどね、いいと思うよ?フレンズでも… 好き同士なら仕方ないだろ?」
呆れた… 呆れたが、こいつの言う通りだと思ってる自分がいる。
本音は僕だってそう思う、好き同士なら人間でもフレンズでも関係無いって。
でも現実を見ろって理性が叫んでる、叫んでいるが… 今度先生に会ったら僕は…。
…
あれかれ更に数日後、アシスタントの日に僕はまたロッジを訪れた。
「やぁよく来てくれた、実はあまり進んでいなくてね?頼むよ?」
少しやつれたように見える、それほどまでに行き詰まっていたのだろうか?せめて助けになればよいのだけど。
「ねぇ?そこのあなた?」
先生が先に部屋に入り僕がそれに続こうとしたときだ、アミメキリンさんが珍しく僕に話し掛けてきたのだ。
「オオカミ先生最近少し元気が無いように見えるの、名探偵の私にはそれがお見通しなのよ?でも理由がわからなくって… あんな先生見てられない、この事件を迷宮入りにはさせないわ!あなたよく先生とお話するし、何か心当たりはないかしら?この名探偵アミメキリンが解き明かしてみせるわ!」
締め切りが近いとかそんなことではないような気もする、同じロッジにいるアミメキリンさんが違うと言うなら仮に迷探偵でも信じよう。
もしやあの質問が原因?だったら僕のせいでは…?
「キリン?余計な気は回さなくていい!それより少し焦ってるんだ、早く彼を通してやってくれないかな?」
「ヴェ!?ごめんなさいオオカミ先生… 邪魔しちゃったわね?さぁ行って?」
話を終える前に先生からお叱りが入った、小さく謝罪を入れるとそのまま彼女は行ってしまった。
…
それから作業に入ったのだが、やはり先生は元気が無いようだ。
アミメキリンさんの推理通りどこか落ち込んで見えなくもない。
少し空気が重い、普段なら余裕の表情の先生の眉間にシワが寄り行き詰まっているようにも見える。
「はぁ… これ、頼めるかい?」
僕は原稿を受け取りデスクに戻ろうとした… が、何故かその場に立ち止まってしまった。
カリカリと原稿を進める先生をただただ眺めていた。
「…ん?なんだい?どうかした?」
言うんだよ、先週の質問の答えさ。
フレンズとヒトは結ばれることが許されるのか。
決めたじゃないか、自分の正直に思ったことを伝えるって。
「何もないなら早くしてくれないかな?時間は待ってくれないんだ」
少し不機嫌な先生、そんな先生を前に僕は意を決して先生に答えた。
「フレンズとヒト、種族は違っても想い合ってしまったら仕方ないと思います」
手を止めて、珍しく呆気にとられたような顔をしていた。
「なんだい?急に…」
「先週の質問の答えです」
「なぜ今?」
「僕はあの時悩んでました、心の中では愛し合っているのなら関係無いと思っていましたが、現実的に見ると愛し合うだけでは上手くいくとは思えなかったからです、だから答えられませんでした
それで… 先生はあの時から暗いように見えたので、僕のせいならこの質問に答えられなかったからかなと思って、それで今答えました」
少しの間無言の時が流れ、しんと静まり返るロッジの一室には壁越しに外の動物達の鳴き声が聞こえてきた。
「アッハハハハ!なに?それで急にそんな真面目な顔でそんなこと言い出したのかい?」
先生が笑った、なんだか随分久しぶりに見た気がした。
「変… ですかね?」
「変っていうか、真面目だよね君って?でもありがとう?確かに私はここ数日少し落ち込んでいたよ、ちなみにそれは何故だかわかるかい?」
「んー… いえ、正直よくわかりませんね」
「やれやれ、鈍いな君は?」
立ち上がり、僕をゆっくりと壁際に追いやる先生。
その表情はいつものミステリアスな微笑、先生流に言うならば“いい顔”だ。
「あの話はね?嘘だよ?」
「そう… ですか?」
「あぁそうさ、だってあれは…」
先生は壁に手を付き僕を逃がさぬように体を押し付けた、尤も僕も僕で逃げるつもりはないのだが…。
「あれは私自身のことなんだから…」
その言葉の後一呼吸置くと一瞬だけ見えた、まるで赤子のような屈託の無い笑顔。
いつものクールな彼女からはとても想像かつかない笑顔。
一瞬だけ見えたと思うとその時には…。
僕は先生に唇を奪われていた。
「フフフ… 私しか知らない君のいい表情、頂いたよ?」
フレンズと人間の恋愛はきっと苦難が待ち受けていて、いずれ離れる運命なのかもしれない。
でも、だとしても…。
だったら僕はその時が来るまで先生のアシスタントを続けようと思う。
締め切りが近い、今夜は泊まりだ。
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