僕には恋人がいます
僕には恋人がいます。
とびきり可愛い恋人がいます。
なんでそんな可愛い彼女が僕の告白にOKをくれたのか、付き合って3ヶ月の今でもさっぱりわからない。今となっては尚更わからない。
彼女の名前は…。
「フルル~… フンボルトペンギン~…」
ライブステージでファンにはお馴染みの気の抜けた自己紹介の声が響き渡る、同時に歓声があがりそのフルルとは対照的に熱い声援が彼女に送られていた。
そう、今はまさにアイドルPPPのライブの真っ最中だ、それを見る僕は裏方の仕事に着いている… でもそんな地味な僕の恋人とというのが何を隠そう今声援をその身いっぱいに受け止めているPPPのメンバー。
「みんないつもありがとぉ~」
フンボルトペンギンのフルルだ。
暗いところで花を見る地味な僕とスポットライトを浴びてみんなから愛されているフルル。
僕はフルルと付き合っている… と思う。
と思う…。
というのは実は最近本当に僕達は恋人同士なのだろうか?と疑問になってきてしまったからなのだ。
もちろん僕は彼女が好きだ、元々ファンだった僕も今ではファンとしてだけじゃなく本当にただ一人の女性として彼女が好きなんだ。
仕事の関係上何度もライブ会場の設営で彼女と顔を合わせる内に、ファンとして影から見守るだけだったはず僕の心に火がついてしまったのが切っ掛けだ。
そしてやがて僕は一世一代の告白に踏み込んだのである。
「大好きです!僕と付き合ってください!」
それは何の捻りもないが奥手だった僕の精一杯の告白だった。
ジャパリマンと一緒にその想いを伝えると彼女はそっとそれを受け取りいつもの笑顔で答えた。
「いいよ~?これもらってもいいの?ありがとう」
そりゃ嬉しかったさ、あのアイドルのフルルだもの?あのフルルが僕の恋人になるんだもの?こんな名誉なことはないしきっと人生の運すべて使い果たしたんだろうなとすら思った。
でもそれから3ヶ月、僕達には特に進展は見られない…。
アイドルなのであまり露骨にベタベタしないだけなのかもしれないが、お昼を一緒に食べて「おいしーね?」って簡単なお喋りをするだけなのが現状で、あのライブはどーだったとかメンバーのあの子がこうだったとか程度の話しかしていない。
特別恋人らしいことと言えばこうして二人でお昼を一緒にとるくらいのもので、手を握ったこともないしキスなんてとてもできそうもない。
直接彼女に尋ねたことはないが、もしかしたら彼女にとって僕は恋人という特別な存在などではなく、大勢いるファンの中から仲の良い友人になったとその程度の認識しかないのかもしれない。
話しているときも本当に楽しいのかどうかわからない、彼女は普段と変わらないボンヤリとした表情を常に浮かべている。
楽しんでもらおうとたくさん話しかけたり彼女からの話題はなるべく広げているつもりなのだけど、それでもやっぱり僕一人が馬鹿みたいに盛り上がっているだけに感じてしまう。彼女は本当に楽しんでるのだろうか?
食事が済むと彼女はメンバーの元へ戻り、その後練習に励む。
いつも誘うのは僕の方、もしかすると彼女はお昼を共にする友人くらいにしか感じていないのかもしれない。
他の誰かが誘っても同じように食事に行くのだろうし、もしかしすると彼女の場合は誰かと出掛けることよりも美味しい物を食べに行くってそれだけしか思っていない可能性すらある。
だから最近は思う。
自分のこと特別だと勘違いして、僕って本当馬鹿だよなって。
ほんと間抜けだ…。
だから決めた。
ある日、僕はいつものようにその日のライブの設営の仕事に勤しんでいた。
彼女がこちらに気付き小さく手を振ってくれた、僕もおなじように振り返した。
僕に対してだけでなく、彼女は誰にでもこうして人当たりが良いのだ。
彼女はすぐにメンバーやマネージャーと打ち合わせがあるので行ってしまった、こっちはこっちでこのまま仕事を終わらせる。
午前中に終わらせるのがノルマだ、これが済んだら少し遅れてやっとお昼休みに入ることができる。
普段なら僕はここで彼女を誘い一緒にお昼に行く、でも今日はそれをしない、決めたんだ。
だって彼女だって別に僕と一緒にお昼を食べることに拘りはないはず、だったら僕も一人で食べることにする。
適当にコンビニかどこかでパンでも買ってさ?ファンの目だってあるんだし、あまり特定の一人といつも一緒にいるのだって彼女の活動に支障があるかもしれない。
いいんだよ僕なんて、一緒にいたって面白くもないさ、タイミング良くお昼もおくれるのだからちょうどよかった。
そうして遅めのお昼休みに入りコンビニ適当に昼食を買う、買ったが食べずに公園のベンチでぼんやり空に浮かぶ雲なんて眺めてた。
敢えて距離を取るように一人になってみると、思っていたより食べるのが進まないんだなって思った。
フラれたわけでもないが勝手にフラれたような気分になっている、いやそもそも始まってすらいなかったんだ。
フレンズだもの、恋愛には疎くて恋人というのをよく理解しないまま適当に「いいよ」って言ってくれたのかもしれない、単に仲良くしましょうってそんな風に受け取ってそう答えたのかもしれない。
一瞬でも僕みたいのがアイドルに言い寄るのが間違ってたんだ…。
適当に選んで買ったコンビニのサンドイッチ、玉子が挟んであるようだけど…。
味がしないや…。
ガックリと首を落として俯いた、僕の心は曇天模様なのに今日の天気は晴れだ、照りつける日差しで後頭部が暑い。
でもその時、突然影がかかったんだ…。
おかげで日光が遮られ少し楽になり正面には気配を感じた。
「ここにいたんだぁ?探したよー…」
声がした、とても聞き馴染んだ声だった。
みんなこの柔らかい声が好きなんだ、一言喋れば歓声があがるほどみんなに愛されている声… 僕の一番好きな声だ。
顔を上げると逆光でよく見えなかったけど誰がいるのかくらいすぐにわかった、一番好きな声で一番好きなシルエットだ。
僕には恋人… いや好きな人がいる。
とても可愛い大好きな人。
「先にお昼だったから待ってたんだ?でもいつの間にか一人でいなくなっちゃったから… 今日はフルルとお昼ごはん食べてくれないの?」
フルル… アイドルPPPのメンバーフルルが僕の目の前に現れた。
なぜ?待っていたって?君は別に僕のことなんて…。
「今日は君となに食べようかな~?って楽しみにしてたのに、もう食べちゃったの?」
何てことだろう…。
僕の不安とは裏腹に、彼女はいつも僕との時間を楽しみにしていてくれた。
いつもいつも食事に夢中で僕のことなんて興味がなくて、君にとって僕はその他大勢の一人とそう変わらないんだと思ってた。
でも、違った。
ちゃんと見てくれていた。
「隣座るね?」
ここでようやく彼女の顔をハッキリ見れた、太陽は僕達二人の顔を明るく照らし互いの表情を教えてくれた。
静かにベンチに座りこんだ彼女はいつもとそう変わらない無表情だったが、どこか瞳の奥に寂しそうなものを感じた。
いつも見てるもの、小さな違いでもわかるよ。
なんだかびっくりしてしまったけれど、彼女はまだお昼を食べていない、だからこれどーぞ?って三つあるサンドイッチの一つを手渡した。
「いいの?ありがとぉ~?いただきまーす」
隣で美味しそうにサンドイッチを頬張る彼女、食事に行くと大抵向かい合わせに座るものだからこうして並んで座ることに緊張した。
普段よりもずっと近くで、今にも肩が触れ合いそうで…。
「ねぇ?どーして一人で行っちゃったの?フルル何か怒らせちゃった?」
勝手に傷付いただけでなく、心配かけて責任まで感じさせていたようだ。
恋人としてこれからも彼女と続けていくのならこのままではいけない、僕は近頃感じ続けていた不安を彼女に全て話した。
彼女は。
「うん… うん…」
って真剣に聞いてくれて「不安にさせちゃったね?ごめんね?」ってわざわざ謝ってくれた。
やはり彼女自身恋人というのをしっかりと理解しておらず何をしたらいいかよくわかっていなかったらしく、初めからよく話し合わなくちゃいけなかったんだと思った、僕も初めての彼女だし彼女も僕が初めての彼氏だ。
よく話して、それから距離を縮めて行かなくちゃいけなかったんだ。
「あ、そうだ!」
そう言ってスッと立ち上がりまた正面に立った彼女は、僕の手を引き一つ提案をした。
「今から恋人らしいことしに行こーよ?フルル知ってるよ?こういうのデートっていうんだよね?」
ハッとして少し顔が熱くなったのは日光のせいではない、思わず二つ返事してしまいそうになったが生憎これから午後の仕事が始まってしまう、彼女だって練習があるからメンバーだって待ってる。
「いいよ今日くらい、バックレよう?」
ば、バックレる!?
彼女の口からそんな言葉が出たことに驚いたのは言うまでもない、どこで覚えてくるのだろうか?
でもいまので吹っ切れた… それから彼女に手を引かれて公園を二人で歩き始めた。
お昼が軽かったので二人でクレープを買って食べてみたり、女の子が好きそうな小物屋さんに行ってみたり、歌なんか得意じゃないのにカラオケに行ってみたりもした。
あのフルルの歌声を一人占めしている、普段たくさんのファンに向けて送られる美声が今は僕だけのもの、彼女の声に酔いしれる。
「一緒に歌おうよ?フルルばっかり歌っててもつまらないよ?」
そんな僕にもう一つのマイクを手渡してくる彼女、でも僕なんかが一緒に歌ったら邪魔にしかならない…。
「上手いとか下手とかはいいんだよ?君と一緒に歌いたかったんだもん」
歌った、歌わせて頂きました。
PPPの曲なら全て頭に入っている、振り付けすらわかる。なんならフルルのパートも全て覚えているしソロの曲も当然わかる。
彼氏なら… いやファンとして当然だ。
歌っているうちに気持ちよくなっていきいつしか気恥ずかしさなど消えていた、楽しくて楽しくて… あっという間にお時間十分前のコールが鳴り最後に一曲歌って締めた。
「楽しかった~!ライブで歌うのとはまた違うけどこういうのもいいねー?歌詞も見れるから間違えないもん」
楽しかったって… もうそれを聞いただけで僕も楽しい、バックレた甲斐があった。
お店を出るともう日が沈む時間で、夕日は僕達二人の影を伸ばしてまるで次は向こうだと引っ張ってるように見えた。
でも、楽しい時間にも終わりがくる。
もう帰らないと、彼女の気持ちもちゃんと確認できた。焦らずにちゃんと話し合ってたくさんデートとして… そうやって関係を築いて行けばいいんだってわかった。
僕が「送るよ?」って彼女の手を引いた時だ、なぜか歩こうとせず彼女は立ち止まったまま僕を見つめていた。
「…」
なにも言わずなんだか残念そうな寂しそうな顔が夕日に照らされている。「どうしたの?」って尋ねたら、彼女言ったんだ。
「帰りたくないな…」
人生で、一番驚いたかもしれない。
僕の手を両手でしっかりと握り、二人の時間をまだ終わらせたくないって動こうとしなかった。
嬉しかった。
「フルル嬉しかったんだ?君に大好きって言われた時… ファンのみんなも言ってくれるけどあの時はそれとはなんだか違ってて、でもフルルにはそれがよくわからなかったんだよね?でも今日でちゃんとわかったよ、だって君がフルルのこと見ててくれたみたいにずっとフルルも君のこと見てたから、いっつもフルル達の為にライブ会場の準備してくれたりしてるとこちゃんと見てた… 目で追うこともあった、多分これが恋っていうやつなんだね?付き合ってくださいって言われていいよ?って言ったのも、フルルが君のこと好きだったからだよ?今日でちゃんとわかったよ?フルルも君が大好き、恋人にしてくれてありがとう?」
思わずギュッと抱き締めていた。
なぜか涙も溢れてきて、絶対に離すもんかって痛いくらい強く抱き締めていた。
初めて想いが通じ合った気がした。
この時彼女とは本当に恋人同士になれたんだと思った。
「このまま帰っても、きっと君で胸一杯になって今夜は眠れないよ?歌も躍りもちゃんとできないしそれでみんなに怒られてもフルル聞かないと思う、だから…
今夜は帰りたくない」
僕は彼女の手を引いた。
帰り道とは反対方向へ走った。
このままどこか遠くへ連れ去ってしまおうとすら思った。
きっと今頃着信が何件もあって今どこにいる?とか誰といる?とかメールも沢山きてるんだと思う、PPPのメンバーも彼女が戻ってこないって怒ってるか心配してるかのどちらかだと思う。
でも今の僕にとって、明日職場で上司に怒られるとか彼女の今後のアイドル活動に支障がでるとかそんなのどうでもよくって、だから全て放り投げるつもりで彼女の手を引いた。
僕達はそのまま、誰が見てるかもわからない夜の街へ消えていった。
僕には恋人がいます。
とびきり可愛い恋人がいます。
天然で不思議ちゃんでマイペースでよく食べて、でも歌も躍りも上手でみんなに愛されていて、優しくって周りもよく見てて思いやりもあって…。
僕を好きだと言ってくれる。
僕の大好きな人。
僕にはそんな恋人がいます。
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