けものフレンズ恋愛短編集

気分屋

私はサーベルタイガー

 私はサーベルタイガー、フレンズの安全を守るためにセルリアンハンターをしている。


 長く鋭かった牙はフレンズになることでその名の如くサーベルとして生まれ変わった。

 この剣を持って私は戦う、狩りをするためにあったはずの牙も今ではみんなを守るための武器なのだから。



 私はサーベルタイガー、私に仲間はいない…。



 友達とかハンターのみんなを仲間と呼べばそれは仲間なのかもしれないし、きっとみんなは快く私を仲間として受け入れてくれる。

 でも、この時私が言う意味の仲間… それは同じ種族の動物という意味の仲間。



 私はサーベルタイガー…。



 私は… 一人だ…。



 

 

 ある日友人の一人が言っていた。


「絶滅してたはずのトキに仲間ができたんだって?これからどんどん増えるのかな?そしたらあの歌がパーク中で聞こえたりして… おめでとうだけどなんだか怖いよ~!」


 

 絶滅種、私のような動物を含めパークにはフレンズとなって絶滅したはずの子が多々存在している。

 トキもその一人、でも彼女の場合は種を増やす目処が立っていたみたい、同じ絶滅種として私にとても嬉しい報告だった。


 私にもいつか仲間が… そんな希望をつい持ってしまいそうなそんな夢のある話だったからだ。


 だけど友人は言った。


「サーベルちゃんはどうかな?化石からフレンズになってるから… あ!ごめんね!?そういうつもりじゃなくって!大丈夫だよ!そうだとしても私達ずっと友達だよ!一人じゃないからね?」


 ありがとう… って怒るでも悲しむでもなく、ただ彼女に感謝を伝えた。


 実際その通りなのだから私も本当はわかっている、化石からフレンズ化したというこは大昔に生存競争を生き抜けなかったということであり、何かのせいでというのは少し違う。


 トキのような絶滅とはまた違う。


 つまりサーベルタイガーという動物は新しい時代に馴染めなかった、そういう動物なのだ。



 牙が長く体も大きくて力が強くて動きが素早くたって勝てないものがある… サーベルタイガーが滅びたのには仕方のない理由がある。

 運命というやつだったのかもしれない、時代とは強ければ生きられるってそんな単純なものではない、それを他の種族に教えるための見せしめ… というと残酷な表現になってしまうけれど、つまりはそんな感じのことだって世界が教えるための出来事だったのかもしれない。


 だからその点で言うならば、フレンズとしてまたこの世に生を受けた私は幸運だ。


 だから私は戦う、この力とサーベルで皆を守るために戦う。



 私はサーベルタイガー、種族の代表として新しい時代を生き抜く為に… だから私は一人でも戦う。





 ヒト… という生き物がいる、人間とも言う。


 強い力があるわけでも動きが素早い訳でもない、鋭い牙や爪もない。だけど頭が良い、とてもとても頭が良い生き物。



 このジャパリパークがこんなにも便利になったのもそもそもはヒトのおかげ。

 私達フレンズのこの姿も元の動物の特徴は残っているにせよヒトの姿となってこうして生きている。


 本来ならばこうして普通に言葉を交わして違う動物同士が意志疎通をするなんてことはない。というか言葉なんて使わない。


 これができるのも私達がフレンズだから、ヒトに近い存在になれたからどんな動物とも関係なく友達になれた。



 ヒトは偉大だ、力はないのにとても強い…。


 きっとこういう動物が時代を作って生き抜いていけるのだと思う、そして私達のような動物はそれについていけず滅んでいく。


 フレンズはそんなヒトに近い特性を持っているのだから、これで時代を生き抜けるとするならばやはりサンドスターというものには感謝しなくてはならない。



 私はサーベルタイガー、だから私には仲間がいない。



 


 ある日、パークスタッフの一人におかしなヒトを見つけた。


 ヒトには力がない、戦うことはできない… なのにそのヒトは恐れずにセルリアンに立ち向かうのだ、自分が気を引いている隙にフレンズ達を逃がしセルリアンに戦いを挑んでいた。


 何度弾かれても何度叩かれても傷だらけになりながら立ち向かっている、戦う力なんてないはずなのに。



 私はすかさずサーベルを抜きセルリアンを切り伏せた。


 手応えあり、一度真っ二つに割れたセルリアンはすぐに大きな音をたて弾け飛んだ、辺りにはキラキラとサンドスターが舞っている。


「やった!サーベルタイガーさんだね?おかげでみんな無事だよ!ありがとう!」


 納刀するとボロボロで傷だらけのヒトの側に駆け寄り手を差しのべた。


 さらに驚いたことなのだけど、このヒトは自分がこの有り様だというにも関わらず逃げていったフレンズたちの心配をしていた。


「やっぱりハンターは強いや、頼もしいよ?」


 自分なんかなんの役にも立たずこの様だ… と苦笑いを浮かべるヒト、だけど私はそんなことはないと伝えたのだ。


 

 このヒトが注意を引きフレンズ達を逃がしてくれなかったらその場にいた何人かのフレンズが犠牲になっていたかもしれない、私が駆け付けるのが遅かったばかりにこのヒトに傷を負わせてしまった、ハンターとしては失態と言える… 素直に一言謝罪を入れた。


 丸腰であまりにも非力で、それなのにセルリアンに立ち向かうだなんてよほどの勇気が必要だ、己の力を過信して考えなしに突っ込んでいったようにも見えない、このヒトからは例え自分を犠牲にしたってみんなには手出しさせないという覚悟を感じた。


 敵わない相手を前に立ち向かうだなんて怖くって怖くって堪らないはず、それでも立ち向かうこのヒトの覚悟に敬意ともっと早く来ることができればという意味の謝罪… それを伝えた。


 するとヒトは言ったのだ。


「そんなそんな!おかげで助かりました!サーベルさんが来てくれなかったらもう… それに確かに怖かったけど、みんなが食べられてしまう方がずっと恐ろしいって思うと不思議と震えは止まったんです、だから怖かったけれど、怖くなんかありません」

 


 自分よりも他人を心配した… この時私は感じた、これがヒトの強さなのかと。


 心の強さ…。


 ヒトにはそれがあるんだ、強い肉食獣ですら力の差を感じれば已む無く退散する野生、なのにヒトの中には勝てないとわかっていながら立ち向かう勇気を持った者もいる。


 きっとヒトが時代を切り開くことができるのも強い心を持ったヒトがいるからだ… そんな風に思った。


 

 私はサーベルタイガー、そんな強さが私にはあるだろうか?






 そのヒトとはそれからちょくちょく顔を合わせるようになった。


 というのも、そのヒトはセルリアンを見かけるなりフレンズを守るため自ら特攻を仕掛けるのだ。

 悪いクセか何かなのだろうか?やめておけばいいのに一直線にセルリアンへ向かって走る。向こう見ずにも程がありそれを見かけるたびに私はそのヒトを助けた。


 このままではフレンズと違い体の弱いそのヒトはいずれ死んでしまう。


 セルリアンに食べられてしまうと記憶と輝きを失い元の姿に戻ってしまうのが私達フレンズ… 私の場合また物言わぬ化石に戻るのか、あるいは動物としてのサーベルタイガーとなり野生に返ることなるのか、それは実際に食べられてみないことにはわからないし食べられるつもりは無い。


 ただヒト、人間の場合はどうか?


 どこかで聞いたことがある、眠ったまま目覚めることがないだとかそんな話を…。


 でも今回のヒトの場合はそれとまた違い何度も立ち向かっては怪我を負っている、たまたま大丈夫なだけで打ち所が悪ければ死んでしまうかもしれない。

 

 死んでしまうともう目覚めることはない、肉体はそこにあるかもしれないが心はそこにはない… もう会えない。


 死とは永遠の別れ、ふと脳裏に絶滅した仲間達の姿が過る。




 誰も死なせはしない!



 

 そのヒトにどう思われるかわからないしとても不安だったけれど、これ以上無茶をさせる訳はにいかない。

 私はそのヒトに対し今後の身の振り方を弁えるよう敢えてキツめに注意を入れることした。



 弱いくせに前に出るな


 うろちょろされては迷惑だ


 フレンズ達はヒトのように弱くはない


 少なくともあなたのような軟弱な生き物に守られる必要はない


 余計なお世話だ



 本当はこんなこと私だって言いたくはないし思ってもいない、実際に助かったフレンズも多い、だけどこのヒトを助けるためだ。


 死なせてしまうくらいなら嫌われたっていい、私を軽蔑しながらでも生きていてほしい… そう思いながら苦しむ胸を抑えてそのヒトにわざと傷付くような言葉を浴びせた。



 怒るだろうか?悲しむだろうか?


 どちらでも良い、恨んでくれて構わない、それで無茶をやめてくれるなら。




「確かに迷惑かもしれません、でもそれでもやめません!自分にできることはそれくらいですから!」




 驚いて呆気にとられてしまった、そのヒトはそれでも尚無茶を続けると言うのだ。




「フレンズ達はその名の通り友人だと思っています、それどころか家族とさえ思っています… 皆優しく受け入れてくれて些細なことでも喜んでくれます、家族を身を呈して守るのは当然のことです、いつも守ってくれるサーベルさんだってそうです… 心配、してくれてますよね?わかるんですよ?只でさえ寂しそうな目がさらに悲しそうに見えますから… ありがとうございます、でもやめることはできません」



 

 見抜かれた、自分自身こんなに嘘が苦手だったのかと少し呆れてしまった。

 あるいはヒトは頭がいいので察しもいいのかもしれない、私が呆然としているとそのヒトは「失礼します」と一つ頭を下げて小さく微笑みその場を去ってしまった。



 せめて… 酷いことを言ってしまったことを謝るべきだと後悔した。



 私はサーベルタイガー… その日から私はそのヒトのことばかり考えている。







 あれから数日、同じことをそのヒトも私も繰り返している。



 せめて極力怪我をさせないようにとそのヒトを守った、フレンズ達はそのヒトのおかげで逃げてくれるので皮肉なことに実質そのヒトを守れば全てが守られる形がとられている。


 そんなことを繰り返す毎日を過ごしていると、友人がこんなことを言い出した。


「バレンタインデーっていうのがあるんだって?ヒトの世界ではメスが意中のオスに気持ちを込めてチョコレートっていうお菓子を渡す日らしいんだけど… 手作りチョコのイベントやってるみたいだからサーベルちゃん一緒に行かない?」


 私はみんなを守らなければならないと始めは断っていた、友人も友人でなかなか折れる気はないようでなんとか私に付いて来るように説明を補足していく、どうやら彼女には意中の誰かがいるらしい…。


「ねぇお願いサーベルちゃん!渡すのは別に好き嫌いとか関係なくって!お世話になってる人に渡すとかでもいいんだよ?ほら飼育員さんとか飼育員さんとか飼育員さんとか!あ!それにさ?サーベルちゃんだってあの人好きなんでしょ?ほら弱いけどいつも助けてくれるヒト!」


 友人が言っているのはあのヒトのことだろう、私が?好き?あのヒトが?


 なんだかよくわからない感覚だった。


 ヒトの世界には恋愛というのがあるらしいけれど、長いこと化石で元動物の頃の記憶もない私にとってフレンズになってから授かったこの複雑な心の動きによく困惑していたのだ、動物は愚か化石だった私にそれを瞬時に理解するのは難しい。



 好き… 少なくとも嫌いではない。



 チョコレートというのをそのバレンタインデーという日に渡したら、あのヒトは喜んでくれるのだろうか…。


「決まりね!」


 うんうんと悩む私の腕を掴み半ば強引にイベントに連れていかれてしまった、わからない… でも悩むということはそういうことだったのかもしれない。


 

 私はサーベルタイガー、セルリアンを倒すのは訳無いけれど… チョコレート作りには少々難儀した。


 どうやら自分で思っていたより私は不器用らしい。






 当日、あのヒトを探した。


 きっといつものようにどこかでトラブルに巻き込まれようとしているに違いないとあのヒトの姿を探してひたすら歩く。


 しばらくあのヒトの無茶に付き合って来たのでなんとなく心当たりはある。



 その時だ、セルリアンが現れたのは。



 同時にいつものように声がした。



「早く逃げて!ここは任せて!」



 相変わらず世話を焼きいつものように立ち向かおうとしていた、私ときたらその時あのヒトを見つけたことが妙に嬉しくなり口許がにやけてしまったのだ。

 不謹慎なことだ、セルリアンが目の前にいるというのに…。


「サーベルさん!危ない!」


 !?


 油断した、少しの気の緩みは普段あっさりとこなしていることにも影響を及ぼしてしまう。 


 寸でのところでキンッ!とサーベルで弾いたのだが、そのままサーベルは宙を舞い手の届かない地面に突き刺さってしまった。


 取りに行けば良いのだが… これはまずい、後ろにあのヒトがいる。今私がこの場を離れるとあのヒトはセルリアンの餌食になってしまう。


「大丈夫ですか!?サーベルさんは下がってて!ここは食い止めます!早く逃げて!」


 この状況で、あのヒトは自分よりも圧倒的に強いであろう私を庇ったのだ。


 だから止めた、私なら平気だから早く逃げてくれと… でもあのヒトはそれでも私の前に出る、そして言う。


「冗談じゃない!絶対守ってあげますからねサーベルさん!いつも助けられてる分お返しします!」


 勝てるはずがない… セルリアンが待ってくれるはずもなくあのヒトに襲い掛かろうとしていた。


 せめてもう少し足が早ければ、もう少し近くにサーベルが落ちてくれていたら…。



 私が、柄にも無く浮かれてなどいなければ…。



 後悔先に立たず、素手でも構わない、あのヒトを犠牲にするくらいならと私も一歩踏み出した時だ。


「サーベルちゃん!」


 友人の声だ、それと同時に私の目の前にはこの手に最も馴染む剣がズンと突き立てられた。


 なぜ彼女がここに?彼女は今日意中の相手にチョコレートを渡しに行っているはずなのに。

 だがそんなことを考えている余裕はない、私はサーベルを手に取るとすかさず飛び上がる… そしてあのヒトにセルリアンの魔の手が触れてしまうその寸前に思い切り剣を振りかぶった。



 パッカーン!



 瞬間、セルリアンは見事その場に散った。








 危機を脱した私達… いや、私にはまだ仕事が残っている。


 ハンターの仕事ではない、言うなればそう… 女の子の仕事。



「ありがとうございますサーベルさん!結局また助けられてしまいましたね?やっぱりサーベルさんはすごいや!」 


 はにかんだ笑顔のあのヒトの周りを、キラキラとサンドスターが舞っている。



 さぁ言いなさいサーベルタイガー?なにも愛の告白をしろだなんて無茶は言わない、いつもありがとうって渡すだけでいいのよ?



 自問自答の末、隠し持っていたチョコレートの包みを前に差し出した。









「あの…」 


「はい?」


「今日、バレンタインデーと言うんでしょう?だからその、これを渡したくて…」


「わぁ!?もしかしてチョコレートですか!?」 


「そ、そうだけど… えっと、あなたはいつも無茶をするでしょう?おかげでみんな感謝しているけれど、助けるこちらとしてはすごく大変なの」


「いつもすいません…」


「うん、だから… すごく大変だから… 


 これからも絶対にあなたを守る、だからもっと側にいさせて?


 ダメ…?」





 私はサーベルタイガー、同じ仲間はいないけれど、決して一人ではない。 



 友達もいるし… 大切な人もいる。

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