第19話 腐るほど長い縁

部屋を決めて、ドアを開けた。




そんな感情は特別無いけど、一応手は繋いでみた。




「シャワー先に浴びてくれる…?」


晴希は俺にそう言った。


「分かった、先に浴びてくる。」




どこか現実味が無くて、このホテルの部屋を俯瞰して見ているようだった。




先に俺にシャワーを浴びさせたのは何故だろう。


特に意味は無いかもしれないけど、俺はシャワーを浴びながらその答えを探した。




俺は晴希のことどう思ってるんだろう。




恋人?




違う。




友達?




それも違う。




こんな曖昧な俺が晴希を抱いていいのかな。




あれ?




何で俺は晴希とホテルに来たんだっけ…?














何故、照彦は私とホテルに来たんだろう。




ホテルの馬鹿みたいに大きいベッドに晴希は腰掛けた。




私が泣いてたから?同情?




いや、照彦は同情とかそんな事しない。




私が弱って照彦に甘えてても照彦は受け止めるだけでそれに答えることはしない。




照彦が浴びてるシャワーの音が聞こえる。




私が先にシャワーを浴びてもよかったのに、先に浴びさせたのは何で?




照彦が私とホテルに来た理由は分からない。




でも先に浴びさせた私の理由はすぐ分かった。




引き返せる猶予が欲しかったのかもしれない。




思い直す時間が欲しかったのかもしれない。




その答えにたどり着いて、ふと気づいた。




私、まだ子どもでいたいんだ。


大人が隠してきた、決して綺麗じゃないものを知りたくないんだ。


そんなの知らないってまだ言い張りたいんだ。




照彦はそんな子どもな私を抱きたいのかな。




あれ?




大人になりたいんじゃなかったっけ。




何で私、ホテルに来たのかな…?










あるホテルの一室で2人の少年と少女が同じことを考えていた。




外でまだ雨は降っていて。




少女は何故か泣いていた。




少年は意味なくシャワーを浴び続けた。




虚ろな時間。




ドアの音がして、少年はその音に気づいてシャワーをやめた。










私、最低だ…


ホテルから出て、駐車場から雨が降り続ける外を眺めた。




照彦を部屋に置いてきた。




私はまだ大人になれない。


無理なんだ。


人生の中で初めて恋をして、でも不器用で幼くて。


結局、照彦がまた受けとめてくれた。


恋人でも無いのに私は照彦に頼ってる。




意味なく泣いた。


どうせ、自分が可愛いから泣くんだ。


そんな悪態を自分に突きながら、泣いた。




梅雨の外からは雨音しか聞かしてはくれなかった。












晴希は怖くなったんだ。


照彦は晴希が座っていたであろう場所に、ホテルに来た時の服装のまま座った。




置いていかれた。




俺はまだ晴希の気待ちを受けとめられても、答えるだけの強さがなかった。




「ホテル…行こっか…」




あの時に、俺は止めるべきだったのかもしれない。




でも俺はまだ弱かったんだ。


晴希が嫌な思いをしても踏み込んで止めるべきだったんだ。




晴希が出て行ったドアを眺めていた。


外からは雨の音が聞こえた。




あ…


アイツ、傘持ってないじゃん…














「晴希、帰ろう。」


駐車場の壁にもたれて泣いていた私の肩を叩いて、照彦は言った。


「ごめんね」


言ってから思った、この言葉は卑怯だ。


照彦がこの言葉に強く言い返せないのを私は知ってた。




「ごめんねって…晴希、酷いよ。」


俺ならこんなに強くは言えない。


でも、分かったんだ。


友達以上でも恋人になれないのは俺が晴希に踏み込める勇気が弱くてガキなんだ。




「え?」


照彦が言い返した。


初めての事だった。


私が弱ってたら、照彦は踏み込んで強くは言わない。




私はそれに甘えていた。




「置いてくのは、酷いよ」


照彦は私に言った。


「そうだね、酷いね。」


私はそう答えた。


言い返した照彦は優しく私を見つめていた。




「照彦」


久しぶりに名前で呼んだ。


「私、子どもだから怖くなった。」


「知ってる。」


「子どもだから照彦にすがった。」


「分かってるよ。」


「だから…」


私が言ってる間に照彦は優しく私を抱きしめて言った。




「分かるから…言わなくていいよ…」




照彦の匂いがして、雨の音が無駄な考えを遮断した。




「俺もガキだから、晴希にギリギリ踏み込まなくてもいい場所見つけて逃げてたんだ。」


照彦は抱きしめたまま続けた。


「晴希が先生のこと好きなのは分かってる。今日振られたのも知ってる。」




でも、と照彦は私の肩を掴んだまま離れて




「俺、晴希のこと好きなんだよ。」




実は少しだけ、そうかもしれないと思っていた。


でもこの曖昧なぬるい関係に私は心地よさを覚えていた。




でも白黒は付けなきゃならない。




私は唇を少し噛んでから言った。


「ごめんね」


私は照彦を振った。




「私が先生のこと忘れるまで待ってて。曖昧で子どもな私じゃなくて、大人な私になるまで待ってて。」




「うん、分かった。待ってる。」


照彦はまた優しく私を抱きしめた。






雨は止まなくて、冷たいまま。


雨が止まなくて良かった。


私たちの感情をそのまま覚えさせてくれたから。














しばらくして、先生は結婚した。


高校3年の初め、先生は学校から居なくなった。


奥さんの田舎に帰ってそこで先生をするらしい。




たった1ヶ月の恋、あまりにも幼稚で馬鹿みたいな恋だった。




少ししてから私から告白して照彦と付き合った。


意外とうまくいかない。


1年で別れた。


また曖昧な関係のまま友達として居る。


でもそれでいい。もういっそ腐れ縁になってくれた方がいい。




一緒にいれるなら。














「晴希、お前バカだな」


寝ていた私の頭を照彦が撫でていた。




え?




昼の病院。私は寝ていた。


「晴希、ホントにバカだよ」


照彦は目に少し涙を浮かべて私の頭を撫で続けた。




私は名前を呼んだ。


「照彦…」


照彦は片方だけ涙を流して言った。


「目が覚める時、晴希がいてくれたらって思ったんだ。」




涙を流していた片方の目からぼろっと大きい涙を流して


「そしたらいるんだもんな、お前。」


私から照彦を抱きしめた。


私は泣いた。






抱きしめてる時、たぶん同じことを照彦も思ったと思う。










このまま一生って…






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