第20話 他愛も無いこと
朝から晴希は居なかった。
変わらない果樹園の仕事をして昼から楓の家に来た。
「佑輝…」
「どうしたの、楓?」
「ゴム無くなっちゃった」
楓はゴムの箱を揺らしながら言った。
「買いに行くか…」
「私も行く」
昨日の夜、雨が降っていたからか蒸し暑い。
手を繋いでコンビニに行く。
河川敷沿いを歩いている時、楓が言った。
「佑輝、明日出掛けよっか」
「え?」
「何?」
楓は首を傾げて思わず聞き返した俺を見た。
「いや、別に何もないけど」
ただ、楓が外出すること自体が意外だった。
「いいじゃん、たまには佑輝と出かけたいし」
「別にダメって言ってるわけじゃないさ、少し驚いただけだよ」
そんな話をしながらコンビニに入っていった。
俺が癖でレジを横切っておにぎり売り場の方へ行った時、楓は横の日用品の売り場に行った。
8個入りのゴムを1箱取ってそのままレジに千円札と一緒にポンと置いた。
男らしい…な…
コンビニを出て、また河川敷沿いを歩く。
「ん!」
楓が手を握ってきた。
「わかったわかった」
行きと同じ様に手を繋いで帰る。
「楓、明日はどこに出掛けるつもりなんだよ」
「んー、しっかりは決めてないけどリオンに行くのはどうかな?」
リオンは最近近くに出来た大型のショッピングモールだ。
「良いな、あそこなら沢山お店もあるし」
「私まだそんなに行ったことないんだよね」
ニコニコとして楓は言った。
「ん、じゃあ明日は楓とリオンに行く。これで決定かな?」
「けってーい!」
楓は繋いだ手を上にあげてバンザイの格好をとった。
瀬尾川は今日も穏やかに流れていた。
僕達は恋人に見える。僕が楓の前でだけ佑輝として過ごしているのを除けばの話ではあるが。
外ではミンミンゼミではなくてクマゼミが鳴いている。
最近、頭の蝉が鳴かない。
それは今、あの時について向き合っているから鳴かないのか、逆に僕が目を背けているから鳴かないのか。
それは分からない。
楓の家に帰ってきた。
「そういえば、楓のお父さんとお母さんは?」
楓が少しため息をついて答えた。
「夏休みもなく2人とも働いてる。」
楓の家は共働きだった。
「そっか、だから楓の家は昼間誰もいないのか」
「そーゆーこと」
楓の部屋に戻った。
楓は俺に向き合って俺の両手首を掴むと、それを下に引っ張るみたいにして俺を前かがみにさせた。
そのまま楓は俺にキスをした。
「しよ?」
まぁ、するためにコンビニに行ったようなものだ。
俺は少し笑って楓の頭を撫でた。
「わかった、しよう」
俺がゴムの箱を開けて8個あるうちの1つを取り出す。
楓はその間後ろから俺に抱きついていた。
「〜♪」
楓の機嫌がとっても良かった。
クーラーを効かせていたのに、汗で濡れて。
どこからか甘い香りがして。
汗ばんだ首筋を舐めあって。
いつも通り、欲に溺れた。
「ねぇ、佑輝は私といて楽しい?」
「楽しいよ。」
「佑輝はもう私を独りにしない?」
「しないよ。」
「そう…良かった…」
楓は静かに目を閉じる。
「楓は…俺の事が好き?」
「すき」
「俺のことどう思ってる?」
「すき…だからもう離さない」
分かってるから…
この会話がどんなに愚かしいことか僕は分かっているから…
だから、もう少し溺れさせてくれ。
「佑輝」という名前に。
楓が尋ねた。
「佑輝は日向のことどう思う?」
「どうだろうな…」
僕は黙った。
「ライバル?」
楓は目を閉じたままそう言った。
「違うな…」
俺は答えた。
「日向は馬鹿だよ、心で思っててもアイツはそれを実行しない」
楓はふふっと笑って
「そうだね…でも、馬鹿みたいに優しい。」
「そうかな?」
僕は答えた。
「そうよ、佑輝よりずっと優しい。でも自分が犠牲になればって思ってる。私はその考えほど卑怯なものはないと思うな。」
「そうかもしれないね。」
2人は、ベッドの上で静かに話しながら眠りについた。
5時半、僕は下だけ履いてベッドに腰掛けていた。
膝の上で楓は目を閉じて寝ていた。
僕は楓の頭を撫でる。
ふと、聞いてみたくなった。
「楓、俺が戻ってきてどう思う?」
楓は薄く目を開いて言った。
「私、馬鹿だなって思った。」
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