第15話 ブラックアウト

午後4時。夏のこの時間はただの昼間だ。


日差しが肌を刺して少しヒリヒリする。


バイト終わり、屋内にいた俺は思わず手で目の上を覆った。


その時、横にいる女が俺の袖を引っ張った。


「てるひこせんぱぁい…今日デートしようよ〜」


「今日はパス」


「照彦先輩の返事でパス以外聞いたこと無いんですけど」


「奇遇だな、俺もパス以外言ったことない気がする」


バイト仲間の後輩の誘いを今日も断る。




ぶぅ、と後輩が頬をふくらませてわかりやすく怒る。


「先輩はいつもいつも私とはデートしてくれないくせに!どうして晴希先輩とはデートに行くんですか?!」


後輩はまたいつも通りの台詞を言う。


「俺だって行きたかねぇよ…俺が酒飲めないのにあいつは勝手に飲んで、その上割り勘だぞ?!」


「でも行っちゃう癖に」


「ん…」


そう言われると弱い。


確かになんだかんだで晴希との飲みは用事がない限り必ず参加している。




「だいたい、昨日も行って!晴希先輩わざわざ送って、しかも夜中の2時!何が先輩を動かすんですか?!」


…分からんがな。


「晴希先輩もほかの友達呼んでどんちゃん騒ぎしとけばいいのに」


それはたまに思わなくはない。


実際、晴希には友達は沢山いるし遊ぼうと思えば誰とでも遊べる訳だ。でも


「晴希は気ぃ使いだからな」


「照彦先輩だったら振り回して良いんですか」


「いいよ」


「照彦先輩がそう言っても納得いかないんだよなぁ…」




俺はあくびをしながら後輩のぼやきを聞いていた。


「うわ、おっきなあくび… 深夜2時に晴希先輩送るからですよ」


「ん、ちょっと疲れてるかもな」


「早く帰って寝てくださいね、照彦先輩」


「はいよ」


「じゃ、私はここで」


後輩は一緒に歩いていた道を右に曲がって帰って行った。




後輩は少ししつこいってところ以外はいい子だ。


ちょっとしつこいだけで…




渡ろうと思った信号が赤だった。


ポケットからスマホとイヤホンを取り出し、イヤホンの絡みを解いていく。




晴希がよく俺と遊ぶのはたぶん俺と同じだ。


全く気を使わないから、それに尽きる。


そりゃ中学高校、大学と一緒なんだから気を使うのもおかしな話だが。


それに加えて晴希はよく気を使う、だから友達も多いんだろうが晴希自身は少し疲れた顔をすることもある。


俺に対しては甘えることが出来るんだろう。俺としては嬉しい。


高校時代の晴希のことを思えばこれくらいの事はどうってことは無い。




あの時の晴希は本当に恋をしていた。


懐かしい。その後、俺と一年付き合ってお互いに「もう無理っ!」って別れた。


今でも大学と高校の共通の友人から笑い話にされる。


しょうがない、なにせお互い初めての相手だったし、慣れないことをしたんだ。


こんなことを言ったら晴希に殴られそうだが、今の方が恋人っぽい。


思っただけでも殴られそうだ。




やっとイヤホンの絡みがとれた。


イヤホンをスマホに挿し、ミュージックアプリを開く、曲名はブラックアウト。


ちょうど信号が青になる。




イヤホンを耳につけて少しテンポに合わせて歩く。そして横断歩道を渡る。




照彦は気づかなかった。


左から車が曲がって来ていることに。




鳴り響くサイレン。

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