第14話 その日常は静かに消えて

朝になった。


昨日はなかなか眠りにつけなかった。




「触らないでっ!!」




沙耶があんな風に拒否することは無かった。


もしかしたら昨日していたことをそれとなく気づいたのかもしれない。




女性は勘が鋭いって言うし。




そんなことを考えながら朝ごはんを食べていた。


朝ごはんはご飯と味噌汁とサラダとししゃも。


晴希と沙耶はまだ起きていない。


叔母さんは用事でダイニングには居らず、叔父さんも果樹園に行ってしまった。今は僕一人だ。




食べ始めて5分程経ったころ、沙耶が起きてきた。


沙耶は無言で席に座り、小さくいただきますをして味噌汁から食べ始めた。




無言。


気まずさがスゴい。


すると沙耶と目が合った。


合ってしまった…。




「ごまドレッシング取って」


沙耶は僕にそう言った。


「わ、分かった。」


僕は沙耶にごまドレッシングを手渡して、その手を元に戻した時。


「あのさ…」


沙耶が喋った。


その後ごまドレッシングをサラダにかけながら一言。


「楓ちゃんによろしくね」


「ん?あぁ…」


と僕は曖昧に返した。




沙耶は味噌汁とサラダだけを食べて、ご飯とししゃもは僕の方に寄せて


「食べてくれる?」


と言った。


僕は困惑しながら頷くと、沙耶はダイニングから出ていった。




「楓ちゃんによろしくね」


沙耶なりの僕に対する仲直りの意味なのかもしれない。


沙耶はあまり強くものを言うタイプの子ではない。


でも頑固だから喧嘩とか、仲が悪くなるようなことを言った後は、沙耶が自分から話しかけることは無い。


話しかけてきたってことは仲直りしようという表れでもあった。




しばらくすると沙耶がダイニングを覗いた。


ジャージ姿だった。


「部活、行ってくる。」


それだけ言ってささっと行ってしまった。


今日はそんな朝だった。




果樹園の仕事は昨日と違ってプラスチックトレーの準備とおしぼりを作った。


ブルーベリー狩りの準備らしい。


ここの家では季節によって果物狩りをしている。


今はブルーベリーの時期。




120組のおしぼりとプラスチックトレーを準備して、後は昨日と同じ仕事をして終わった。


午後1時半だった。




昼ご飯を食べて、河川敷に向かう。昨日と同じところ。


そこに着くと楓が既に待っていた。


「昨日より遅かったね、佑輝。」


「ごめん、楓。ちょっと色々あってさ。」


そんな会話をして、手を繋いで河川敷を歩いていった。














晴希が朝起きると、家には誰も居なかった。


「日向ー…は親父の所か…。沙耶…も部活…。」




スマホを取り出して電話をかける。


「サル?今ヒマ…ってバイトかよ…夏休みくらい休めよ…んー分かった分かった、バイト頑張って。あーいバイバーイ。」


電話を切って少しため息をつく。




昨日は午前2時に家に帰った。


サルがバイクで家まで送り届けてくれた。


それからシャワー浴びてすぐ寝た。


それで朝、誰もいないし今日もヒマ。


サルはバイト…。




しょーがない。二度寝してやろう…。




晴希は自室に戻って行った。



***************




「うーん…タイム落ちたな…」


陸上顧問の菅原先生はそう言ってこれまでのタイムデータを眺めていた。


種目は100m。


夏の大会まで1ヶ月を切った。


私自身は選手として選ばれてはいない。


でも、何かしら先輩が怪我や故障をした時に代理で出られるくらいの実力は持っていた。


自分で言うのもあれだが、1年の同学年の中では飛び抜けていると思っている。




私は息を整えて水筒のお茶を飲んだ。


菅原先生が声をかける。


「沙耶、なんかあったか?」


「別に今日は調子が悪いだけですよ」


私は顔色を変えずにそう言った。


「…そうか…」


菅原先生は納得がいかないようだ。


そう思うのも無理はない。


今日は全体的に平均タイムより一秒遅い。はっきり言って異常。




「練習、しばらく休むか」


菅原先生は私にそう言った。


言った内容に反して先生の口調は軽かった。


私は焦った。


「先生まだ私…」


「いいや、休みだ」


先生はやや食い気味でそう言った。




先生はグラウンドで走っている私の仲間を見て言った。


「頑張り過ぎだな」


私も先生と同じ方を見た。


同級生の部員達は笑いながら練習をしていた。




「お前、あれ見てどう思う?」


「…。」


私は黙った。


先生はそんな私を見て少し笑って言った。


「本心言ってみな」


少し分かっていた私のダメなところ。


「真面目に練習すれば…いいと思います…」


先生はやっぱりなと言った。


「お前、少し真面目過ぎるっていうか。いい意味でも悪い意味でも潔癖なんだよ」




知ってる。


「そうかもしれないです…」


「そりゃ、お前のことだから理解はしてるだろうな」


先生は私のタイムのデータを見て言った。


「お前正直、頭打ちしてるよ」


私は目を伏せた。


「落ち込むなよ、頭打ちの原因は何よりお前のそういう潔癖な所だよ」


「でも…」


「6月終わりまで順調に行き過ぎたんだ、しょうがないところだとは思うが、でも…」




先生はまた私と同じ同学年の仲間を見て


「少しはサボってみな、お前は軽さが武器のスプリンターなんだから」




私はほんの少し、ほんの少しだけサボって見ようと思った。


試しに一週間。自分の気持ちに整理をつけるためにも…。

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