第3話 久しぶりの再会

「何? ビジャ?」

 シャーナの表情がこころなしか強張り、腰に下げた剣に無意識に手が伸びていた。数年前、シャーナが吸血鬼に襲われ危うく自分も闇の眷属になりかけた事件があった。それ以来、なんとなく吸血鬼に対しては気後れに似た感情を抱いている。


「ったく。タイミングが悪い奴だぜ。仕方ない俺が出るよ」

 意外としっかりした声でガズハが言いベッドに起き上がるが途端にうめき声をあげた。

「父上!」

「シャーナ。浄化の魔法を頼む」


 手のひらを父の額に向けてシャーナは呪文を唱える。攻撃魔法に比べればたどたどしかったが、一応一通りの初歩的な治癒の魔法も使えた。

「助かったよ。シャーナ」

 ガズハは娘に礼を言って起き上がる。

「いえ。お役に立てて幸いです。父上」


「そんじゃ、久方ぶりの対面といきますか」

 ガズハは2人を連れて部屋を出ると、家の入口に向かう。そこではドゥボローがビジャと対峙していた。扉の脇には大きな盾が用意してあり、いつでも手に取れるようになっている。ビジャの向こう側には息子ハンノを筆頭に武装した数人の姿も見える。


 ビジャは表面上は平静を保って家の外で立っていた。ただ、ガズハの鍛え上げられた戦士の目からすると後方に相当な意識を配っているのが分かる。ガズハはのんびりとした声をかけた。

「ビジャじゃん。久しぶり。どうした風の吹き回しだい?」


「ガズハ様……」

 それだけ言って二の句を告げられなくなるビジャ。その胸中を思いやってかガズハはあっさりとビジャを家に招き入れる言葉をかける。

「ま、立ち話もなんだ。中に入れよ」


「よろしいのですか?」

 ドゥボローが確認の声をかけるが、ガズハはこともなげに言う。

「まあ、もう家に招き入れる言葉は言っちゃたしな。一度出た言葉はもう口の中には戻らんよ」


 戸口を空けてビジャを通すとガズハは村を守る老兵達に声をかける。

「この時間まですまないな。あとはこっちで引き受けるから大丈夫だ」

「なんのこれしき。なあに姫さんとの約束じゃ。気にすることはない。それに刺激があるほうが退屈せんでええわい」


「この礼は今度またな」

 杯を掲げるしぐさをすると、爺さんたちが相好を崩す。

「そうさな。昔話をしながら飲むのも悪くない」

 ハンノを呼び入れながら扉を閉めるガズハの目が捕らえた老兵達は全く警戒を解こうとはしていなかった。頼もしいのはいいが張り切りすぎじゃねえか?


 客間に入っていくとシャーナを中心に左右をロダンとドゥボローが固めて、ビジャと向かい合って立っている。ガズハはハンノを連れてその輪に加わって、ビジャを見つめるがすぐに口を開こうとはしなかった。その様子を見て、ドゥボローが声を出す。

「お茶の支度をいたします。シャーナ様お手をお貸しくださいませんか?」


 その声を聞いたロダンがハンノに声をかけた。

「茶だけってのも寂しいな。俺はもうちょっと強いやつが欲しい。ちいと高い所にあるやつを取るんで手を貸してくれよ」

 肩を抱くようにしてロダンがハンノを部屋から連れ出すとガズハとビジャの二人が残った。


 いやいや。まったくドゥボローは細やかな気遣いのできるやつだぜ。昔からそうだがアイツには本当に驚かされるな。ガズハが考えているその前でビジャが膝を折り、両手を床に付けて声を絞り出した。

「一別以来お替り無さそうで。今までの数々の無礼にお許しを」


「うーん。わざわざ、詫びを言いにここまで来たわけなのか?」

「お恥ずかしながら、ガズハ様のお知恵を拝借いたしたく参上いたしました。このようなお願いをできる立場にないことは重々承知しております。なれど慈悲を持ちましてなにとぞ」


 ガズハは首筋をポリポリとかきながら言った。

「だよなあ。正直どの口がそんなセリフ言えるんだよって感じだよな」

 それを聞いてビジャは増々体を小さくする。

「申し訳ございません」

「まあ、いいや。取りあえず立ちな。うちのドゥボローが気をきかせたのを無駄にしたくねえ」

 ビジャはゆっくりと体を起こし立ち上がる。


 シャーナはドゥボローの手伝いをしながら、厨房の窓に時折視線を走らせた。外はすっかり暗くなっており、窓が光を反射して客間に立つガズハの姿を映し出していた。二人でお茶を客間に運んでいくと、時を同じくしてロダンも戻ってくる。

「まあ、ビジャ、座れよ。茶でも酒でも好きにやってくれ。とりあえず、話だけは聞こうじゃないか」

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