第2話 酔っ払いとその娘

 元魔王ガズハは昼間から酒を飲みベッドで寝ていた。20年間頭を悩ませてきた勇者の恐怖から解放され心配事がなくなったのだから、ちょっとはぐうたらしてもいいだろうとの理屈である。魔族に対して圧倒的に強力な勇者をガズハは2人の仲間と共に下していた。


 一人は「ガズハの盾」ことリザードマンのドゥボロー。長年ガズハに付き従う忠臣である。もう一人は「ガズハの剣」こと娘のシャーナ。父ガズハをこよなく愛する娘で、どれくらい愛しているかというと、現に父の寝室に忍び込み、その寝顔をうっとりと眺めるほどである。


 本来はお酒の飲み過ぎで苦しんでないか様子を見に来たのだが、眠りの邪魔をしてはいけないかもという言い訳で、父の寝顔をたっぷりと観賞しようという腹づもりだった。持ってきた水をベッド脇の台にそっと置き、小声で声をかけてみる。


「父上……」

 返事がない。やはりよく眠っているようだ。ただ、顔色が少々赤いように見える。これは熱があるかもしれないな。うん、確認しなくては。シャーナはその方法を考える。


 額に手を当ててみる。まあ、普通だ。ちょっと芸がないな。自分が幼少時に母にしてもらったように額を当てて見るというのはどうだろう。コツンと。これはいいな。いや、いっそのこと、く、唇で体温を確認する方がいいかもしれないぞ。別にやましい気持ちはない。大事な父上の体に異常がないか確認するためだからな。


 ごくり。思わず喉を鳴らしてしまうシャーナ。思ったよりその音が響いたような気がして、父の顔色を伺う。大丈夫だ。良く寝ている。よし、そっと近づく。ベッドの脇に跪いて、シャーナはガズハにそおーっと顔を寄せていく。では、父上、失礼いたします。シャーナの唇がガズハの額に触れそうになったその時、家の扉がバンと開いて大きな声が聞こえた。


「ガズハ様。一大事にございます」

 良く通るその声は、寝室の扉を楽々と突き破り部屋中に響き渡る。ガズハが眠そうな目を開けた。

「うう。頭痛い。もう、ロダンの奴何騒いでるんだよ。頭に響くじゃないか。なんか幻覚も見えるし。ううう」


 シャーナは心中落胆と怒りを覚えながら、少しだけベッドとの距離をあけつつ、小声で声をかける。

「父上。具合はいかがでございますか? よろしければ水を少し召し上がっては?」

「ああ。シャーナ。幻覚じゃないのか。水あるの?」


 シャーナは水の入った器をガズハに手渡す。顔をしかめながらガズハがそれに口をつけていると寝室のドアがノックと同時に開いて、ロダンの巨体が入ってきた。

「ガズハ様。大変です。実は……」

 ベッドの上のガズハの様子を見てロダンは言葉を途切れさせる。


「また二日酔いですか……? 少々、気が緩みすぎじゃありませんかね?」

「うう。ロダン。声がでかい。無駄にでかすぎ。もうちょっと静かに話せない?」

 溜息をつきながらシャーナが立ち上がり、ロダンに向かって言う。

「ということで父上はこんな状況だ。代わりに私が話を聞こう」

「シャーナ。よろしくぅ」


 珍しくロダンが逡巡した表情を見せる。

「なんだ。私では不足か。それほどの大事が起きたというのか?」

「まあ、それほどの大事ってわけじゃねえんですがね」

 ロダンは先ほどの自分の発言と矛盾したことを言う。

「ガズハ様にお客さんが来てるんで」


「父上に客だと? まあ、私も若輩者だが一応は父上の娘だ。名代として不足はあるまい?」

「それはそうなんですがね。相手がちっとばかり面倒なんで。何も無いとは思うんですが。まあ、兄上もお呼びしてるんで3人いれば大丈夫ですかね」


「随分ともったいぶった言い回しだな。しかし、ロダン。お前の手に余る相手なんてそんなにいないだろうに、誰なんだ?」

 ロダンは腕の筋肉をモリモリと動かしながらニヤリと笑っていう。

「そりゃあね。俺も腕には自信がありますよ。でもねえ。陛下が直々にやってくるといえば大事でしょう?」


「陛下?」

「ああ、そっちの陛下じゃなくて、現魔王様ですよ。吸血王ビジャがやってきたんです!」

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