ナパ napa【ゆがんだ】

私は、今までの人間関係がなかったかのように、無言のままでいた。そして、父親の1周忌も、とどこうりなく終えられた。そうしたメールでの報告にさえ、反応せずに放置する自分がいた。


看護師さんを通して、友人・知人、親せき・恋人、関係なく、

面会をお断りしたいことを申し出ていた。しっかり、今は静養させてほしいということを伝えた。そのように、来客には対応します、ということで看護師から言われている。


だから、もし岸本さんが面会届けを1階受付で出しても、本人の意思によりお断り致します、と言われて帰っていることもあり得た。


私は貝のように心を閉ざしていた。


母親が自殺してしまった。

18年ぶりに会ったすぐその後で..。

私が殺したの

私が会いに行ったから?

私の心にはそのことが終わりなく回り続けていた。


私は、母親の帰りを待たなければいけないのではないか。

こんなところで、休んでいる場合ではないのではないか。

矛盾した心は折れ曲がっていた。私はナースステーションにその矛盾した心を言葉にしに行く。ナースたちは、小川さんは関係ないけど、お母さんはもう亡くなられていますよ。小川さんは悪くないですよ、と言ってくる。私は涙が止まらなくなる。看護師が困って、不安時に飲むお薬を私に飲ませて、私を部屋に帰しに行く。私の腕を組むように一緒に歩いて。大丈夫だから、と。

私はまだ涙が止まらない。

部屋の患者さんは無言で心配する。


その晩、ご飯より私は休息にあて、眠っていた。食欲がなかったので看護師に今日は要らないですと言った。看護師は心配していたが、仕方なくご飯を下げた。


夕食後、部屋の足向かいに居る京子さんと、隣にいる後藤さんと、なんとなく、3人で話をした。京子は幻聴、幻覚がひどく、ほんとうにひどい時はベットに寝て、高熱が出たかのように赤い顔をし、うんうん、うなされている。京子さんは結婚していて、京子さん想いのだんなさんがよくお見舞いに来ているが、それはそれは、心配そうにしている。そして、幻聴、幻覚のない時の京子さんは、にこにこしていて穏やかな空気を周りに発していて、周りの人ともうまく調和していた。


隣にいる後藤さんは、自分の身体が自分のものではない、という感覚がとても強く、つらい時の後藤さんはずっと一点を見つめて動かなかったり、感情を伴わない涙を静かに流している。そして、後藤さんは不倫をしていて、相手の男性はお見舞いに来ると、京子さんと病院から外出し、セックスをして愛し合う。求めあう。その彼と病室に帰ってきた後藤さんは、いつもの何十倍かの笑顔と輝きに満ちていた。私は、セックスをすると、自分の身体を自分で強く実感できるのでは、だから、後藤さんは輝くのかな、と思った。


私は、母親が突然死し、それも自殺であり、それは私のせいだと思っている反面、もうひとりの自分は母親を待ち続けていて死を認知していない。その二面性が起こると泣いたり、現実的でないうわ言を言ったりする。

父親も病死による突然死をしており、それを見つけたのは私である。今だ、ショックと孤独から抜けられずにいる。

男性恐怖心をもち、男性を今だ受け入れられない身体を持ち続けている。誰かの女になろうとしたのは、お金が目的ではなく、かなり歳の離れた男であったし、信頼はしている人だったからだ。女になるということは性関係を前提にしている。私はそこを乗り越えようとしていた最中であった。そしてもうひとり、既婚者の男で自分を愛している存在がいる。


私たちは病室で、自分たちの抱える心を、病を、お互いに言葉にする前にさらけ合ってはいたが、今晩は言葉にして話したりしていた。消灯になっても、看護師の巡回の時だけ寝たふりをして、私たちは深夜まで、ぽつりぽつりと話をした。


私はのどが乾いたので、真夜中に談話室にある自動販売機に、スポーツドリンクを買いに行った。ふと、談話室をみると、じゅうたんの床の上に、三角座りをして目に涙をためている女の子、女子高生らしき子がいた。


「どうしたの?」私が聞くと女の子は「彼氏に会いたい」と言って、しくしく泣き始めた。パジャマの胸元にシルバーのネックレスが夜の光にきらめいていた。「そのネックレス似合ってる。彼氏にもらったの?」と聞くと、「うん」と言ってネックレスをしばらく握っていた。

「帰ろう、病室に。」私が言うと女の子は黙ってついてきた。そして、自分の部屋に帰っていった。


私は病室に戻ると二人に、遅かったねぇと非難を受けた。

私は、ちょっと夜景を見すぎて、とごまかした。

そして、スポーツドリンクをちびりちびりと飲みながら、朝の3時過ぎまで3人で話していた。


私は談話室で会った女の子のことを思い出していた。彼氏がいなければ、私は生きていられないという顔をしていた。なんて、かわいいのだろう。あんなに純粋に彼氏に会いたくて泣くなんて。


ネックレスは彼女の心を映すように輝いていた。










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