ナオ nao【さざ波】
最寄り駅まで青二くんが車で送ってくれた。
しっかりとお礼を言い、別れた。
元旦、昼前の駅前を歩く。
ここらは意外と静かだった。
通り道の神社には、何人か初詣か、お参りしている人の姿があった。私も並び、お参りをしてから、再び、家を目指して歩いた。
歩きながら、さっき青二くんの車の中で流れていた曲を思い出した。
【星の 見えない 夜には
夢見るのさ 目を閉じて
大地に 光を
果てしない夢を
太陽に キスを
変わらぬ瞳を】
少し口ずさむ。
そして、歩く。
アパートが見えてきて、私はほっとしている自分に気づく。
不在配達票が郵便受けに入っていた。【寝具 等】と書いてある。不信に思い、ふと携帯をのぞく。岸本さんよりメール有り。
「セミダブルのマットと掛け布団、枕、毛布など頼みました。料金は支払い済みです。
ロフトに置いたらどうかな?
今日、日勤が終われば、夕方そちらへ行きます。明日は休みなので泊まります。 岸本」
と、メールが入っていた。
ついに、泊まるんだ、そして、なぜか寝具まで増えた。
私は少しどきりとした。
【雨上がりの 道を追いかけた
沈む瞳に みえる光を】
さっきの歌の続きを口ずさむ。
インターホンがなる。
再配達だ、と勘づく。出るとやはりそうだった。セキュリティ解除し、部屋まで布団を運んでもらう。玄関口で印鑑を押す
「ありがとうございました」
元気な声で配達員が言い、帰っていく。重たそうなので、そのまま、玄関付近に荷物を立てかけておいた。
私はとりあえず、湯舟にお湯を張り、お風呂に入った。
一番しんどいこと、不安だったことが終わり、私はほっとしていた。それは、母に会うことだった。7歳から会っていなかった。15年間で、母は少し雰囲気が変わったように感じた。
自分の母親ながら、美しい女だと思う。それは、もの心ついた時から、今回再会しても、そう思った。母には男の人が必要不可欠である何かを感じさせるものがあった。きっと、母は、そういう宿命なのだとそう感じた。どうしてそれが、父ではだめで、青二くんのお父さんなら大丈夫だったのか。青二くんのお父さんと今回直接会ってみても、私には何かぴんとこなかった。お父さんでも良かったのでは、とさえ思った。たぶん、青二くんのお父さんのほうが、母を求めたのだろうと、そんなふうに見えた。
青二くんと青二くんのお母さんを捨ててまで、母にあったものとは何だったのだろう。
頭を洗いながら、身体をお湯で優しく流しながら、私は思いを
めぐらせていた。
お風呂から上がり、服を着た。
私の髪は肩より少し伸びていて、とてもゆるいパーマをあてていた。柔らかい髪質で、まあまあパーマはあたりやすいようだ。この髪型は気に入っている。もう4年くらい変わらない。髪の色は、私はもともとが真っ黒ではなく、濃い茶色に近かった。黒目も、母ほどではないが、黒ではなく茶色がかっている。
髪をドライヤーで乾かした。
まだ、昼過ぎで夜まで時間があった。
私はなんだか、よくわからない寂しさが込み上げてくるのを感じた。涙とも叫びともちがう何か。私は何のために、誰のために生きているのか、さまようような心細さで、こんな気持ちに一生ならずにいける人もきっとたくさんいると思うと、悔しかった。そして、悔しさがあるうちはまだ大丈夫、とも勝手に思った。
私の心は、動揺していたのだと思う。母に再会して。
私はいつもの赤いソファーに横たわり、布団をかぶり目をつぶった。眠りはすぐにでも訪れようとしていた。
私の特技は眠ること。
そう、ふと思い、そのおかげで今があるような気がした。
バカらしいけれど、とても貴重なことのように思えた。
携帯の着信の音で目が覚めた。
岸本さんだった。
「仕事終わったから今から行くね。何か適当に食べるもの買って行くよ。じゃ、また後で。」
「うん、待ってるね。じゃあ」私は、携帯をテーブルに置いた。まだ、頭がぼんやりとしている。出窓から見える太陽は西にすっかり傾き、夜の暗さが忍び寄ってくるようだった。暗くなると、家にいられることが幸せに思える。私は、夜、外にいることがあまり好きではなかった。
今日は元旦なのだったが、私はあまり何も変わらない。喪中でもある。
そうじ機をあて、トイレそうじをした。
そうしているうちに、岸本さんはやって来た。
「今は元旦からスーパーが開いているから便利だね。
おすし好き?一緒に食べようよ。」そう言いながら、部屋に入った。いつもの位置にあぐらをかいて、テレビをつける。
「正月はやっぱり、何かと特番だよねー。」そう言いながら、色々番組をチェックする。
岸本さんが居ることで、暖かいひだまりのような空気が伝わってくる。さっきまでの複雑な胸中は溶けてなくなるような感じがした。
「なんか、久しぶりだね。
あ、布団とかお昼に届いたの。びっくりした。でも、泊まるなら確かに布団がいるわ。
ロフトに運ぶの手伝ってくれる?」
「もちろん。運ぶから大丈夫だよ。」
私たちは包装をといて、マットや布団を順番に一緒にロフトに上げた。ロフトにぴったりと納まり、寝心地良さそうな空間ができた。私はなんだか、楽しかった。
そして、私たちは、岸本さんが買ってきてくれたおすしを、食べ始めた。
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