メハナ mehana【太陽の暖かさ】

夕飯のあと、岸本さんはお風呂に入った。

夕飯で出たゴミを片づけたり、テーブルをふいたりしていた。

そして、パジャマに着替えて、寒いので上にパーカーをはおった。テレビは夜になるとますますお正月ムードの画面が出ていて、それをぼんやりと見ていた。不思議と変に緊張はしていなかった。恋人を待つ、心もちに違いはなかったが、性的なことが突出して心が乱れることは、不思議と岸本さんに対してはなかった。だからこそ、恋人になれたのかもしれない。

岸本さんは年齢より若くは見えたが、妻を亡くした体験をしたりしているからか、やさしく人を癒すような空気感を常に身にまとっているような人だった。少し背は高めで、やせても太ってもいない、すんなりとした体型をしていた。

私と並んで歩くと、恋人に見えたり、友人に見えたり、上司と部下だったりに見えるだろうと思えた。親子や不倫関係には、なぜか私たちは見えないのではと直感していた。


岸本さんが風呂から上がり、部屋に戻ってきた。いつもの位置であぐらをかいて、しばらく無言でテレビを見ていたが、ふと


「ロフトで今日は一緒に寝ないか?」と言い、私を見つめた。


「うん。いいの?新しい布団なのに。」そう答えると


「一緒に布団に入りたかったんだ。」そう岸本さんは答えた。


そして私たちはテレビを消して全体の電気も消し、ロフトにある小さな灯りだけをつけた。


かさこそと二人は布団の中にすべり込んだ。自然と寄り添うように二人は並んで、しばらくじっとしていた。


「二人だと、不安じゃないでしょう?」岸本さんさんが突然言った。


「そうね。不安がどこかに行ってる感じ。安心する。」そう言って、私は深呼吸をした。


私たちのもつ孤独は、ただセックスすれば解消する類いのものではないと感じていた。

もう少し丁寧に時間をかけた言葉やまなざしや、声掛けがたくさん必要だと思えた。


私は、そっと、岸本さんと手をつないだ。岸本さんはそっと握ってくれた。

それだけで、何日の孤独が消えるのだろう。

人が生きて暖かい、好きな人が隣にいる幸せを私は感じていた。


もっともっと、話すことがたくさんあるはずなのに、なぜか言葉が浮かばず、出てくることもない。私はこのまま眠りに落ちそうになっていた。


岸本さんがふいに、上半身を上げて、私を見つめた。見つめ返すと、そっと、唇を重ねてきた。私は目をつぶらず、ただなすがままにゆだねていた。その様子にまたふいに、岸本さんが唇を離し、私を見つめた。

何か言葉が出そうで出ずにいた。岸本さんはまた、身体をよこたえると、

「眠れそう?」と私に聞いてきた。二人とも近い天井を眺めていた。

「私は..私はすぐに眠れてしまうの。」と言うと、岸本さんは少し驚いた。


「色々、思い出したり、胸苦しくなったとしても?」と聞いてきた。私は

「そうなの。寝てしまう。だから、私は生きていられてるのかもしれない。」と、淡々とした口調でそう答えた。


「明日、初詣..には行けないんだった。私。」と言うと、岸本さんは

「明日は晴れて暖かいみたいだから、散歩でも行くか。」と言った。私は隣にいる岸本さんが温かいので、いつもに増して眠気がきていた。私は、うんと言いそこねて眠りに落ちていった。


翌朝、目が覚めると隣にいた岸本さんは下でテレビを見ていた。初めて赤いソファーに腰かけていた。私が上から

「おはよう。」と声をかけると、片手を軽くあげ「よ、おはよう。」と言ってきた。


私はすぐに起きて、服に着替えた。そして、食パンとヨーグルトとフルーツ、紅茶も入れた。

岸本さんは二枚食パンを食べたし、ヨーグルトもフルーツもやはり、私の二倍食べた。

「この紅茶、うまいな。何かいいやつ?」と聞いてきたが、普通に売っているものだったので「スーパーに売ってたのだよ。」と答えた。

岸本さんは、一杯目はストレートで、二杯目は砂糖とクリープを入れて、ミルクティーにして飲んでいた。


岸本さんが部屋にいるだけで、部屋が自然と暖かみを帯びているように感じていた。それは、毎回のことだった。


外は快晴だけれど、随分と冷えていて寒そうだった。

岸本さんは

「散歩は延期にしようか。風邪ひくかもしれないな。」と言った。私は「そうねぇ。」と答えた。


その時、テーブルの上にある私の携帯がなった。

「はい、もしもし」出ると、青二くんからだった。

「由季ちゃん。落ち着いて、聞いてほしいんだ。」青二くんはゆっくり、はっきりと言った。

「何?」私は何も考えずにそう聞いた。


「紅雪(こゆき)さんが昨夜、亡くなったんだ。」


私は受話器を耳から外し、テーブルにことんと置いてしまった。私はその時から一点を見つめ、放心した状態になってしまった。見かねた岸本さんが私の携帯を握り、青二くんと話始めた。


岸本さんと青二くんはお互いにあいさつした後、込み入った話へと入っていった。

昨夜、青二くんのお父さんと寝ていたはずの紅雪さんは、お父さんが気づいた時、隣にいなかったという。トイレにしては長いし、不審に思った青二くんのお父さんが家の中を探してもいなかった。


そして、外へ出てみると、広い庭や畑の向こう側の木に、ロープで首をつり、すでに亡くなっていた紅雪さんを発見したという。すぐに救急車を呼んだが、病院で死亡が確認されたという。紅雪さんの首にはロープの跡が強く残っていたそうで、事件性も薄く、死因は自殺と認定された。


青二くんは今日のお通夜、明日の葬式に出席するので、もし由季ちゃんが行くなら一緒に行こうと思い連絡したという。


「由季さんの様子が急激におかしくなっているんだ。話さないし、一点を見つめたままになっている。葬儀に行ける状態じゃないよ。」岸本さんは青二くんにそう伝えた。


青二くんは

「わかりました。由季ちゃんのことお願いします。」

そう岸本さんに言い、電話は終わった。


岸本さんは少し考えて

「小川さん。仕事を今は休めるだけ休むんだ。自分で電話できるか?」と由季に伝えた。由季は我に返り「はい」と機械的に答えると、上司の岡田くんへと電話をした。


「もしもし。小川です。今、母が亡くなったと連絡があって、ちょっと私気持ちが現実に付いていかず、仕事ができません。

はい。え、診断書?心療内科ですか。最長三ヶ月ですか。はい。わかりました。診察が始まったら行ってみます。はい。それまで休んでいいんですか。ありがとうございます。失礼します。」由季はどっと疲れてしまった。気づくと隣にいた岸本さんの胸に顔をうずめていた。

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