ウア UA【雨】
12月31日、大みそかは朝からどしゃ降りの雨が降っていた。この時期なら雪でもおかしくないのに、異常気象で暖かいので雨になる。
マンション受付のお仕事は12月31日と元旦、1月2日はお休みとなっていた。
私はまだソファーで横になり、頭まですっぽりと布団をかぶって、耳だけで、外の雨音を聴いていた。
私は幼い頃なぜか雨が嫌いで、雨の日なんて無ければいいのにと、空をよく見上げたものだった。
そんな私を見て母は、
「由季、今は雨が嫌いでも、大人になれば雨もいいかなって思う日が来るよ。」そう言って、目だけで微笑んだ。
そう、母の瞳は色素が薄く茶色くて、異様と幼いながらに思うほどきれいに澄んでいて、1度見たら忘れがたいものがあったと思う。
私は目を閉じて、母の目を思い出すと、気が変になりそうだった。胸に何かかたまりが込み上げてくるのだった。
その時、携帯がなった。
手元に携帯がない。
そうだ、昨日、少しだけロフトの上で本を読んだ時、置きっぱなしにしていたのだった。
慌てて飛び起き、音のする上へとはしごを登り、電話に出た。
祖母からだった。
「もしもし、おばあちゃん?どうかした?」おばあちゃんの声に耳を澄ました。
「由季ちゃん?ちょっと、急なお客様がおみえになったの..。由季ちゃんのお母さんとかけおちした方の息子さん。小学校と中学校で由季ちゃんと同じ学校でしたって言うのよ。青二(せいじ)くんって言うの。由季ちゃん、覚えてる?」
おばあちゃんは、自分を落ち着かせるように話しているように聞こえた。
「覚えているわ。はっきりと。でも、同じクラスに1度もならずに終わったから、まだお話したことがないの。青二くんが来てるのね。何か、用事があるんでしょう。
私、今から準備してそっちに行くから、青二くんに待ってもらっていい?」私は祖母に尋ねた。向こうの電話の外で、祖母と青二くんが話す声がかすかに聞こえた。
「うん、待ちますって言ってるから、気をつけておいで。」祖母はそう言って、ゆっくりと電話を切った。
私は一気に現実に戻された感じがした。
急いで身じたくをして、祖母の家に向かった。
祖母の家へ向かいながら、管理人さんは年末年始がなく働いていることを、ふと思い出した。
岸本さんに、しばらく会えない気がした。
移動している間に、雨は小雨となり、祖母の家に着いた時には雨は上がっていた。
祖母が玄関に出てきて、一緒に居間まで行くと、青二くんと思われるひとが畳に正座して座っていた。青二くんは私に気がつくと振り返って立ち上がった。
「突然、すみません。
由季さん?ですよね?
余りお変わりなく、面影があるのですぐにわかりました。
この度は、お父様が急にお亡くなりになり、大変だったですね。僕はまだ実家にいるので、回覧板で知りました。
青二と申します。」と頭を下げた。
私は、父が亡くなっていたことを青二くんが知っていたことに驚いたが、冷静に考えると、確かに普通に近所のままだったので、回覧板は回るよね..と思った。
「由季です。わざわざお参りに入らしてくださり、ありがとうございます。
青二くんも、面影がありますね。
今日は何か、お話がおありなのでは..?」私がそこまで言うと、祖母は席を外して、私たちを二人にした。
「僕は、小学生のときに、あなたと同じく両親が離婚しました。僕の父は僕と連絡を取りたがったし、会いたがったんです。母親はとても寛大な女性で、そして、経済的にも精神的にも、父親がいなくても困ることがなかったんです。他に好きな女性ができたなら仕方がないと、即刻に離婚届を書いていましたし、僕が父親と会ったり話したいなら、自由にしていいよと言いました。親権は母にあったのですが。ただし、離婚してからは、母自身は父親と話すことも会うこともなかった。だから、僕は、父親がどこにいるのかを知っていますし、あなたのお母さんは行方をくらます形をとっていたことも知っていました。今回、由季さんのお父様が亡くなられたことを話すと、由季さんのお母さんが由季さんにどうしても会いたいと初めて言いました。だから、今日、明日にかけて、僕とお母さんに会いに行きませんか?」青二さんは、説明が伝わるように、丁寧に話していた。
「..そんな、急な話ってあるかしら。会って..私は何を話したらいいの..。」私が言葉に詰まっていると青二くんが、
「親子なんですから。大丈夫です。」と言った。
私は一瞬怒りが込み上げるのを感じたが、そっと飲み込み、
「わかりました。
せっかくですから、父親が亡くなった事実を私からお話しに行きます。」私は、そうとしか言い様がなかった。
祖母にそのことを告げ、私と青二くんは、彼の車で、母の元へと向かうことになった。
雨は上がり、光が射していた。
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