ラー la【太陽】

翌日、目が覚めて携帯の時計を見ると朝の8時だった。携帯に着信が入っていた。見ると、岸本さんからだった。7:58。ついさっきだ。でも気がつかなかった。


けだるく、のどが痛い。飲み込むのが痛い。

熱を計ると37.8°だった。風邪が本格的になってきた。

今日、仕事が休みで良かった。

空腹感はないけれど、風邪薬を飲む為に、テーブルの上にあるみかんを1つ食べてから、湯のみに残っているお茶で市販の風邪薬を飲んだ。

そして、またそのままパッタリとソファーに倒れこんだ。

毛布と布団をしっかりかぶり直した。


夢には母親が出てきた。夢の中で私は小さな女の子に戻って、母が料理をする後ろ姿を不思議な気持ちで見ていた。


着信音で目が覚めた。

岸本さんだ。

「おはよう。いや、特に用があるって訳でもないんだけどさ。どうしてるかと思って。俺、この間一緒に行ったコーヒー店で、新聞読んで長居してるとこ。小川さん、今日休みでしょう。」


ほんとうに特に用がある訳の電話ではない雰囲気だった。


「寝てたの。なんか、風邪みたいな感じ。」

私は、すごくゆっくりしか言葉が出てこなかった。


「え、それはまずいな。だいぶしんどそうな声だね。今から行くよ。アパートは前に場所聞いてるから、わかるよ。なんか、要るものとかない?」


こんな日に初めて来てくれるのか、と一瞬迷ったが、


「じゃあ、果物の小さいパックのジュースがほしい。」


「わかったよ。じゃああとで。」


電話はあっという間に切れた。

30分、いや、買い物して1時間くらいで来るかもしれない。

その間に何かしなくては..思いながら、私は今度は夢も見ない深い眠りに落ちていった。


今度はインターホンの音で目が覚めた。出ると、岸本さんさんだったのでオートロック解除をし、玄関の鍵も開けた。

ソファーに戻ってすぐ、ドアをノックする音がした。ドアを開けると岸本さんが立っていた。


「大丈夫?」

岸本さんはとても心配そうな目つきをしていた。


「うん、なんとか。どうぞ、入って。」

私は扉を押して全開にし、岸本さんに先に入ってもらった。


「へー

わりと広いんだね。

はい、これ果物ジュースとこっちは本物のいちご。」


岸本さんはテーブルの上に袋ごと置いた。


「ごめんね、ありがとう。夜勤明けなのに大丈夫?」


見ると、岸本さんは床にあぐらをかいて座っていた。


「大丈夫。緊急事態だからね。俺、体力はあるから。」


私は、急いでエアコンを入れて部屋を暖めた。


この時期、いちごがあるんだね。珍しい。おいしそう。ありがとう。


私はいちごとジュースを冷蔵庫にしまった。


何か飲む?

キッチンのほうから尋ねると


「君は早くここで横になりなさい。」


岸本さんはお父さんみたいな口調でそう言った。


部屋の時計を見ると11時を回っていた。窓の外は快晴だった。


「横になったらちゃんと話せないじゃない。」


そう言いながら、私はソファーに座った。

私ははずかしかった。今でも、家着だし、化粧もしていない。だらしない、と自分で思った。


それに

それに、もし急に岸本さんが人が変わったような行動をしたら、私は避けきれない。いや、もう部屋に上げた時点で、もっと、彼の女になった時点での私の心構えが甘い。私の思考と感情が混乱する。いっそ、笑ったほうがいいのか。色々な思いがかけめぐる。


「また。またそんな石みたいになって。」

岸本さんは少し困ったように笑った。


「じゃ、俺は今日はこの辺でおいとましようかな。」


早々立ち上がる岸本さんに、とっさに

「行かないで。

しばらく側にいて。」


私は頑張ってそう声にした。


岸本さんはしばらく黙って私の顔を見ていた。


「いいけど、いいけどさ、俺は今日は何もしない。わかった?」

念のこもった声でそう言うと、岸本さんはテレビをつけて、小さな音で見始めた。


私は、彼の視線がそれてほっとしている自分に気づいた。

私は何がしたいのか。

岸本さんを好きなのに、今なぜ背中を見てから安心するのだろう。

私の思考は崩れそうになった。


「ジュース飲んでから寝てよー。」

テレビを見ながら岸本さんは言った。


私ははっとして、言われた通りにジュースを飲んでからもう一度横になって布団の中に入った。


岸本さんの後ろ姿は安定した空気に包まれていた。

風邪で何かを消耗しているのか、私は眠くなり、またそのまま眠りに入っていった。





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