98 芙蓮姫との会談 その1


 玲泉に連れられた芙蓮は、数人の侍女達を伴って、約束通りの時間に王宮を訪れた。


 晟藍国風のきらびやかな薄い絹の衣に身を包んだ芙蓮は、見る者によっては見惚れるほどの華やかさで、名前の通り、咲き誇る芙蓉か蓮の花のような可憐さだ。


 細やかな刺繍が施されたあでやかな衣装には、初華がまだ晟藍国の正妃となっていない現在、晟藍国で最も位が高い女人は自分であるという自負が透けて見えるようだ。


「芙蓮姫様、ようこそおいでくださいました。お会いできて光栄です」


 あらかじめ藍圭に相談し、準備を整えていた応接用の一室の扉の前で、龍翔はにこやかに芙蓮を迎える。


「わたくしも、龍翔殿下にお会いできて嬉しゅうございます。不幸なすれ違いにより、今まで龍翔殿下と親しくお話しすることが叶いませんでしたが……。今後は、龍華国と晟藍国の友好のため、幾久しく昵懇じっこんにさせてくださいませ」


 楚々そそとした風情で一礼した芙蓮が、美しく化粧をほどこした面輪を上げ、にこやかに微笑む。


 並の男なら鼻の下を伸ばすところかもしれないが、龍翔はそんな暢気のんきな気持ちは、露ほども起こらない。下心が透けて見える相手の口車にむざむざと乗ってやるほど、お人好ひとよしではない。


 が、今回の会談で芙蓮を取り込みたいのは龍翔の本心でもある。


「芙蓮姫様がおっしゃる通り、二国の間の友誼が末永く続くことはわたしの望むところでもあります。わたしも、芙蓮姫様とお会いできる今日の日を、楽しみにしておりました」


 本心をとりまぜ、龍翔はにこやかに微笑む。


「まあ……っ」


 と呟いたきり、芙蓮の言葉が止まる。うっとりと龍翔を見上げた瞳は感極まったように潤み、頬は熟れた桃のように紅潮していた。


 芙蓮の後ろに控える侍女達も、頬を染めてほぅっと感嘆の吐息をついている。


「龍翔殿下もそのように思ってくださっていたとは、なんと嬉しいことでございましょう! お互いに心待ちにしていただなんて、二人の心は早くもひとつでございますわね!」


 嬉しげにころころと喉を鳴らした芙蓮が、後ろに立つ玲泉を振り返る。


「龍翔殿下とお会いできるよう取り計らってくださった玲泉様にも、重々お礼を申しあげねばなりませんわ。本当に、ありがとうございます」


 丁寧に礼を述べた芙蓮に、玲泉はおっとりと微笑んでかぶりを振る。


「とんでもないことでございます。芙蓮姫様がおっしゃられたように、龍華国と晟藍国に固いきずなが結ばれることは、差し添え人として喜ばしいことでございますから。そのために尽力するのは当然のことでございます」


 いかにも職務に忠実な高官らしい玲泉の言葉に乗っかり、龍翔は親しげに玲泉へと告げる。


「ならば、おぬしもともに、芙蓮姫様の話を聞こうではないか。わたしもお前も、共に差し添え人の身。おぬしも芙蓮姫様と友誼を深めれば、両国の絆はさらに深まるであろう。わたしも、おぬしがいてくれれば、心強いことこの上ない」


 龍翔が芙蓮の応対をしている間に、玲泉が明珠にちょっかいを出す気でいるのは明らかだ。龍翔の目の届く範囲に留めておけるなら、それが一番よいに決まっている。


 内心をおくびにも出さず、いかにも信頼していると言わんばかりに微笑むと、玲泉が恐縮した様子で首を横に振った。


「そのようなお言葉をいただけるとは、まことにありがたいことでございます。ですが、わたしは瀁淀殿の屋敷に滞在している間に、芙蓮姫様と親しくお話しさせていただく機会もありましたので……。龍翔殿下と芙蓮姫様は、お互いに大切な弟妹がご結婚なさる身。今後、縁戚となられることを考えれば、わたしなどとより、龍翔殿下と芙蓮姫様が友誼を深められたほうがよいのは、自明の理でございます。兄や姉として、余人を交えず話したいこともございましょう。今日のところは遠慮させていただければと存じます」


 端麗な面輪に笑みを浮かべ恭しく告げるさまは、第三者の目からすれば、慎み深い忠臣としか見えぬだろう。


 龍翔と玲泉は互いににこやかに微笑み合ったまま、視線の刃を交わし合う。


 もし安理がここにいれば、「も~っ! 龍翔サマも玲泉サマも、言いたいコトがあるんなら、お互いに口に出してはっきり伝え合ったらどうーっすか~?」と、ぶっひゃっひゃっひゃっひゃ、と腹を抱えて笑いながらあおるに違いないが、幸か不幸か、安理は今、この場にはいない。


 二人の無言の応酬に気づかず割って入ったのは芙蓮だった。


「玲泉様がおっしゃる通り、叔父様のお屋敷で、玲泉様とは何度もお話しする機会がございましたわ。むしろ、玲泉様から幾度もお話しをうかがったからこそ、わたくし自身の目で龍翔殿下の人となりを確かめさせていただきたいと思ったのでございます。どうか……。龍翔殿下の飾らぬお姿を見る栄誉を、わたくしにたまわってくださいませんか?」


 媚びるような艶をにじませ、熱を持ったまなざしで見上げる芙蓮に、龍翔はこの辺りが潮時か、と内心で諦めの息をつく。


 玲泉を自由になどしたくはないが、今は芙蓮の応対に力をそそぐほうが重要だ。優先順位を間違えるわけにはいかない。


 加えて、芙蓮も龍翔との会談に乗り気のようだ。この機会を逃す愚は犯せない。


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