83 港にどんな御用なんですか? その1
晟藍国へ着いた翌朝。
高官達が集まる朝議に、藍圭や初華とともに出席するのだと、朝食後、龍華国の皇子であることを示す《龍》の刺繍が施された立派な衣を
昨日着いたばかりなので、張宇と一緒にこまごまとした荷物を整理しているうちに昼時になり、龍翔が部屋に戻ってくる。
昼食の時に、午後からは馬車で出かけると告げられたのだが。
「行き先は港……ですか?」
馬車が動き出してすぐ、龍翔から教えられた行き先に、明珠は小首をかしげて隣に座る龍翔を見上げた。
馬車に乗っているのは龍翔と明珠、季白と張宇の四人だけだ。
藍圭と初華も一緒に港へ行くことになっているが、初華達は別の馬車に乗っている。
『花降り婚』が無事に終わるまで、龍翔達は晟都の王宮に滞在することになっている。ここからさらに移動するという話は聞いていない。そもそも、昨日ようやく晟都に着いたばかりだというのに。
「港にどんな御用なんですか?」
明珠の問いに、龍翔がひとつ頷いて説明してくれる。
「婚礼の準備がどこまで進んでいるのか、この目で確認したいのだ。交易で栄える晟藍国では、国王の婚礼は華揺河に舞台を造って、そこで行うのが慣例らしい。が……。昨日、港に到着した時に、それらしいものは見なかった」
「確かに、そうですね……」
港の風景は、明珠も昨日、龍翔と並んで甲板から眺めたが、舞台らしいものは何一つ見えなかった。
舞台がどれほどのものかはわからないが、国王の婚礼の場となれば、それなりの大きさになるに違いない。というか。
「あんなに広い華揺河でしたら、深さも相当あるのではないですか? そこに舞台を造るなんて、どれほどの大工事になるんでしょうか……?」
きっと数か月、下手したら年単位の大工事になるに違いない。
それほどの長い期間、龍翔が龍華国を離れていても大丈夫なのだろうか。
不安を隠さず龍翔の秀麗な面輪を見上げると、安心させるようにぽふぽふと頭を撫でられた。
「確かに、華揺河の川底に
「なるほど……っ!」
「少し観察すればわかりそうなものでしょう?」
龍翔の説明に感心して頷くと、季白の冷ややかな声が飛んできた。
「華揺河のような大河に杭を打ったり、そこに橋を架けるなど、並大抵の技術では架けられません。ただでさえ水の流れがある上に、大河となれば、押し流す力もすさまじいものになりますからね。龍華国のような上中流部ならまだしも、下流域となれば、渡し船が基本。あなたも、船旅の間、ほとんど橋を見ていないでしょう?」
「確かに……! 教えてくださってありがとうございます!」
ぺこりと頭を下げるが、季白は厳しい表情のままだ。いぶかしげに口を開いたのは張宇だった。
「どうした、季白? やけに
張宇の指摘に、季白が片手で額を押さえ、深い溜息を吐き出す。
「そうですね。あなたの言う通りです。すみません。朝議での怒りが、いまだ冷めやらず……」
「何かあったのか?」
季白の言葉に、張宇が
「あったも何も」
ふう、と季白が大きく嘆息する。
「事前に藍圭陛下より、瀁淀が実権を握ってから、大きく人事が動かされ、瀁淀の息がかかった者ばかりが取り立てられていると聞いてはいましたが、あれほど質が悪いとは……。まるで、晟藍国が金で龍華国の皇女を買ったかのような、あの
きいぃっ、と歯ぎしりしそうな様子の季白に、龍翔が苦笑いする。
「落ち着け、季白。龍華国は確かに大国だが、失政続きで国力に
「お言葉ですが、あの程度の小物どもに、龍華国の正確な現状が把握できているとは思えません!」
珍しく、季白が龍翔の言葉に反論する。
「奴等に見えているのは、歪んだ己の姿だけです! 瀁淀に取り立てられたことを、己の都合のよいように解釈して、尊大さばかりがぶくぶくと肥え太り……。みっともないことこの上ありません!」
敬愛する龍翔と初華に失礼な態度をとられたことが、よほど腹に据えかねているのだろう。季白の怒りは治まりそうにない。
「そう怒らずともよい」
激昂する季白に、龍翔はゆったりとかぶりを振る。
「確かに、高官達の言動は失礼極まりなかったが、龍華国の名だけで奴等の目を覚ましてやりたいとは思わぬ。それでは、虎の威を借る狐と同じ。高官達の目を
落ち着き払った龍翔の言葉に、季白が鋭く息を飲む。
「っ!? さすが、わたしが心よりの忠誠を捧げる龍翔様でございます……! 龍翔様の輝きは、龍華国の第二皇子という肩書がなくとも、一切減じることがありませぬ! この素晴らしさがわからぬとは、高官達はなんと愚かな者どもでございましょう! いえっ、むしろ龍翔様のまばゆさに目がくらんでしまったがゆえに、一時的に盲目となっているに違いありません! ああっ! 一刻も早く
感動のあまり、涙を流しそうな勢いで褒めたたえる季白に、龍翔が、
「だから、落ち着けと言っておろう」
と吐息する。
「こちら側に引き入れねばならぬのは確かだが、晟藍国の高官なのだ。心酔するのなら、わたしではなく藍圭陛下でなくては意味がない。我らは、ゆくゆくは龍華国へ帰るのだから」
「確かに、それは龍翔様のおっしゃる通りでございますが……」
尊敬する主の言に、しぶしぶといった様子で季白が頷く。
「果たして、藍圭陛下に高官どもをまとめられるでしょうか……。あっ、いえ! 藍圭陛下に国王として立つ能力がおありでないと言いたいわけでは、決してございません!」
きゅっと眉を寄せた龍翔に、季白があわててかぶりを振る。
「むしろ、御年八歳にして、あれほどしっかりなさった受け答えができるとは、素晴らしい器をお持ちでございます! ですが、凡人はとかく見た目に惑わされるもの。果たしてどれほどの者が藍圭陛下の資質を見抜き、心からの忠誠を誓うのか……。もし、そのような者が多くいれば、藍圭陛下も晟都を離れずに済まれたのではないかと……」
「確かに、おぬしが案じる点は、気に留めておくべきだな」
眉を寄せたまま、龍翔が頷く。
「藍圭陛下が幼いからこそ、今回の『花降り婚』が成立したが、幼さゆえに軽んじられやすいことも、また確か。だが、年齢だけは努力だけではどうにもならぬ。そこは、初華が藍圭陛下を支えてくれることに期待するしかないが……。他にも何か打てる手はないか、考える必要がありそうだな」
龍翔が苦い顔で呟く。もともとの顔立ちが整っているので、憂いに満ちた表情をしていても、思わず見惚れてしまいそうなほど絵になる。
「藍圭陛下自身に忠誠を誓っておらずとも、前国王に忠義を尽くしていた者であれば、その息子である藍圭陛下にもよく仕えてくれるのではないか?」
「ですが、あの
「ふむ……」
季白の指摘に、龍翔が考え深げな声を出す。
「では、まず魏角将軍を晟都へ呼び戻すよう、藍圭陛下に進言申し上げるか」
「それはよろしゅうございますね。魏角将軍が後ろ盾になっていることが広まれば、
季白が大きく頷いて同意したところで、馬車が止まった。港に着いたらしい。
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