37 好みの相手はどんな方? その3
「え……?」
問われても、明珠にはまったく全然、想像がつかない。困り顔で、右隣に座る龍翔を見やる。
明珠がよく知る貴公子なんて、たった一人しかない。
「ええと……。見目麗しくて、お優しくて、責任感もあって、誠実で……。とにかく、尊敬できる御方、でしょうか……?」
「ぶっひゃっひゃ……っ!」
答えた瞬間、こらえきれないとばかりに安理が爆笑した。「ぶはっ」と吹き出した張宇も、そのままうつむいて肩を震わせている。「うんうん」となぜか上機嫌で頷いているのは季白だ。
「あらあら、まあまあ……」
初華も鈴を転がすような軽やかな笑い声を響かせる。
「これは、これは……。ずいぶんとよく
玲泉すら、面白いものを見たと言わんばかりの表情だ。
「明順チャ~ン。それ、藍圭様のことじゃないでしょ?」
安理が笑いながら指摘する。
「どなたのコトを言ってるのかな~?」
「だ、だって……っ! 晟藍国の皇子様だなんて、想像もつかなくて……っ」
参考にした人物を、ついつい正直に振り向くと。
珍しく龍翔が照れたような表情で明珠を見返していた。ほんのわずかに染まった頬に、得も言われぬ艶が宿っている。
「なんというか……。
明珠と視線の合った龍翔が、とろけるような笑顔を浮かべる。ほう、と少年従者達や侍女達から、感嘆の吐息がこぼれた。
「だが、お前にそう思ってもらえているのだと思うと、心が浮き立つ」
耳に心地よい声が、蜜のように甘く響く。
「あ、あのあのっ、その……っ」
かぁっ、と頬が熱くなる。
無意識でやったとはいえ、本人の前で褒めちぎった上に、それに気づかれるなんて、恥ずかしすぎる。
「は、初華姫様っ! あ、当たりましたでしょうかっ!?」
ぐるんと初華を振り返り確認すると、初華は愛らしい仕草で小首をかしげた。
「そうね。きっと、明順が言った資質もお持ちだと思うけれど……」
くすり、と初華が悪戯っぽく微笑む。
「お兄様との一番の違いを挙げるなら、やっぱりお年かしら。――
「八歳ですかっ!?」
驚きのあまり、すっとんきょうな声が出る。
「それは……」
「明――」
季白が険しい顔で何やら言いかける。が、それよりも早く。
「八歳だなんて、すごくお可愛らしいでしょうねっ!」
明珠は両のこぶしをぐっ、と握って叫んでいた。
少年姿になった龍翔が、おそらく十歳くらい。最愛の弟の順雪が十一歳だ。
それより幼い八歳となると……。
「どんなにお可愛らしい御方なんでしょう! 考えるだけでどきどきしてしまいます! 私などにも、
胸の前で両手を合わせ、弾む声で言ったところで気づく。
そうだ。そもそも。
明珠はぴしりと背筋を伸ばすと、正面から初華を見つめ、深々と頭を下げる。
「申すのが今になってしまい、誠に申し訳ございません。初華姫様、ご結婚おめでとうございます!」
しん……、となぜか沈黙が落ちた。
そよそよと、さわやかな川風が通り過ぎていく。
声を発する者は、誰一人として、いない。
何か、また粗相をしてしまったのだろうか。
明珠がこわごわと顔を上げたところで。
「ぷっ。ふふ、ふふふふ……!」
初華がこらえきれないとばかりに吹き出し、ころころと笑いだす。
龍翔と張宇は何と言えばよいかわからぬと言いたげな顔をし、玲泉は
季白はといえば、
「明順っ! あなたは……っ!」
と、怒りのあまり声を詰まらせ、こめかみに青筋を浮かべていた。
安理だけが爆笑しながら、
「祝いの言葉をいま言う!? よりによって今っ!? いやーっ、やっぱ明順チャンは予測不可能でおっもしろいわ~っ♪」
と、両腕で腹を抱えていた。
「あ、ああああの、私、もしかしてとんでもない
さぁ――っ、と、顔どころか、全身から血の気が引く。
「違うのよ、明順。安心して」
まだくすくすと笑い声をこぼしながら、初華がそっとかぶりを振る。
「ただ……。藍圭様のお年を八歳だと知って、何の迷いもなく結婚を祝福してくれたのは、あなたが初めてだったものだから」
「ですが、八歳ならすごくお可愛らし――」
「明順!」
季白が険しい声で明珠を遮る。かと思うと、初華に深々と頭を下げた。
「初華姫様! まことに申し訳ございません! 『花降り婚』のことを明順に説明しておりませんでしたのは、わたくしの不手際でございます! 決して初華姫様をご不快にさせるつもりは……っ! 明順は、後でわたくしが直々にこっっっってりと叱っておきますので!」
「ひぃぃっ!」
卓に額がつきそうなほど、頭を下げて
明珠は恐怖にぶるぶると身体を震わせた。が。
「あら。明順は『花降り婚』のことを知らないの?」
初華が邪気のない笑顔で小首をかしげる。季白が、いっそう深く頭を下げた。
「お詫びのしようもございません! すべて、わたくしの不手際でございます」
「いいのよ、季白。明順を怒らないでやってちょうだい。だって、わたくし、嬉しいのですもの」
わけがわからず戸惑う明珠に、初華があでやかに微笑む。
「『花降り婚』のことを知っていようと知っていなくても、わたくしの結婚を素直に喜んでくれたのが嬉しいの。他の者は、藍圭様のお年を聞いた瞬間、口をつぐむのだもの……」
初華の侍女達が、ひそやかにため息を漏らした呼気が、かすかに明珠の
初華が愛らしい面輪をせつなげにひそめ、言を継いだ。
「けれども、わたくしは藍圭様のお力になりたいの。藍圭様はわずか八歳で国王の重責を背負ってらっしゃるのですもの。家臣達の前では、気を抜くことができないでしょうけれども……。せめて、妻となるわたくしの前くらいでは、年相応でいてくださったらと……」
「国王っ!? 藍圭様は、わずか八歳で国王になってらっしゃるのですか!?」
明珠は初華が王太子に嫁ぐのだと思い込んでいた。きっと、龍翔と同じ年頃の皇子なのだろうと。
それが、八歳の少年というだけでも驚きなのに、まさか、国王の地位についているとは。
驚愕の声を上げた明珠に、初華が哀しげな瞳で頷く。
「ええ……」
淡々と、初華が説明する。
藍圭がわずか八歳で両親を暗殺で喪ったこと。正統とはいえ、幼い少年が王位につくことに難色を示す貴族達を沈黙させるために、龍華国の後ろ盾を必要としていること……。
初華の言葉のひとつひとつが、明珠の心を貫く。
話し終えた初華が虚を突かれたように目を見開いたと思った時には、初華の愛らしい面輪が、あふれ出した涙でにじんで、見えなくなっていた。
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