36 思惑だらけのお茶会です!? その3


 卓へと優雅な足取りで向かってくる玲泉の後ろには少女のように愛らしい容貌の少年従者達が三人つき従っていて、男性ばかりだというのに、放つ雰囲気は、初華と侍女達に負けないほどの華やかさだ。


 少年達がまとう衣が薄紅色や橙色だからかもしれない。地味な藍色のお仕着せの明珠とは、比べ物にならない艶やかさだ。


 が、華やかさをかもし出している最たる要因は、やはり玲泉だろう。


 清冽で凛々しい龍翔の美貌に対し、どことなく甘い雰囲気をたたえる玲泉の美貌は、楽しげな笑みを浮かべているのも相まって、人目を集めずにはいられない華やかさだ。


「本当に明順は人気者ね。ほら、やっぱりいらっしゃったわ」

 初華がくすくすと鈴を転がしたような声で笑う。


「初華姫様がお声をかけられたのではないのですか?」

 不思議そうな張宇の問いに、初華は悪戯っぽい笑みをひらめかせた。


「あら。わたくしがお声かけをせずとも、いらっしゃることがわかっているのですもの。お誘いする必要などないでしょう?」


「ぶはっ! 初華姫サマも、なかなかいー性格をなさってらっしゃるっスね~っ♪」


 安理が馬鹿笑いをしている間に、玲泉が優雅な足取りで卓へと歩み寄ってくる。


「ひどいですよ、初華姫。わたしに内緒で龍翔殿下とお茶を楽しまれるなんて。おかげで、出遅れてしまいました」


 卓の前まで来た玲泉が、龍翔と初華に優雅に一礼する。が、台詞とは裏腹に、機嫌を害している様子はない。

 初華が小首をかしげて微笑んだ。


「あら、別に玲泉様をけ者にしたわけではございませんのよ? さほど広くない船の中ですもの。わたくしやお兄様が甲板に出ていたら、すぐに気づかれますでしょう?」


「では、わたしもご一緒させていただいても?」

「もちろんですわ」


 初華が円卓の中で一席だけ残っていた、季白と張宇の間の席を示す。最初から玲泉の席として用意していたらしい。玲泉が優雅な所作で腰かける。


「あ、あの……」


 卓についているのは龍翔と初華と玲泉、それに季白と張宇だ。

 初華の侍女と玲泉の少年従者達、そして安理も、皆、主人の後ろに立って控えている。


 こんな状況で、官位のある季白と張宇はともかく、明珠だけが座っているのはこの上なく居心地が悪い。しかも、龍翔と初華の間だ。


「わ、私も後ろに控え――」


 立ち上がろうとすると右手を龍翔に掴まれた。


「お前はこのままでよい」

「で、ですが……っ」


「そうよ、明順。後ろに立っては、あなたとおしゃべりがしにくいもの。このまま、隣にいてちょうだい」


 左隣の初華にまで言われ、明珠は仕方なく座り直す。


「おや、初華姫も明順を気に入られたのですか?」


 大きな円卓をはさんで、明珠の真向かいに座る玲泉が、興味深そうに目をまたたく。

 初華があでやかな笑みを口元に刻んだ。


「ええ。だって、明順ったら反応が初々しくて素直なんですもの。わたくしが可愛いものに目がないというのは、玲泉様もよくご存じでしょう?」


「確かに。明順の反応が初々しいというのは、大いに同意しますね」


 玲泉が思わせぶりな視線を龍翔に向ける。が、龍翔は玲泉の声など聞こえていないかのように、無言で茶器を傾けて黙殺した。


 玲泉が小さく肩をすくめると初華に向き直る。


「初華姫が男女問わずに可愛いものがお好きでいらっしゃるのは存じておりますよ。でしたら、わたしの従者達はいかがです? 主人のわたしが言うのも口はばったいですが、皆、容姿に優れ、楽曲や舞にも通じております。必ずや初華姫の無聊ぶりょうをおなぐさめすることでしょう」


 玲泉の言葉に、後ろに控える少年従者達が、一糸乱れぬ動きで優雅に一礼する。

 初華が鈴を転がすような笑い声を上げた。


「確かに、玲泉様の従者達は見目麗しい少年ばかりですけれども……。わたくしが求めているのは見た目だけではございませんの」


 初華がきっぱりと言い切ると同時に、面を上げた少年従者達が明珠にそそぐ視線の圧が、増した気がして、明珠は内心で「ひいぃっ」とおののく。


 玲泉が甲板に現れた時から、少年従者達の明珠に対する視線は険を含んでいた。しがない従者の身でありながら、卓に、しかも龍翔と初華の間に座っているのだから、少年従者達でなくとも、二度見する事態だろう。


 従者の立場で卓についているのは、張宇と季白も同じだが……。二人はこういった事態にも慣れているのか、堂々としたものだ。


(ううう……。玲泉様の従者さん達の視線が突き刺さって痛い……!)


 明珠はただひたすら身を縮めているしかない。できることなら、今からでもよいので、安理と一緒に後ろの従者の列に加わらせてもらいたい。


 敵意に満ちた視線など、貧乏人の明珠にはこれまでとんと縁のなかった代物だ。光がまばゆいほど、影もまた深く濃くなるということだろうか。


 敵意や嫉妬の視線にさらされながら、常に凛々しく真っ直ぐに前を見る龍翔の立場を思うと、尊敬の念しかわかない。


 明珠の思いをよそに、初華がにっこりと微笑む。


「わたくしは明順だからこそ、気に入ったのですわ。これほど初々しくて可愛い従者もおりませんでしょう?」


「なるほど。明順の初々しい反応は、男心を惑わすと思っておりましたが……。まさか、初華姫まで気に入られるとは」


「玲泉様ったら! 嫌ですわ。明順は少年なのですもの。女心を惑わすのが本分でございましょう?」


 初華がおかしくてたまらないとばかりに吹き出す。玲泉がゆったりと頷いた。


「確かに、初華姫のおっしゃる通りです。女心だけでなく、男心まで惑わせるとは……。さすが、老若男女問わずに人を魅了する龍翔殿下の従者といったところでしょうか?」


 玲泉がからかうような視線を龍翔に向ける。龍翔が憮然ぶぜんと形良い眉をひそめた。


「わたしは自ら望んで他人を惑わせたことなど、一度もない。勝手に人に幻想を抱いて勝手に幻滅した者に、万が一、責任を取ってくれと迫られても、取る気になれんな。男であれ、女であれ、わたしの地位や外見だけに惑わされた者など、御免こうむる」


「なるほど。艶聞えんぶんとは縁のない龍翔殿下は、女にも男にも興味がおありでない、と。浮いた話を聞かぬも納得の石頭をお持ちらしい」


 揶揄やゆをこめて唇を吊り上げた玲泉に、龍翔が冷たい一瞥いちべつをくれる。


「そういうおぬしは浮草といったところか。男相手の浮名ばかりとは、ずいぶんと歪んで伸びたらしい」


 龍翔の皮肉に、玲泉は怒る様子もなく、意外そうに目をまたたかせる。


「おや。殿そのようなことを言われるとは。まあ、殿下には守らねばならぬ外聞がおありでしょうからねぇ……」


 何やら一人で得心したように頷いた玲泉が、芝居がかった仕草で両手を広げた。

 あでやかな笑みを口の端に乗せ。


「何やら誤解されているようでございますが――わたしも女人に興味がないわけではないのですよ?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る