呪われた龍にくちづけを 第三幕 ~急にせまられるなんて聞いてません!~
綾束 乙@迷子宮女&推し活聖女漫画連載中
1 鬼上司からの厳命です⁉ その1
※ ※ ※
こちらは、「呪われた龍にくちづけを 第一幕 ~特別手当の内容がこんなコトなんて聞いてません!~」
https://kakuyomu.jp/works/1177354054884543861
および、「呪われた龍にくちづけを 第二幕 ~お仕着せが男装なんて聞いてません!~」
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885652282
の続きとなります。
前二作をお読みいただいてからの方が、楽しんでいただけるかと思いますので、よろしければ、未読の方は先に前作をお読みくださませ~。
※ ※ ※
自分が守らねば、と思っていた。
母・
義父の
必然的に、家のことは明珠がすることになり、子ども心に、明珠は自分が順雪を守らねばと決意したものだ。
だが、たかが十二歳の少女に、満足に家の切り盛りができるわけがなく……。だから、母が亡くなった前後の頃の記憶は、ところどころ
ただ、
きっと、順雪がいてくれたから、母を亡くした哀しみを乗り越えられた。
順雪がいなかったら、きっと明珠はたった一人で哀しみに押しつぶされていただろう。
可愛くて大切な、最愛の弟。たとえ、今は順雪の手が明珠と同じくらい大きくなっていても、明珠にとって順雪が守るべき存在であり、愛しい弟であることは変わらない。
今までそばを離れることなんてなかったせいか、奉公に出てからはいっそう、毎日元気に過ごしているだろうか、ちゃんとご飯を食べているだろうか、学問所でしっかり勉強しているだろうかと、心配は尽きない。
「順雪……」
夢うつつに、大切な弟の名を呼ばう。
夢でもいいから、会えたらいいのに。
切なくて、胸の奥がきゅぅ、と痛む。
「……順、雪……」
潤んだ声で名を呟くと、きゅ、と温かな指先に手を掴まれた。
明珠よりの少しだけ小さい手。気遣うような優しい指先に。
「順雪っ!」
明珠は思わず掴まれた手を思いっきり引っ張った。
驚いた声を上げながら倒れ込んできた
「め、明珠っ⁉」
あわてにあわてた声と、ふわりと届く
順雪は、「明珠」なんて名前で呼ばない。そもそも、声が違う。
我に返って目を開けた明珠の眼前にあったのは、女の子と見まごうほど、愛らしい少年の
「
「め、明珠、その……」
ものすごく困り果てた顔で、少年姿の龍翔が、明珠の腕の中で身を固くしている。
「す、すみませんっ!」
明珠はあわててばっ、と腕をほどいた。
龍翔がぎこちない動作で身を離し、寝台の隣に立つ。
夜明け近い薄明りの中で、少年らしいすべらかな曲線を描く頬は、うっすらと紅い。
まるで、花の精のように愛らしい……。と寝ぼけ頭でぼんやりと思い、気づく。
龍翔も明珠も、二人とも夜着だ。そして、部屋の中は夜明けの光で、うっすらと明るい。
ということは。
「すっ、すみませんっ! 寝過ごしましたか⁉」
布団をがばりと跳ねのけ、寝台から下りようとすると、
「違う! まだ大丈夫だ!」
と、あわてた様子の龍翔に押し留められた。
「その、すまん。勝手に
明珠の方を見ないまま、龍翔が気まずそうに謝る。
龍翔と毎夜、同じ部屋で寝ているが、常に部屋は衝立で区切られており、よほどのことがない限り、龍翔が明珠の側に入ってくることはない。
従者の明珠などに気を遣ってくれるのが、いかにも真面目で優しい龍翔らしい。
愛らしい顔をひそめ、龍翔がぎこちなく口を開く。
「その……。ひどくうなされている声が聞こえたのでな……。心配で、いても立ってもいられず……」
「えっ、うなされていましたか?」
実家の……最愛の弟、順雪の夢を見ていたのは、うっすらと覚えている。
大切な弟をぎゅっ、と抱きしめて幸せだったことも。というか、それは明珠の勘違いで、本当が龍翔だったのだが。
「す、すみません。急に龍翔様に抱きついたりして……」
「いいや。謝るな。そもそも、勝手に入ったわたしが悪かったのだし、寝ぼけていたのなら、仕方がない」
早口にいい、かぶりを振った龍翔が、
「というか」
不意に、真っ直ぐなまなざしを明珠に向ける。
「最近、うなされていることが多いだろう? 何かあったのか?」
龍翔の黒曜石の瞳には、明珠への気遣いがあふれている。
「そ、その……」
心の奥まで見透かすような視線から逃れるようにうつむくと、小さな手が、膝の上で握りしめた明珠の拳に伸びてきた。
温かな手が、明珠の手の甲にそっとふれる。
「お前の憂い顔を見るだけで。不安と心配で、心が千々に乱れて苦しくなる。頼むから、教えてくれ。……強行軍で、疲れが出ているのか?」
「ち、違います!」
眉を寄せて問うた龍翔に、ぶんぶんとかぶりを振る。
西北地方の要の街、
朝から日暮れまで馬車で揺られつつ、車内では鬼上司・
だが、逆にいえば、日中は余計なことを考える暇などないので、かえって幸いと言えた。
眠る前など、一人になった時に、明珠の心に押し寄せるものは。
「……その……。実家が近くなってきたので、里心がついてしまって……」
うつむいたまま、ぽつりと呟くと、明珠の手にふれていた龍翔の指先が、震えた。
ぎゅっ、と強く手を握られる。
「――それは、わたしに仕えるのをやめて、実家に帰りたいということか?」
割れた
いつもと違い過ぎる声音に、明珠は弾かれたように顔を上げた。
龍翔と目が合った途端、息を飲む。
凶暴な感情を宿す黒曜石の瞳に、貫かれたような気がして。
明珠の指先を掴んだ龍翔の手に、痛いほどの力がこもっている。
痩せた少年の身体が、ずいと距離を詰める。
まるで、
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