第13話 クレアの旅立ち
「イズルのあんちゃん、ソフィアに聞いたんだけどあんた渡り人なんだってね」
思わずソフィーの顔を見ると、ふいっと顔を背けた。
まあ誰かに話すなとは言ってなかったが、個人情報の保護はどうなっているんだこの世界は。そもそも、そんなものもないのかも知れないな。
「渡り人はこの世界にいろいろな知識を与えてくれると聞くよ。それで頼みなんだけど、もしよかったらクレアをあんたの道中に付き合わせてやってくれないかい? この開拓地は外の情報はほとんど入ってこないからね。この子にはもっと広い世界を見せてやりたいんだよ」
クレアちゃんも、俺の顔をじっと見て首肯する。
「だけど、俺はソフィーとアールヴァニアに行った後はどうするかまだなにも考えてないぞ?」
「まあそうなのかもしれないけどさ。今日一日あんちゃんのことを見ていたけど、こんな場所でもあんちゃんはみんなのために惜しげもなく知識を披露してくれただろう? それを見てあんちゃんにならクレアを任せても大丈夫だと思ったのさ」
「でも女将さん、この宿はどうするんですか?」
横からソフィーが尋ねる。それは俺も気になっていることだ。
「この店のことなら気にすることはないさ。お客のみんなも皿洗いとかなら手伝ってくれるしさ。それに、もともと宿泊客なんてこんな所には滅多にきやしないしね」
ソフィーに目をやると、再びコクっと頷く。
俺はしゃがみ込み、クレアちゃんに目線の高さを合わせ頭を撫でながら尋ねる。
「クレアはそれでいいのか? 危ないことだってあるかもしれないぞ?」
「はいなのです。 イズルお兄さんとソフィアお姉ちゃんと一緒に外の世界のことをもっともっと知りたいのです」
いつもの「ですー」口調ではなく真面目な表情で返事を返すクレアちゃん……いや、クレア。
「わかった。よろしくなクレア」
その瞬間、クレアと俺の体がほのかに赤く輝き、徐々に元の状態に戻っていく。
「あっ」 と、俺。
「あらー」 と、ソフィー。
「おやまあ」 と、女将さん
「クゥ?」 と、ユニー。
なんてこった。どうやら主従契約を結んでしまったらしい。
「名付けじゃなくても条件を満たして名前を呼べば契約になるのね……これは新発見だわ」
ソフィーもどうやら知らなかったらしく、何かぶつぶつ言っている。
クレアは少しだけ気恥ずかしそうに耳と尻尾をパタパタさせていたが、最後には「お兄ちゃんよろしくなのですー」 と、元気に飛びついてきた。
いつのまにかお義兄さんからお兄さんに昇格(?)したらしい。
その日は結局遅くまで俺の世界の話やこの世界のこと等いろいろな話をした。
女将さんは特に食事事情と植物の知識にご執心だった。
「わ……エウストリ……。……な…………界……女神……一柱……」
「イズル…………生…………生ける……」
「この世……ら…………嫉………………情……減らす……」
「各地……を……見……、負……情…………前………………」
「美……日の出ずる、……晴らし……界……築き……く…………」
八色の光に包まれた夢の中で、前回よりも不思議な声ははっきりと聞こえたように感じた。
エウストリって何だろう……?
その疑問に答える声は無く、意識はより深い眠りに落ちて行った。
翌朝身支度を整えて階下に降りると、クレアが客に囲まれていた。
「嬢ちゃん行っちまうのかぁ」
「寂しくなるぜ」
「元気でな。たまには帰ってこいよ?」
「この宿のことは心配すんな。俺達にまかせておけ」
そんな客達に笑顔で相手をしていたクレアが、俺に気が付くとぴょこぴょこ駆け寄ってきた。
「おはようなのですー。ふつつか者ですが、よろしくお願いします!」
「「「「「嫁かよ!!!!!」」」」」
俺と獣人達の心が一つになった瞬間だった。
宿の入り口にはクレアが三人は入ってしまいそうな大きなリュックが置かれていた。
あんなもの持ち運べるか? と思ったが、ガレージに収納できることを思い出し安心した。
俺のアイテムボックスのこともソフィーが女将さんに話し、あてにされていたみたいだ。
女将さんがクレアと一言二言話し、ダガーを手渡す。それをクレアは腰ベルトに装着した。
俺達にも、ソフィーに弓矢セット。ユニーには透明な宝石のついたチョーカー。そして俺にはなぜか鞭を渡してくれた。
しかし、なんで鞭なんだ? 使ったことないんだけどな。無知とかけた……なんていうことはないよな。なんだがゲームに出てくる魔物使いとかテイマーとか、そんなジョブになった感じがするな。
「イズル、ソフィア、ユニー、クレアのことをよろしく頼んだよ」
「兄ちゃん薬ありがとな。嬢ちゃんのことよろしくたのむぜ」
「気をつけてな」
「今度来たときはまた旨いもん教えてくれよ」
「嬢ちゃんに何かあったら容赦しねえからな」
みんな口々に声をかけてきてとても賑やかな旅立ちになった。
クレアや一部の獣人の目には、薄っすら涙も浮かんでいた。
「みんなありがとう、行ってくるね!」
「ああ、元気で行ってきな!」
逞しい女将さんの元気な声を背に、アールヴァニアへ歩き出した。
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