第12話 異世界料理事情 後編

「お、あんた達ようやく戻ってきたかい」


 女将さんがいかにもガッハッハといった口調で声をかけてきた。

 それにしても気風のいい女将さんだよな。某パン屋の女将さんもそうだけど、いかにも江戸っ子といった雰囲気がする。まあ、あの顔と声の感じからして何かトラブルがおきたというわけではなさそうか。


「あの、女将さん何かあったんですか?」

「話は後さね。とにかく、他のお客さんたちが戻ってくる前にこっちにきておくれ」

「え、はい。あ、ちょっとまって自分で歩けますからちょっと、降ろして~」


 ソフィーが女将さんに担がれて宿の中へ攫われて行ってしまった。


「なあクレアちゃん。ネコの獣人ってみんなあんなに力があるのか?」

「いえ、お母さんが特別なんだと思いますー……」

「そうか……。クレアちゃんは今のままでいて欲しいな」

「ははは。なろうとしてもお母さんみたいにはなかなかなれるものじゃありませんですよー」

「ちょっと、あんた達も早く来るんだよ!」

「「は、はい!!」」



 食堂の席に案内された俺達の前に、三つの丼が置かれた。


「ほらほら、熱いうちに試してみておくれよ」


 朝食の角うさぎのスープに、クズ切りを入れたもの。

 見た目はさっき俺が作ったものとそっくりだな。


「ずず、ずずずずずー」

「ちゅる、ちゅるるるー」

「はぐ、はぐはぐはぐ」


 蕎麦をまとめてをまとめてたぐるように食べる俺、一本ずつすするソフィ、麺をすするという動作が難しいのか、少しぎこちない食べ方のクレアちゃん。

 全員が思わず女将さんの顔を見つめる。


「「「こ、これは!!!」」」


 思いがけずハモってしまった俺達を、女将さんは満足そうな顔で頷きながら眺めている。


 これは俺がさっき作ったなんちゃってクズ切りとは違う……!

 弾力も舌触りもまさに麺そのものといった味で、ずっとうまくなっている。


 ススス……


「あ、こら、それは俺のだぞソフィー!」

「いやー!お願い、一口、せめてもう一口だけでいいから頂戴イズルー!」


「ずっ、ずぼぼぼぼぼー」

「あ、全部食いやがった!」

「女将さんおかわり!」


 このうえさらにおかわりかよ!おまえ朝食も二人前食べていただろうが!

 しかも、すするのあっという間に上手になってるし! というか、すするというよりも吸引力の落ちないあの掃除機みたいだったぞ。


 結局俺とクレアちゃんは二杯。ソフィーは三杯を平らげてしまった。

 ソフィーはあきらかに食べ過ぎだと思うが、お腹がでていないのはエルフの特殊能力かなにかなのか?羨ましい。


「それにしても凄いですね女将さん。さすがですよ。普段から料理をされているからすごくセンスがあるし、料理を自分のものにするのが早い」

「えっへん、さすがわたしのお母さんなのですよー」


 なぜかクレアちゃんが胸を張って威張っている。


「きっとお母さんを褒められて嬉しいのよ」


 ソフィーが俺にそっと耳打ちをしてくれた。


 そんな俺達を見て女将さんはまた何か考え込んでいるように見えた。


 そうこうしているうちに、外でいろいろな作業をしていた獣人達が戻ってくる。


「あ、みなさんお帰りなさいなのですー。もうお食事にしますですかー?」


 一瞬でクレアちゃんは仕事モードに切り替わった。たたし、しっぽだけは嬉しそうに揺れたままだったが。


「おう嬢ちゃん、さっきの手に塗ったあれ、いったい何だったんだ?」

「あのあとしばらくしたら、かゆみがだんだん引いてきたんだ。まだ残っていたら分けてくれないか? 他の仲間にも使わせてやりてえんだ」

「あ、そういえばわたしの手も……」


 クレアちゃんが視線を俺に向けてくる。


「あのお薬は、そこにいるイズルお義兄さんが作ってくれたものなのですよー」

「おお、あんたがくれたものだったのか。なあ頼む、まだ余ってたら分けてもらえないか?」

「ああ、ちょっと待ってくれ。……ほら」

「おお、助かるぜ。そういえば代金はいくらだ? 俺達はまあ、見てのとおりあまり金はないんだが、

 払えるだけの分でも売ってもらえると助かる」

「お金はいらないよ。それにこいつはそこらに生えている材料で簡単に作れるんだ。そのあたりにいくらでも生えているヤブガラシの根だ。それを乾燥させて粉にして、水で少し溶いてやるだけだ。他所者の俺がいきなり薬だって言っても信じてもらえないだろうと思って、クレアちゃんに手伝ってもらったんだ」


 それを聞いた熊人族の獣人が慌てたように言ってくる。


「おいおい、そんな簡単に作り方を教えちまっていいのか? この薬なら、ここらで働いているやつはみんな欲しがるぜ? 教えちまったらあんたが損しちまうだろう?」

「いいんだ。どうせ材料費はタダだし、それに俺達はこれからアールヴァニアまで向かわないといけないからな、とても全員分を作るなんてことはできないからな。そうだな……じゃあ女将さんとクレアちゃんが困っていることがあったらできる範囲で助けてやってくれ。それがお代ということでどうだ?」


 そう言いながら、俺がこの世界の通貨をまだ持っていないことに気付いた。

 少しでも貰っておいたほうがいいかと思ったが、熊や狐や他の獣人たちが感動でウルウルしているところに今さら水を差すことはできない……よな。


「任せてくれ兄ちゃん。俺達だってこの宿にはいつも世話になってるからな。何かあれば俺達が助けてやるさ」

「「「おおおーー!!!」」」


 お、おお……さすが獣人、感謝の雄たけびにも迫力があるな。


 そこに何か納得したかのように女将さんが声を上げる。


「あんた達、今日はこのイズルのあんちゃんのおかげで新メニューがあるよ!」

「おお、新メニューかよ。それは楽しみだぜ」

「「「うおおおーー!!!」」」

「しかも材料もあんちゃんからもらってるからね。今日だけはお代もサービスだよ!」

「「「「「うおおおーー!!!!!」」」」」


 店内が再び歓声に包まれ、女将さんが厨房へ行くとクレアちゃんも手伝いについていった。



「なんだこりゃ! はじめて食う味だがめちゃくちゃうまいな!」

「俺は勘違いしていた。これは新メニューじゃなくて神メニューだ!」

「違えねえな。ガハハハ!」


 女将さんとクレアちゃんが振る舞うクズ切り麺のスープは、慣れない食感に驚きながらもみんな喜んで食べてくれた。


 硬いライ麦の黒パンとスープばかりというメニューに食べ応えのある麺料理が加わったことで、女将さんの料理の腕もこれからもっと上達していくはずだ。


「ところでイズル、アールヴァニアへ向かわなくていいの?」

「クーゥ?」

「あ……」



 騒ぎは遅くまで続き、結局アールヴァニアへ出発出来なかった俺達はもう一晩お世話になることにした。


 トントン……

 ドアがノックされ、声がかけられる。


「悪いね。あたしだよ。 少し話があるんだけどお邪魔していいかい?」


 そろそろ寝ようかと思っていたところに、女将さんがやってきた。


 クレアちゃんといっしょに、とてもマジメな表情で。

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