第11話 異世界料理事情 前編

 サカナのシッポ亭に戻ると、ソフィーとユニーも食堂で座っていた。ユニーはソフィーの足元で丸くなっている。

 他の客達は数人残っている程度でもうほとんどは出かけてしまったようだ。


「あ、イズルおはよう」

「クー」


 それぞれ手と頭を振って呼んでくれた。


「おはようソフィー、ユニー。ずいぶん頼んだんだな。いくらなんでも食いすぎじゃないか?」

「一人分のわけないでしょう?あなたわたしのことなんだと思っているのかしら?」

「腹を鳴らして樹から落ちてきたのはだれだったかな?」

「くっ、殺せ!」

「冗談だよ。俺のぶんも頼んでおいてくれたんだろ?ありがとな」


 赤くなっているくっころさんの頭を撫でて向かいの席に座ると、ソフィーはさらに顔を真っ赤にして「くっ……」と唇をかんでいた。なぜだろう?


「おまたせなのですー。おすすめ三人前と、ユニーにもお水とうさぎのガラなのですー」


 テーブルとユニーの足元にそれぞれ料理を置くと、クレアちゃんはチェックアウトの客の対応のために小走りでフロントへ駆けて行った。


「ユニーのぶんまで頼んでくれてありがとうな。で、なんで三人前あるんだ?他にだれか来るのか?」

「…………」

「あ、もしかしてアールヴァニアへ戻った仲間のだれかに連絡がついたとか?」

「…………」

「わざわざ戻ってきてくれるんだもんな。俺も何かお礼しないとな。あ、俺の自己紹介ってどこまで説明して大丈夫かな?」

「くっ……殺せ!」


 ガッっとスープの器を手に取るとゴクゴクと一気に飲み干した。


「ぷふー。ほら、スープは二人前しかないわよ? イズル何か勘違いしていたんじゃないかしら?」

「分かった分かった。それじゃ、俺も食べるかな。いただきます」


 メニューは例のうさぎをスープにしたものと、ライ麦の黒パン。

 スープは塩味もあまりせず、何かの香草で味付けをしてあるもの。

 黒パンはちぎるのにも苦労するくらいに硬い。


 散歩に出る前に食べていた獣人やソフィーはおいしそうに食べているが、飽食の国で育った俺には正直かなりきつい。

 それでもパンをスープに浸しつつなんとか完食した。


「ふー、食べた食べた。ごちそうさまでしたー」


 二人前の朝食を食べ終わったソフィーが食器を運びはじめたので俺も慌てて自分の分を運ぶ。ユニーも自分の食器を器用に咥えて運んでいた。


「そういえば、昨夜も確か肉料理だったよな? ここの宿の名前サカナのシッポ亭だけど、魚は出なかったな」

「ここから海までは少ない荷物の荷馬車でも十日はかかるから、氷の魔法を使える魔法使いを抱えてる大商会くらいしか運ぶのは難しいわね。それも、寒い季節ならなんとかなる程度。当然値段もすごいことになるから、わたしたちの口にはいることはまずないわね」

「あれ、でも川があるだろ? 川でも採れるんじゃないか?」

「あれ? そういえばそうよね? なんでだろう」

「この季節は川のお魚は食べられないのですよー」


 フロント対応を終えたクレアちゃんが戻って話に入ってくる。


「今の時期、お魚のエサになるコケに毒が含まれているのですー。お魚さんはそれを食べても問題ないけど、わたしたちが食べるとお腹ピーピーになっちゃうのですー」


 なるほど。つまり時期が悪かったということか。それならまあ仕方ない。今度もし時期と機会が合えばまた食べにきてみよう。


「ちなみに川のお魚を食べて問題がないのは一年間のうち三十日くらいだけなのですー」

「「短いな(わね)!!」」

「だから、どうしてもおなじようなメニューばかりになってしまうのです……」


 シュンとしてしまったクレアちゃんを慌ててソフィーと二人でフォローしておいた。


 そういえば干物や練り物でも冷蔵庫でせいぜい一週間やそこらが限界だった。いくら魔法の実在する世界とはいえ、遠い海の海産物を庶民が口にするのには無理があるということか。



「さあて、それじゃあ今日もさくっと柵のところまでやっちまうか!」

「おうよ。仕事の後はまた女将さんのメシと酒で一杯やるとするか!」


 食堂にいた最後の客が出て行った。

 さくっと、柵まで……さくっとさくまで……きっと他意はないんだよな? 俺の考えすぎか?


「イズル、わたし達もそろそろ荷物をまとめて出発しましょうか」

「あ、ちょっとだけ待ってくれるか? 女将さん、クレアちゃんちょっと厨房貸してもらえないかな?」

「ん、なんだい? まあ後は片付けだけだからあまり散らかさなければ構わないよ」


 厨房から、荷物運びをする魔女が住んでいるパン屋の女将さんにそっくりな猫耳のおばさ……女将さんが顔を出して許可をくれた。


「イズル、何するの?」

「ちょっと、俺のいた世界の料理を作ってみようかと思ってさ」

「え!? わたしも味見していい?」

「おまえまだ食べるのかよ? まあ、カロリー低いからいいけどさ」

「カロリーがなんなのかよくわからないけど、わたしはいくら食べてもお腹出ないから大丈夫だよ! あ、ちょっとどこ見てるのバカ!」


 慌てて目を背ける。確かにソフィーは出ているところは出ているのに引っ込むところは引っ込んでいた。羨ましい。


 実はさっき外をぶらついていた時に、何かに使えるんじゃないかと思ってそこらにいくらでも生えているカズラやクズをガレージことアイテムボックスに収納している。

 その時、アイテムの表示の横に今まではなかった『分解』なるボタンが追加されていたことに気が付いた。

 試しにクズでポチっとなしてみたところ、葉とツルと根に分解された。

 さらに根を分解してみたところ白い粉、つまりデンプンが精製されたのだ。

 これを使って和の味覚を再現する。


 女将さんとクレアちゃんも興味津々で洗い物や片付けを中断して見物している。


「いいか? まず、クズの根を粉にしたものがこの白い粉だ」

「え、クズの根なんか食べられるのかい?」

「イズルの国ってそんなものを食べないといけないほど貧しい国だったの?」

「いいから見てろって。まず、このクズ粉を水で溶いたものを鍋で弱火でじわじわ加熱していくと、こんな感じに透明になるんだ」

「ずいぶん薄くつくるんだね?」

「粉の分量や水の量で厚さや食感は好きなように変えられるけど、今回はこんなものかな。あと、本当はできれば湯煎して作ったほうがいい」


 透明になったところで、皿に取り出す。


「このまましばらく冷ますんだ。だいたい今の時期なら三十分くらいかな」


 冷蔵庫があれば簡単なんだが、今回は仕方ない。あ、もしかして氷系魔法があれば似たような物が作れるかもしれないな。


 そして遥かなる時が流れた。

 

「待ちくたびれたのですー」

「イズル、わたしのお腹はもう空腹で限界よ」

「これから仕上げかい?」

「クー!」


 いつのまにかユニーまで見学者に加わっていたようだ。


「固まったこいつを、麺状にカットするぞ。できるだけ一定の幅になるようにな」

「お義兄さん、わたしやってみたいですー」


 クレアちゃんがどんどん切って麺ができていく。


「なんだか不思議な感触がするのですー」

「お、うまいな。さすが看板娘」

「クレアはいつも私の手伝いしているからね。このくらいならお手のもんさ」

「よし、とりあえずクズ切りの完成だ。このままみんな食べてみて」


 みんなに一本ずつ渡し、試食してもらう。


「ううーんこれは……味がしませんね」

「舌触りは面白いんですけどねー」


 顔をしかめるソフィーとクレアちゃんに対して、女将さんは顎に手をあててなにか考えこんでいる。


「次は、この麺をさっきのうさぎスープに入れて食べてみてくれ」


 もぐもぐもぐもぐちゅるちゅるちゅるるるる


「こ、これは……!」

「お義兄さん、これはすごいですよ!」

「クウウゥゥー!」


 さっきとはうって変わって大賛辞だ。まあ、何もつけずに食べておいしい物ではないからな。


「ちなみに四角い形にきって甘い蜜をかけたりするとおいしいスイーツになるぞ……って、うわっ!」


 興奮した女将さんが俺の方を掴んでガクガク揺らしてくる。


「あんた、このクズ粉っていうのまだ持ってるんだろ?ちょっと出してみな」

「わ、分かりました」


 勢いに負けて女将さんに渡すと、「ちょっとしばらくブラブラしてきな」と言い、それを持って食材置き場のほうに行ってしまった。


 みんなで外をブラついていると、手のかぶれを気にしている獣人が目につく。


「魔物や樹から街を守るために柵の整備をしなくちゃいけないのは分かるんだけど、あんなにかぶれちゃうんじゃ大変だよね」

「しかたないのですよー。みんなで協力しないとここでは生活できないのです」

「それなんだけどな、完治は無理でも改善することならできると思うぞ?

「「え??」」


 二人と一匹に、いろいろ説明していく。

 カズラに直接触るとかぶれること。それを嫌って魔物よけの効果がでていること。ガジュマルを伐採するときにできるだけ周りのツルやツタに触れないようにしたほうが良いことなど。


「軍手みたいなものもあればいいと思うんだけどな。種族事に何種類かつくれば売れると思うんだけどな」

「軍手ってなんですかー?」

「ああ、こういうのだよ」


 アイテムボックスからひとつ具現化して、クレアちゃんに渡す。

 あーでもないこうでもないと興味深々だったので、ひとつプレゼントした。


 クレアちゃんが軍手に夢中になっている間にアイテムボックスの新機能を使いヤブガラシの根を分解しておく。アイテム欄にはヤブガラシの根の粉末とそのままずばり表示されていた。


「クレアちゃん、ちょっと手を出してくれるかな?」

「はいなのですー。え?ちょっと、くすぐったいです、いったいなんなのですかー?」


 ヤブガラシの粉末を軽く水で溶き、塗り薬風にしたものをクレアの水荒れした手に刷り込んでいく。


「肌がきれいになるおまじないだよ。ほら、他のみんなにも同じように塗ってきてあげなよ」


 そう言ってクレアちゃんの背中を押し出した。

 薬は効果がすぐに現れるわけではないので変に期待させないようにおまじないということにしておく。


 素直なクレアちゃんは「おまじないなのですよー」と言いながら伐採や柵の修理作業をしている獣人達の手に塗り込み、イズルに聞いたカズラのことを話して回る。


 獣人達はそんなクレアちゃんに苦笑しつつも、顔なじみの宿の娘のいう話なので素直に聞いていた。


 ある程度歩き回ったところでサカナのシッポ亭に戻ると、宿の前で女将ささんがニカッと笑いながら仁王立ちしていた。












  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る