第10話 葛と蔦と蔓

 翌朝、まだ薄暗い時間帯に目が覚めた。

 寝る前に、うたた寝中に見た夢のことを思い出してもしかしたらまた見られるんじゃないかと思ったが、残念ながら何もなかった。

 

(ああいう夢って、小説とかだと大切なお告げとかだったりするよな……)


 実は聞き取れなかった部分こそ大事な内容だったのにそれがうまく伝わらなかったせいで事件に巻き込まれ、解決後ようやくお告げの内容がはっきりとわかるというパターンがある。

 そういうパターンではなければいいが、はっきりとしない以上これ以上考えても仕方ないか。


「う~~ん……」


 大きく伸びをしてベッドの上に起き上がる。

 隣のベッドではまだソフィーが寝ている。

 ソフィーの少しだけ長い耳を触りたい衝動に襲われたが、なんとか自重することに成功した。

 俺のベッドの足元にはユニーが丸まっている。少し目をあけてきょろきょろしていたが、大きなあくびをしてまた丸まって寝てしまった。


 階下から、包丁で何かを刻む音や料理の匂いが聞こえる。

 ユニーの頭を軽く一撫でして二人を起こさないように食堂へ向かった。


 厨房では女将さんが。客席ではクレアちゃんが忙しそうに働いている。


「クレア、おすすめ四人前出来上がったから持って行って!」

「わかったのですー!」

「おい嬢ちゃん、こっちにもおすすめ朝食セット二人前頼む」

「はいなのですー! おすすめ二人前追加ー!」

「クレアー、ちょっと洗い物もお願い!」

「わかったのですー!」


 昨夜ソフィーと話していた時には砕けた口調のクレアちゃんが、「なのです」口調で目まぐるしく注文をこなしていた。


 地球でも昔はそうだったが、この世界でも日の出後すぐに活動を始めて暗くなる前に戻って夜は早く寝てしまうのだろう。だからまだ薄暗いのにこんなに混んでいるのか。


 毎晩のように残業して場合によっては泊まり込んで働くようなものなど少なくともここにはいないのだろう。


「嬢ちゃんもいつも大変だよな。よし、おまえら食った皿くらいは自分で下げてやろうぜ!」

「「「おおおぉぉー!!」」」

「みなさん、いつもすいません助かります」


 ガハハと笑う客達に女将さんも厨房から顔を覗かせて礼を言う。

 女将さんとクレアちゃんの人柄のおかげなのか、粗野なイメージだった獣人だが、ここではいいコミュニケーションを取れているようだ。


「あ、イズルお義兄さんおはようなのですー。ご飯食べて行きますかー?」


 俺に気付いたクレアが挨拶してきた。昨夜は「イズルさん」だったはずが今は「お義兄さん」になっていたことに苦笑しつつ、「忙しそうだから少し歩いてまた後で来るよ」と手を振って宿をあとにした。


 この世界に来てようやく落ち着いた朝を迎えられると期待していたが、宿を出た瞬間目の前に広がる光景を見て唖然としてしまった。


 オルタフォレストのいたるところに生えている、移動するガジュマルのような樹が柵を抜けて集落の内側まで入り込んでいる。


 一晩でこれだけ樹が移動してしまうなら、ソフィーの言っていたように川沿いを歩いたほうがいいというのも頷ける。少なくともこの森で地図は川以外が用を足さなそうだな。


 そのまましばらく歩いているうちに、ガジュマル(もどき)の樹がどこも集落の建物から一定の距離を離れたところまでしか近づいていないことに気が付いた。


 集落を大きく囲むように柵が点在し、壁のようなものが無くて大丈夫なのかと昨日ここに着いた時には思ったが、よく見ると建物そのものがさらに内地を守る壁の役目を果たしていることが分かる。

 そして、どの建物にも葛を大きくしたような植物が絡みついていた。


 柵の周りでは比較的体格の立派な狐のような獣人や少し寝ぼけた感じの熊の獣人がガジュマルを伐採している。

 しばらく様子を見ていたが、外側の柵のあたりまで伐採するのが決まりらしい。


「おい兄ちゃん、ひとりで柵の外に出るんじゃないぞ、危ないからな」


 作業中の獣人に軽く頭を下げて観察を続ける。


 どうやらガジュマルは柵のない部分から侵入してきているようだ。

 ということは、何か柵に仕掛けでもあるのかと柵を確認すると、昨日気が付いたカズラの蔓の他にも葛の蔦も建物と同じように絡みついていることが分かった。


 …………蔓、蔦、葛……葛蔓蔦蔓蔦葛蔓蔓葛蔦……


 ややこしいので、頭の中で漢字でイメージすることをやめてみた。ツル、ツタ、クズ。よし、こっちのほうが分かりやすいな。


 ワンゲル時代に得た知識では、確かこのクズという植物は成長がとても早く、木に巻き付いて木を絞め殺すこともあるという話だった。

 実際オーストラリアではクズのツタに締め付けられて成長の止まった木がシロアリに食べられて倒れるという例もあったと思う。


 そしてこのクズは俺の知っているそれよりも大きく太い。異世界だし、きっとツタの力がかなり強いのだろう。

 ガジュマルは天敵ともいえるクズのツタを避けたうえで、柵のない部分からのみ侵入できるのだろう。


 次はカズラをよく観察してみる。

 おそらく、ヘクソカズラに近い物だと思う。他に、ヤブガラシのようなものも巻き付けてあった。


 ヘクソカズラには動物に対して毒となる効果がある。

 ヤブガラシは葉を大量に生い茂らせることで他の樹木を枯らせたりする。

 日本でも草刈りをさぼると庭や壁が鬱蒼としてしまうのはこいつのせいだったりする。

 日の光を求めて移動するガジュマルからしてみれば、これまた厄介な相手だろう。


 ヘクソカズラで動物を避け、クズのツタとヤブガラシでガジュマルを避けつつ、侵入経路を誘導する。

 中に侵入してきたガジュマルは伐採して建物を建てるのに使ったり、乾燥させて薪に加工したりする。

 建物にも天敵が絡みついていて住人を守っている。


 凄い工夫だな。

 俺は素直にそう感心する。


 官僚として街作りの仕事にも携わったことのある俺としては、充分感動に値する光景だった。


「あーくそ、この柵壊れてやがるぜ。直すの嫌だぜ、手がかゆくなるからな」


 そんな声が聞こえ作業している獣人達の手を見ると、とても荒れていた。


(動物除けの効果が獣人達にも影響してしまっているのか……)


「文句言わずにしっかり直せ。ただでさえ最近魔物が増えてきているんだからな」


 さすがに点在している柵だけで全ての動物や魔物の侵入は防げないか。


 …………んっ!


 多少なりとも動物と魔物の対策を改善しつつ、さらに懐かしい……というほどの時間はまだたっていないが故郷の味を再現しつつ、さらに健康を改善する案を思いついた。一石三鳥だ。


『ぐう~~……』


 どこかのハーフエルフの初登場を思い出しつつ、腹をさする。


 まずは、宿に戻って朝飯だな。あいつらまだ寝てたりしないだろうな。




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