第9話 ザックコロニーのクレア
獣人の集落か。猫耳や犬耳はいるのだろうか。いや、いる。間違いない。いてくれなかったら困る。ま、まあ別にそんなに興味があるわけではないが。揺れてるしっぽや耳をもふもふしたいと思った事の百や二百はみんなあるはずだ……うん。
ここで一晩泊まっていくのはいいが、ひとつ問題がある。
俺とソフィーの数歩前を歩くユニーに目をやる。
「ザックコロニーの人がユニーを見たら、魔物だと思って攻撃してきたりするんじゃないか?」
隣を歩いていたソフィーの足がピタリと止まる。
「そ、そういえばそうよね……すっかり忘れてたわ。さすがにユニコーンだとはばれないとは思うけど、角のある馬なんて魔物くらいしかいないし……どうしようイズル」
「この世界には冒険者がいるんだよな? 魔物や動物を使役して戦う……えーっとなんて言ったか……ああ、獣使いとかテイマーとかそういうのはいないのか?」
「いることはいるけど、あなたのその恰好じゃ冒険者には見えないわよ」
あらためて自分の姿を確認すると、長袖のシャツとスラックス。ガレージで準備をしていた時の服装そのままだ。ソフィーの服装がこの世界の標準かは分からないが、どう見ても冒険者だと言い張るには無理がある。
「まあ、イズルは遠くからきた旅人だということにしておけばなんとかなるわ。問題はユニーね」
二人とも困ってユニーに再び目をやると、「ふふん」とでも言いたげに息を吐くと器用に後ろ足で直立した。するとユニーの角が淡い光を放ち始める。
数秒後光が消えると、そこには角のない仔馬というかうさぎというか……とにかく、角のないユニーがどや顔をして俺達を見ていた。
「驚いたわ。まさかユニコーンが擬態できるなんて……これなら仔馬にしか見えないわね」
あ、仔馬にしか見えませんかそうですか。俺もこれからはそう思うことにするか、できるだけ。
「それにしてもよくこんなことができるなんてユニーが知っていたわね。親のユニコーンから習っていたのかしら?」
「多分DNAに刻まれていたんじゃないか?」
「DNA?」
「えーっとなんていえばいいかな。たとえば、ソフィーは呼吸の仕方とかを親に習ったりはしていないだろう? でも産まれた時から呼吸できないと困るよな? そういうのは先祖代々引き続いたDNA……遺伝子にやり方が刻まれているから習ったりしなくても自然にできるものなんだ」
「よく分からないけど、魂に刻まれているっていうようなことかしら?」
「まあ、そんなもんだ。それにしても、偉いぞユニー」
頭を撫でてやると、首を大きく上げてしっぽを振り嬉しそうに笑顔を浮かべた。
こいつ、絶対俺達の言葉を理解していると思う。
「今のユニーからは魔力もほとんど感じないわ。これなら普通の仔馬にしか見えないわよ。もしかして、ユニコーンの擬態というか……生存本能みたいなものなのかもしれないわね」
しばらく歩くとようやく集落のはずれにたどり着いた。
塀のようなものはなく、丸太に蔓……カズラのようなものを巻き付けたものを簡単に組み立ててあるものが申し訳程度に内外を区切る境界の役割をしているだけだった。
奥のほうには建物らしきものも見えるが柵からはまだ二~三十メートルくらいは離れている。
こんな森の中なのにこれだけの防備で大丈夫なのか心配になってきたな。
特に誰かに止められることもなく、ソフィーに案内されるまま集落の中に入っていく。案内するソフィーの顔がだんだんにやけてきているのが気持ち悪い。
「ねえイズル。泊まるとこ、わたしいい場所知ってるんだけどそこでいいかなー?」
ソフィーがやたらハイテンションで俺を連れて行きたがるが、俺はそれに眉をしかめる。
「いや、俺は金がないからな……どこかでテントでも張って……」
「いいから! お金はわたしが出すから!」
「いや、ソフィーだって金ないだろ? 仲間とはぐれて武器まで失くしてるんだし」
「大丈夫、ある程度のお金は服の裏地に縫い付けてあるから……ほらっ」
そう言っていきなりお金を取り出した。往来でやめてほしい。まあ、目は離さなかったが。
そして半ば強引に連れてこられたのは木造二階建てでこのあたりではしっかりとした作りの【サカナのシッポ亭】という宿だ。
「クレアちゃんただいまー!」
「あ、ソフィアお姉さんお帰りなさい! 無事だったんですねー、よかったですー!」
受け付けから小さな女の子がソフィーに飛びついて耳と尻尾をピクピクさせて喜びを爆発させる。
耳と尻尾はもちろん猫のもの。八歳くらいの小さい女の子。ザ・ファンタジーの定番である。むさいおっさんとかが受け付けでなくて本当によかった。
「ソフィアお姉さんのお仲間の方たちも心配していましたよー? どうしていたんですかー?」
「え! みんな無事だったの? よかったー。わたしはちょっといろいろあってみんなとはぐれちゃってね……。みんなまだここにいるの?」
「みなさん朝出発されましたよー。お姉さんのことは心配していましたけど、いそいでアールヴァニアに報告に戻らないといけないとかで……」
「そっかー。うん、そうだよね。でも、よかったー。あ、それで今夜泊まりたいんだけど大丈夫かな?二人部屋あるかな?」
「え、お姉さん男の人と? へえ、かっこいい方ですねー!ソフィアお姉さんにもついに春がきたのかー。あ、もちろんお部屋は大丈夫ですよ。ご案内しますねー!」
猫人族の女の子、クレアちゃんは何か盛大に勘違いしているようだが、部屋に案内してくれた。ユニーもこのくらいの大きさならいっしょにお部屋でいいですよと言ってもらえた。厩舎に預けろとか言われなくて助かったな。
案内された部屋は二階の階段を上がってすぐのツインの部屋。ベッドが置いてあるだけの簡素な部屋だが掃除はしっかりとされていて居心地は良さそうだ。部屋まで歩くあいだ、ソフィーはずっと鼻歌交じりで上機嫌だった。からかおうかとも一瞬思ったが、本当に嬉しそうだったので水を差すのはやめておいた。
「食事の用意ができたら呼びにきますので、それまでどうぞごゆっくりー!」
クレアちゃんががなぜか「ムフフー」と口から漏らしながら受け付けに戻っていくと、俺はベッドに倒れこみ、すぐに睡魔に襲われた。
☆彡
(……ああ、これは夢を見ているのか)
俺はまた複数の光に包まれていた。
一……二……五……八か……。
前は分からなかったが、八色の光の包まれているようだ。
その中の燃えるように赤い光の中に、うっすらと人のような姿が形創られていく。
「わ……エ……ト……。……な…………界…………神…………」
「イズル…………生……………………」
「……ら…………嫉………………情…………」
「……を…見……、負……情…………前……………………」
「……世……願…………、イズル」
「……は、……転……力……、………………授…………」
「美……日の出ずる、…………界…………く…………」
……なんだ?よく聞こえない。もう一度言ってくれ。もう一度……
…………
「ソフィアさん、イズルさん、晩ごはんの準備できましたよー! 食堂に行ってくださいねー」
「イズルどうしたの? 何か寝言話してたけど大丈夫?」
体を起こすと、部屋から出ていくクレアちゃんと俺のことを覗き込むソフィーが目に入ってきた。
ソフィーに引っ張られて食堂に向かう。はじめてのちゃんとした異世界料理の匂いを嗅ぐと、さっきの不思議な夢のことはすっかりどうでもよくなってしまった。
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