第6話 知識実践

「イズル、起きて。もう朝よ」

「ん……おはよう、ソフィー」


 あの後ソフィーと見張りを交換し俺も眠りについたが、もう朝か。正直昨日はいろいろありすぎてまだ少し寝たりない気もするな。


「クー」


 ソフィーにしかおはようを言わなかったことで、ユニーが少しいじけた表情で俺のことを前足でパシッと叩いて抗議してきた。


「あはは。おはようユニー」


 頭を撫でてやると、ユニーは満足したようにうっとりとした表情になり、俺に体をこすりつけてきた。犬の匂い付けに似ているなと思ったが、犬扱いするとユニーが怒りそうな気がしたので心の中だけにとどめておいた。


「ソフィー、見張りは問題無かった?」

「ええ、特に何も無かったわよ。イズルに借りたこれの出番も無かったわね」


 そう言ってソフィーは手にしたボウガンをポンポンと叩いてみせた。


 日本ではボウガンは単純所持では銃刀法違反にならない。狩猟に使うことはできないが、いざ野生動物に襲われた際に自衛のために使うことは認められている。


 ソロキャンプが趣味の俺としては最後の切り札的存在としてガレージに用意してあったものだ。ただし実際にそれを獣や鳥に向けて撃ったこともないし、試射の時もまともに的にあたることすらなかったが。


 弓を武器に使っているハーフエルフのソフィーならもしかしたら扱えるのではないかと見張りの交代の時に渡しておいた。

 試しに近場の樹に向けて撃ってもらったところ、みごとに一発で命中させて操作性の良さに驚いていた。


「でも、それ威力はあまりないだろ? それじゃ角うさぎだって倒せるかわからないぞ?」

「威力はともかく、牽制には充分ね。このボウガンとさっき借りたフィールドナイフがあればオルタフォレストから脱出するくらいはなんとかなると思うわ」

「そうか。矢はあまりないから出来るだけ無駄撃ちはしないでほしいけど、脱出できなかったら意味がないからいざというときはよろしくな」


 ちなみに俺の装備は皮袋に石を詰め、ロープで振り回せるようにしたブラックジャックもどきに十徳ナイフ。正直、戦闘になった場合俺はほとんど無力だ。挟撃されたりすることがないように注意を払うくらいが精いっぱいかもしれない。


「時間ももったいないし、そろそろ出発しましょうか」

「あ、ちょっとだけ待って。焚き火の後始末はちゃんとしていかないとな」

「へえ、イズルってそういうところ案外マメなのね」

「まあ、キャンパーのマナーとしては当然のことだよ」


 ソフィーは、「わたしはキャンパーじゃないけどね」なんて言っていたがきちんと後片付け手伝ってくれた。ユニーが後ろ足で焚き火の跡に土や砂をかけていたのを見た時は二人して思わず笑ってしまった。


 朝食は抜きだ。まだ角うさぎの肉はガレージに残っているが、何があるか分からないので非常食として考えることにした。ソフィーも、持っていた携帯食は失くしてしまっているので歩きながら食べられそうなものを探すことにした。


「行くわよ」


 ソフィーの案内で川沿いに歩き出した。


 アールヴァニアはここから南南西の方向にあるということなので、コンパスを実体化させて方角を確認する。そもそもコンパスの向きが地球と同じなのかは分からないが、目安にはなるだろう、多分。


「あれ、おいソフィー向かうのは南南西だろ?この川、ほぼ真西に向かってるみたいだぞ?」

「いいのよそれで。この森の名前忘れたの? オルタフォレスト(変化する森)よ? この森は生きているの。昨日あった道が今日は無くなったなんていうことはあたりまえのようにあるわ。だけど川の流れだけはそう簡単には変わらないのよ」

「言われてみればそうだな。なるほど、とりあえずまずは森から確実に抜けてそのあとアールヴァニアを目指すっていうことだな」

「そう。森を抜けた後に南下していけば間違いないわ。逆に森の中を突っ切ろうなんてしたら、コンパスがあったってどれだけの時間がかかるか分からないわよ」

「その辺は任せる。ちなみに川沿いに向けて南下して行くとどのくらいかかるんだ?」

「何もなければ、急げば二日で着くわよ。でもまあ普通に行けば三日っていうところね」


 三日間、歩きどおしか。ワンゲル時代ならともかく、社会人になってからはさすがにそれだけ歩き続けるということはなかったな。ガレージの収納能力のおかげで、最低限の装備だけで済んでいるのがまだ救いか。


 歩きながらソフィーにこの森のことをいろいろ聞いた。


 オルタフォレストに存在する樹は生存競争に勝ち残るために根を降ろしながら移動するものが多いらしい。負の力を多く貯めた樹は魔力を持つようになり、その魔力を消費しながら成長するため地球でいうガジュマルなどとは比べものにならない移動速度を持つ。

 そのため昨日は道であったところが今日は森になったり、森だったところが広場になっていたりする。

 昨日野営したあたりは陽のおかげで負の力がたまりにくく、その分魔力も弱いので樹の移動速度も遅い。


「つまり、ユニーやソフィーに会えなかったら俺はずっと森から出られなかったかもしれないってことか」

「それはわたしもよ。武器も食料も失くして行き倒れるところだったもの。イズルがいなかったらどうなっていたことか……」

「クー!」


 ソフィーとユニーと三人でわいわい話しながら歩いていると、遠目にネズミのような魔獣に囲まれていることに気が付いた。


「クー!」


 ユニーが警戒した声を出すが、ネズミ達に襲い掛かってきたりする様子は見られない。


「なぜ襲い掛かってこないのかしら?」


 ソフィーが身構えつつ問いかける。


「出発前に、俺とソフィーの服にスプレーをかけたのを覚えてるか?」

「スプレーって、あの妙な素材の筒みたいなやつのことよね? それの効果なの?」

「そう、それ。あのスプレーには動物が嫌う匂いや、目に入ると、痛くて目が開けていられなくなる成分が入っているんだ。本来は熊とかの大型の動物には直接吹き付けないと効果は薄いんだけど、小型の魔獣くらいにならもしかしたら効果があるんじゃないかと思って念のためにね。」


 そう答えて、ガレージから熊撃退スプレーを取り出してソフィーに見せる。これもボウガンと同じように万が一のときのために用意しておいたものだ。


「あと、昨夜こいつらよりも大きい角うさぎを食べただろ? もしかしたらその匂いも残っていて警戒しているのかもな」


 忌避作用や動物の力関係の話をソフィーに話すと、目を白黒させて驚いていた。


 ちなみにネズミは犬並みに鼻がいいので、今説明したことであながち的外れではないと思う。ユニーも鼻はいいようで最初にスプレーをかけたときには嫌がっていたが、前を歩いてもらうことで我慢してもらっている。本人(本馬?)は、前を歩いていると俺の顔が見えないのが不安なのかちらちら振り返って確認してくるが、その仕草がとてもかわいくて癒される。


 ソフィーは頭の中にまだハテナがいくつも浮かんでいるようだったが、「ふんふん、だから刺激臭がしていたんだね」と、いちおう納得はしてくれたらしい。


「でもイズル、このままずっと囲まれてるわけにもいかないよ?」

「それも大丈夫。川を渡って反対岸に行こう」

「え、そんなに深くはなさそうだし流れも速くないからついてきちゃうんじゃない?」

「いいから、ほら行くぞ」


 片手でソフィーの手を引き、もう片方の手でユニーを抱えて川を渡った。


 腰ほどの深さがあるので、ユニーを抱えたのは溺れないように念のためだ。


「え? 本当にネズミ達がついてきてないよ? でもどうして?」


 驚くソフィーに、ほとんどの種類のネズミは水が苦手で川を渡ったりすることはできないことを説明してやった。ちなみに渡れるネズミで有名どころはドブネズミだが、俺たちを囲んでいたのはあきらかにそういう見た目ではなかった。


 ソフィーが関心していたその時。


「クー!!」


 ユニーが突然何かに反応して森の奥に向かって唸り声をあげた。


 大きな影が近づいてくるのが見える。


 どうやら、まだ危機は去ってはいなかったようだ。

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