第5話 ユニー

 ユニコーンが負のエネルギーとやらで神魔獣イクシオンとやらになるのを防ぐために主従関係を結べ。もし失敗した場合は殺せ、か。


 俺は頭をかきながら息をついた。


 もしソフィーの話のようにイクシオンが疫病や災厄をまき散らす存在ならば、その被害者の数は数千どころか下手をしたら数万でも済まないのかもしれない。それを考えれば確かに未然に防ぐために殺してしまうというのも、まあ分からないでもない。


(それにしてもエルフって想像していたよりもだいぶ好戦的なんだな。あれ? まてよ?


「ソフィー、負の力が強くなるとイクシオンになるって言ったよな? だったら逆に……そうだな、正の力が強くなったらユニコーンはどうなるんだ?」

「それは……わたしにもわからないわ。伝説では聖獣になるとも言われているけど、進化させるほど大きな正の力を持った人間なんて存在しないから、確かめようもないのよ」

「でも、伝説が残っているっていうことは実際に聖獣が確認されたことがあるんじゃないのか?」

「どうかしら……少なくともわたしは実在したという話は聞いたことがないわね」


 そんなソフィーの話を聞いて、疑問が浮かんだ。


「じゃあ、エルフはユニコーンと仮に主従契約を結べたらどうするつもりなんだ? まさか、ずっとどこかに閉じ込めておくとかじゃないだろうな?」

「そんなことはしないわよ。ユニコーンは生来、癒しの力を持っているの。だから少なくとも悪い待遇になるということはないと思うわ」


 ふむ……確かにその癒しとやらが怪我に効くのか病気に効くのか分からないが、確かに悪い扱いをされることはなさそうか。聖獣に進化させることもできないが、神魔獣イクシオンにもさせることのないように、目の届く場所で管理しておこうといったところか。


「あの、それでねイズル……」

「ん? なんだ?」


 ソフィーはおずおずと俺の膝の上で寝息を立てているこいつを指差す


「ちょっと信じられないんだけど、そのイズルの膝の上で寝てる仔が産まれて間もないユニコーンの幼獣なんじゃないかなーって思うんだけど……」

「なんだ、やっぱりこいつはうさぎじゃなかったんだな」

「驚かないの?聖獣や神魔獣になるかもしれないユニコーンかもしれないのよ?」

「そんなこと言われてもな。 俺にとっては角うさぎから助けてくれたかわいい魔物っていうだけのことだな。」

「か、変わってるのね」


 むしろ、仲間であるはずの角うさぎ達に攻撃されていた理由も分かって得心がいったくらいだ。たぶんまだ幼いこいつは見た目が自分と似ている角うさぎを仲間かもしれないと思って近づいていったんだろう。しかし角うさぎたちからみればこいつはとびきり危険な異物だ。それで排除しようとしていたっていうところだろうな。


 食事の前に感じた違和感。角がだいぶ長いことや、毛皮もうさぎとは違うと感じたことは間違いではなかったようだな。


「それで、ソフィーはこいつと契約するつもりなのか?」

「そうしたいところだけどね……さっきも話したけれど本来ユニコーンはとても臆病な性格で、特に人間の前からはすぐに逃げ出しちゃうのよ」

「まあ、わざわざこんな人気のないところで出産するくらいなんだから、そうなんだろうな」


 俺とソフィーの視線が再び俺に膝に向けられた。


「それでね、これも信じられないことなんだけど、どうやらその仔はイズルに懐いちゃってるみたいよね?」


 膝の上で寝息を立てて、時々ムニャムニャ何か言っているし、まあ、これで懐かれていないっていうのはさすがに無理があるか。


「イズル、あなたその仔と主従契約を結んでみない?」

「ああ、いいぞ」

「そうよね、いきなりそんなこと言われてもびっくりしちゃうわよね。でもイズルからは負の力も感じないし契約が成功する確率は高いと思う……って、今イズルなんて言った?」

「いいぞって。こいつと主従契約結んでみるさ」


 ソフィーは驚いたような顔で俺とユニコーンの仔を交互に見比べるが、俺からしたらこれはとても自然な成り行きのように感じられた。


 こんな世界にひとり放り出された俺と、なぜ親のユニコーンがいないのかは分からないが産まれてすぐこのオルタフォレストでひとりきりだったこいつ。助け、助けられた関係になったことさえ必然だったように俺には思える。


「ソフィー、契約ってどうすればいいんだ?教えてくれ」

「え、えっと……主人となるイズルがその仔の体に触れ、魂に『一緒にいたいか』と、問いかければいいのよ」

「魂に問いかける?どうすればいい?何か念じたりするのか?」

「やってみたら分かるわ。触れながら、心の中で問いかけるだけでいいの。もしその仔もイズルといたいと思っているならきっと魂の繋がりを感じられるわ。そうしたら名前をつけてあげればそれで終了よ」


 ユニコーンの仔の、注意しないとうさぎの毛と間違えてしまいそうなうっすらとしたタテガミを撫でると、起き上がって俺の目をまっすぐに見つめてきた。


『聞こえるか? 俺はイズル、日野 出弦だ。さっきはありがとうな。お前のおかげで助かった。お前さえよければ、これから俺といっしょに過ごさないか?』


 ユニコーンの仔は目を閉じ、口元に笑みを浮かべて頷いた。


 あとは名前をつけてやるんだったな。もう、俺の中でこいつの名前はとっくに決まっていた。


「お前の名はユニーだ。 よろしくな、ユニー」


 その瞬間、俺とユニーの体がほのかに白く輝き、徐々に消えていった。


「ソフィー、今のは?」

「主従の契約に成功した証ね。契約を結ぶと、眷属となった魔物の持つ属性の光に包まれて、魔物の持っていた力の一部を主人も使えるようになるのよ。今の白い光は聖なる癒しの力ね」


 自分の体を確認していくが、今までと特に変わったところは見受けられない。


「何も変わってないぞ?」

「ユニコーンと契約できた人なんて実際のところほぼいないからわたしにもどんな力が使えるようになるのか分からないのよ。聖属性なのは間違いないはずだから、いろいろと試してみたらいいんじゃないかしら?まあ、本当に力の一部だけだからあまり過剰な期待はしないほうがいいかもしれないけどね」


 ユニーの頭を撫でてやると、パタパタと尻尾を満足げに動かした。それを見て、ユニーのことをしっかり面倒を見ていかないとなという気持ちがまた一段強くなる。


「ソフィーはこれからどうするんだ?」

「まずは、わたしたちエルフの国アールヴァニアに戻って今回のことを報告しないといけないわね。もしよかったらイズルとユニーもいっしょにどうかしら?」

「俺たちも行って大丈夫なのか?」

「むしろ、一緒に来てもらえたら嬉しいわ。そのほうがみんなもユニーが契約したのを見て安心してくれるだろうしね」


 ソフィーの話によれば、ここからだと数日はかかるがこのオルタフォレスト内にとどまるよりはずっと安全だと言う。確かにこんな魔物だらけの所にずっといるわけにもいかないし、何よりもいろんな人と話をしてこの世界のことをもっとよく知りたいという気持ちが強くなっている。


「分かった、案内よろしくなソフィー」

「クー」


 俺の挨拶に合わせてユニーもソフィーに挨拶をしたらしい。それを聞いたソフィーは、ユニーに飛びついて「かわいい!」だの「ぬいぐるみみたい!」だの連発する。


 その間ユニーはずっと迷惑そうな顔をしていた。


「今日はもう暗いし、明日明るくなったら出発するか」


「そうね。今夜は順番に寝てどちらかはあたりを警戒するということでいいかしら?」


「わかった、それでいい」


 そう返事をしてから、ソフィーの装備がボロボロだったことを思い出し、ガレージからフィールドナイフを実体化させて手渡した。


(このナイフ、今どこから取り出したの?それにこんなに頑丈そうで鋭いなんて……そういえばいつのまにか調理器具も見当たらなくなってるし、あれはどこに行ったの?)


 そもそもイズルがこんな場所にいる理由が分からない。が、ユニーがイズルとじゃれている様子を見てソフィアは考えるのをやめた。


 先に見張りをすることになったイズルとユニーに早く寝るように促され、「俺の使い古しで悪いが」と差し出された寝袋というもの入り、数分もしないうちに眠りに落ちていった。

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