第7話 ボウガン
ソフィーとユニーに小声で隠れるように指示を出し、近づいてくる影の様子を窺う。
近付いてくるにつれて、その姿がだんだんはっきりしてきた。
三メートルは軽く超えている体高に、鉤爪がやたらと発達しているダチョウをものすごく大きくしたようなそのシルエット。ズシンズシンと大きな地響き立てて歩いてくるが、幸いにも俺たちにはまだ気が付いていないようだ。
このまま隠れていれば、かかわることなくうまくやりすごすことができるかと考えていると、ソフィーが小声で呟いた。
「イズル、あいつはレッサーモアよ!」
「レッサーモア?」
大鳥に見つからないように気を付けながらもう一度様子を窺う。
なるほど、言われてみれば確かに鉤爪以外は図鑑で見たことのあるモアによく似ている。
「レッサーモアの爪には魔素が含まれているの。あの爪からは魔道具や武器が作れるし、嘴も手甲や肩当、草擦なんかを作れるからとーーーーっても高く売れるのよ。だから狩れるものなら狩りたいんだけど、あいつはDランクの冒険者のパーティかCランクの冒険者でやっと勝てる相手なの。
それに普通のレッサーモアよりも大きいみたいだからDランクの私じゃ、みんなでかかってもちょっと戦力が足りないかも」
「冒険者? この世界には冒険者がいるのか?」
ゲームや小説でたびたび登場する冒険者。それがこの世界でも活躍しているというのだ。四十目前のおっさんでも、冒険者というものに憧れには持っていた。
「この世界って、イズルあなた……。まあいいわ。興味があるなら詳しく教えてあげるから、とりあえずあいつからもう少し距離を取りましょう」
うっかり失言をしてしまったが、ソフィーは何も聞かないでいてくれるらしい。
レッサーモアの進路から少し離れたところで、冒険者のことについていろいろ教えてもらった。
冒険者になるには登録料や更新料もかからず年齢制限もないため誰でもなることができるが、十二歳未満は討伐系の依頼は受けることができない。
登録するとギルドカードが発行され、どこの国でも有効の身分証明書となるが、紛失破損の再発行は大銅貨二枚が必要となる。
Sランク:英雄:国家の危機を救ったことがあるか、それに見合う功績を挙げる
Aランク:勇者:街単位の危機を複数回救うか、それに見合う功績を挙げる
Bランク:街単位の危機を救うレベル。もしくはそれに見合う成果を挙げる
Cランク:村単位の危機を救うレベル。もしくはそれに見合う成果を挙げる
Dランク:ソロかPTかは問わず大型の魔獣を討伐できるレベル
Eランク:小型の魔獣を相手に一対一で苦戦せず倒せるレベル
Fランク:例外を除き登録した冒険者の初期ランク
自分もしくはパーティランクのひとつ上のランクのクエストまで受注が可能だが、失敗時には一か月以内に報酬の二割の違約金の支払いが必要となる。
「……なるほど、大体の感じは分かった。後はレッサーモアを倒してから詳しいことを聞かせてくれ」
「何言ってるのイズル! わたし達じゃ厳しいって言ったでしょ?」
「ちょっと思いついたことがあるんだ。ソフィは弓が得意なんだよな?」
「そ、そうね。風の魔力でコントロールした矢であればめったにはずさないわね」
風の魔力……! やっぱりそういう魔法みたいな力があるのか。冒険者の話を聞いたあとだと興味がそそられてたまらないな。
「渡してあるボウガンは?」
「試し撃ちした感じだと、たぶん弓と同じように扱えると思うわ。でも、当たっても威力が足りないわよ?」
「そこは考えがあるから大丈夫だ。風の魔力ってどんなことができるんだ?」
「適正が合って魔力が高い人なら風の刃や竜巻を起こして攻撃できるわよ。だけど、わたしは魔力のコントロールは得意なんだけど魔力量が少ないから弓術の補助をするのに使っているくらいね。だいたい五十メートルくらいなら的ははずさないわね」
「へえ、凄いんだな」
よし、これなら俺の作戦もうまくいきそうだ。
「よし、ソフィーは囮になってくれ」
「はっ!?」
「作戦はこうだ。いいか?まずは俺が…………」
ソフィは少し驚いた表情を見せたが、頷いてくれた。その表情からは成功間違いなしという自信が見て取れる。
「わかったわ、それならいけそうね」
「よし、急いで作戦準備だ」
☆彡
レッサーモアは、このオルタフォレストのセーフティスポット周辺では上位に位置する魔獣だ。天敵と呼べる相手は存在せず、常に捕食する立場の存在だった。それゆえいつでも真向正面からの戦いのみで策を弄す敵と戦った経験はない。それゆえに、イズルとの相性は最悪だった。
川の中、ややネズミのいる岸に近い距離からソフィーはレッサーモアに向けて風の魔力を乗せたボウガンの矢を放つ。その距離六十メートル強。五十メートル先の的であればはずさないソフィーの射撃も、この距離で動く的、しかも使い慣れていないボウガンではヘッドショットを決めるには至らずレッサーモアの堅い嘴に当たって弾かれた。
(く、やっぱりダメか。ここで倒せればベスト、片目でも潰せれば御の字ってイズルは言っていたのに……)
『ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ーー』
それでもレッサーモアがソフィーを敵だと認識するのには充分だった。
叫び声をあげ、地響きを立てながら川の中で立ちすくむソフィーに向かっていく。
レッサーモアにとって、弱そうな武器しか持たないエルフは上等な食事でしかない。そのため、周囲に警戒を向けることもなかった。
川岸から一気にソフィーに飛びかかろうと身をかがめた瞬間、川岸の草陰からイズルがレッサーモアの足に向かってブラックジャックを投げつけた。
『ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ーー』
ロープの先にくくりつけた石がうまく作用し、レッサーモアの両脚を縛り付けることに成功しする。
勢いよく飛びかかろうとしていたレッサーモアはジャンプすることもできず、勢いがついたまま川の深みに転がり落ちていった。この川の深みもイズルが作ったものだ。ネズミから逃げるため川を渡った時、足元に大きな岩があることを確認していてそれを利用した。
「イズル、うまく落ちたわよ!」
「了解! ソフィーはそのままボウガンで攻撃を頼む!」
レッサーモアは水面から頭だけを覗かせた状態で激しく暴れていた。脚を縛られ、ピンチに陥ったこともないレッサーモアに冷静になるという選択肢は存在せず、パニックを起こしていた。
(高速移動中のダチョウが転ぶとそれだけで大ダメージになるって聞いていたけど……さすがにそこまで甘くないか)
ここまでは俺の作戦通りにきている。もちろん最初のボウガンで仕留めたり、転ばせた勢いでダメージを負ってくれたらもっと良かったが、とりあえずは計算通りだ。が、ここにきて計算外の出来事が起こった。
「イズル、だめ、当たらない!」
ソフィーは四~五メートル離れた場所からヘッドショットを狙う算段になっていた。しかし想像以上に暴れるレッサーモアに一発はずし、次の一発は再び嘴に当たり弾かれてしまった。
「イズル、このままだと矢が……」
ソフィーに渡したボウガンの矢は残り三本。まだ森を抜けるまでかなりあるので使い切ってしまうのには不安がある。
仕方ない、少しあぶないけどやるか……
「ユニー、ソフィー、奴が俺に気付かないように気を引いてくれ!」
「わかったわ!」
「クー!」
ソフィーがダメージにもならない程度の攻撃風魔法を放ち、ユニーが吠えてレッサーモアのヘイトを稼いでいく。
鳥類の視界はかなり広く、後ろから近づいてもほぼ気付かれてしまう。しかし、パニックになりさらにソフィーとユニーに気を取られているレッサーモアは接近する俺に気付かない。
背後まで近づいた俺は、深みをつくるために川底からガレージに収納した大岩のホログラムをレッサーモアの頭上に表示させ、それに触れて実体化させた。
「ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ーー!」
大岩はレッサーモアを押し潰し、出ていた頭部も水中に沈む。それでもしばらく暴れていたが、やがて動かなくなった。
「やったの?」
「クー?」
二人に向けてサムズアップを決めると、飛び上がって喜んだ。
レッサーモアをいつまでも水中に沈めておくわけにはいかないので、大岩を再び収納し、さらにレッサーモアも収納すると、ソフィーがまじめな顔をして話しかけてきた。
「イズル、今まで我慢してたけど……あなたのその不思議な力、教えてもらうわよ」
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